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「はてさて…」
樹を蹴りつけた足をゆっくりと地面に下ろし、左手に握っていた細長い包みを目の前に掲げる。一般的に使われる遠征用竹刀袋だが、入っている物はまた別だ。縛っていた紐を解き、するりと袋を取り去ってゆく。美しい白木で造られた木刀が姿を現した。本気で仕事をする時にのみ持ってくる仕事道具である。
少女はそれを脇に挟み、木刀を包んでいた袋を丁寧に畳む。仕舞うところを探したが、見つからなかったらしくそこらの樹の根元に放り投げてしまったが。
既に指定された場所に到達しているはず。招待者が招待者なだけに、油断をするわけにはいかない。
ふう、と息を吐きだし、脇に挟んでいた木刀を左手に持ち替える。慣れ親しんだ重量。それは彼女の腕の一部であり、延長である。半身とも言える程の年月を共に過ごした木刀。感じた重みは一瞬の後に無へと変わる。己の腕と同一なのだから、それも当然の事。
改めて一歩。踏み出した所で、うなじにちりりとした微妙な空気を感じた。次いで襲ってくる今までに感じた事のない重圧。
主賓が到着したから、歓迎してくれているのだ。
快く感じる事はあれど、不快になどなろうはずもない。
「あっは」
徐に少女は足を振り上げる。漏れ出した声は笑いのそれだが、喜悦の感情は一切篭っていなかった。堆積していた落葉を巻き上げるように虚空を蹴り上げ、己の顎近辺まで跳ね上がった足が何かを弾く。幾許かの時を経て、弾いた何かが地面へと突き立った。
「いらっしゃいませ、柳様。ダンスパートナーを務めさせて頂きます、石動沙織と申します。どうぞお見知りおきを」
目の前の闇からいつぞやの女が姿を見せた。細められた両の目からは隠しようのない殺意。口元を飾る笑みは狂気を湛えている。
「どうもー。他のヒトは見物客かな? 一緒に踊ればいいのに」
射殺すような沙織の視線を正面から見据え、水仙は周囲へと視線を走らせた。ざっと見積もって二十。それ以上も考えられるが、今はどうでもいいことだ。
「主賓を取り合ってはみっともないだけでしょう? 踊り疲れては楽しめませんしね」
堆積した落ち葉を踏んでも音は無い。沙織は、地面へと突き立った鈍く光る物を取り上げた。革の手袋だろうそれに包まれ、女の目の前に持ち上げられたそれは、果たして小振りのナイフだった。
「あれれ、もしかしてナメられてるのかな?」
水仙は眠たげな目のまま、冷笑の色が濃い笑みを浮かべる。水仙よりも頭一つ程高い沙織を見据え、あっは、と一つ。




