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仕訳人、始めました  作者: 伊乃
第三章『舞踏会、承ります』
44/67

2-7

 両者の会話は、命のやり取りをしているとは思えない程に穏やかだ。気を抜けば、即座に死に繋がるだろう綱渡りの闘争。殺意が、殺気が納まる事はなく、更に冷たい炎として燃えあがってゆく。


「お楽しみの御様子で何より。身体は温まりましたか?」


 舞踏会は始まったばかり。円舞曲と共に、自己紹介を終えたところ。徐々に徐々に、激しく情熱的なダンスへと移ろうか。


「次はタンゴ? ちゃんと着いて来れますか?」


 誘う言葉と共に、水仙の姿がぶれる。ただの一歩が、敵を射程距離に捉えるだけの距離を詰めた。先ほどの加速法とは違う、瞬間移動と見紛うばかりの縮地である。予備動作という無駄の一切を除去し、初めて到達できる奥義。


「おや、リードして頂けるので?」


 無意識に滑り込むような踏み込みであろうと、沙織の身体は即座に反応する。太刀の有効殺傷圏を侵す一歩を踏み出した。満足に振り抜けぬであろう超接近戦を選択する。

 右半身の水仙に対して左半身。選択する武器は右拳。ストレートで打ち抜くべく、肘をコッキング。軸足と同時に腰が回転。肩が駆動し、装填された弾丸を打ち出す準備は整った。


「そんな器用な事は出来ませんとも。着いてきてみろ、と言うだけでして」


 落ちついた声音に、沙織の脳内に警報が響き渡る。接近し、距離を潰す事を読まれている。ならば、次の手は。


(――――逆手!)


 極端に地面へと向けられた鞘。反りかえる刀身が地面を向いており、柄を握る手は何時の間にか逆手へと切りかえられている。

 この距離でも、抜き打ちを敢行するということか!

 水仙の人中へとロックしていたサイトを修正。太刀が描く軌跡を推定し、右腰から左肩に抜ける切り上げであると断定。

 迷えば、斬られる。


「ふッ!」


 弾丸を真っ直ぐに打ち込んだ。水仙の右胸やや下の辺りへと駆け抜ける拳が、鈍色の鋼を打ち付ける。金属がぶつかり合う鋭い悲鳴を喚き散らせた。これで二度。少女の太刀は鋼鉄を思い切り叩いた事になる。

 太刀を気遣ったのか、力の流れを受け流すためなのか、硬質な感触を掴んだ瞬間に水仙は後方へと飛んでいた。五メートル程の距離を取って着地し、右拳を突き出した姿勢のまま笑みを浮かべる大女を、少女は睨みつける。


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