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一般人であれば、部屋に入ることさえ遠慮したくなるような光景を目にしても、少女は何ら変わる事はない。頭を深々と垂れるホテルマンにひらひらと手を振り、その横を通り過ぎてゆく。
部屋の中央、革のソファに座っている男が顔を上げた。歳の頃は四十台半ば。初老とも言える年齢だろうに、眼は爛々と輝いている。ソファに深く腰掛けても尚、その背筋は伸びており、意思の強さが表れているようだ。
「よく来てくれた。紅茶でいいかな?」
深く落ちついた声色。笑顔で柔らかく語りかける様はしかし、威圧感さえ感じさせる風格を備えていた。
「お高級なお茶も興味ありますけどね、おっさんとお茶しながら雑談する為に来たわけでもないわけで」
常の眠たげな表情のまま、水仙はひらひらと顔の前で手を振る。己よりも遥かに年若い少女の歯に衣着せぬ物言いに、目の前の紳士は怒るわけでもなく笑みを浮かべた。
「それは失礼した。では、商談といこう。若い女の子と話すというのも心惹かれるが、ね」
大袈裟に肩を竦め、心底残念そうな表情を作ってから、上泉はソファに置いてあった封筒を取った。水仙にソファにかけるように促しながら、少女の目の前のテーブルにそれを置く。
「詳細はそこにまとめておいた。…が、どうにもキミは面倒そうだね」
遠慮する事なくソファに身を沈めた水仙は、差し出された封筒を見るや心底嫌そうに顔をしかめていたのである。確かに、少々厚いとは言え、読まなければ詳細はわからないだろうに。
上泉は苦笑しながら膝に組み合わせた手を置いて少女を真っ直ぐに見つめる。
「わかった。ターゲットの詳細は直に話すとしよう」
当然、とでも言いたげに頷く水仙は、封筒を横に避けてテーブルに置いてあった別の物に手を伸ばす。ガラスの器に綺麗に盛り付けられた高級チョコレートである。
「………緊張感に欠けるが、まあいい。今回キミに依頼したいのは、ある男の抹殺だ」
流れるように、上泉は物騒な言葉を言い放った。対する水仙は、なんら感じ入る事もないらしく、見た目も美しいチョコをどことなく嬉しげに摘んでいる。
「アレは少々やりすぎた。込み入った事情もあるが、必要かね?」
問いかけに対し、即座に手を振られる。そうか、と置いて、上泉は続けた。
「アレの社会的地位は高い。金もある。正面切って叩き潰すには、少々骨が折れる。私設の軍隊でも持っていればそれも可能かもしれないが、生憎、私はそんな面倒なモノは持っていない。だからこその依頼と思って貰えれば良い」
初めて水仙が顔を上げた。
「なんか、あれですね。標的さん、面倒なもの持ってそうな感じですけど」
半分しか開いていない瞼。眠そうにも見えるその相貌から、刺すような疑問の視線を投げる。
「そういう事だ。お抱えの暴力団があってね、奴らが身辺警護も行っている。銃もあり、対戦車砲でさえもある。銃刀法違反はどこへやら、だな。法治国家とはとても思えん。まあ、暗殺を依頼する私が言えた義理ではないが」
上泉は、内心で驚いていた。少女は少ない情報から、標的の規模を推し量っている。いや、資料を見れば済む話なのだが。
「全くですねー。同じ穴の狢ってやつじゃないですかねー」
口元を歪めた笑みを浮かべつつ、水仙は上泉の言を一刀の元に切り捨てる。彼女は上泉を軽視しているのではない。事実を事実として口にし、下らないと言い切ったにすぎないのである。
「はは、これは手厳しい。さて、かなり厳しい依頼だとは思うが、受けて頂けるのかな?」
「――――あっは。受けて頂けるのかな?良く言いますねー」