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仕訳人、始めました  作者: 伊乃
第二章『面倒事、承ります』
24/67

3-3

 笑い声と同時に、凍った刻が砕け散る。

 示し合わせたかの如く踏み込まれるお互いの右足。

 ポケットに入れられていたはずの両手は刹那の時で自由を得た。

 抱えていたはずのぬいぐるみと紙袋は垂直に落下している。

 閃光の如く、お互いの右腕が疾った。


「―――――交渉は、決裂ということでしょうか」


 己の左目を抉るかのように突き出された貫手を、空いた左手で弾いた沙織。


「―――――信用第一なもんで」


 側頭部を打ち抜くように繰り出された拳を、自由にした左手で受け流した水仙。



「残念ですね、ええ、とても」

「残念ですか、はあ、そうですか」



 落ちた紙袋とぬいぐるみが軽い音を立てる。

 気にすることもなく、互いの細面に魅入った。

 見下ろす沙織と見上げる水仙。

 互いの呼吸すら届きそうな程の超至近距離。

 繰り出した右手はそのままに、唇が弧を描く。

 さあさあ、舞踏会は始まったばかり。


「―――――っと」


 弾かれるように、二人の距離が離れる。一足飛びで間合いを離し、距離はおよそ五メートル。

 ごん!と鋭い音が響いた。鈍器で地面を殴りつけたような低音を轟かせ、水仙が宙を駆ける。全身のバネを極限まで使用し、瞬間的に加速。踏み込む一歩は数メートルの間合いを瞬きの間に消失させた。


「―――――ッ!」


 着地と同時に右足を杭の如く地面に突き立てる。地を揺らすほどの、力強くも豪胆な震脚。悲鳴を上げるアスファルトを更に抉るかのように、身体が螺旋を描いた。

 急制動の反発が渦の中に飲み込まれ、徐々に点を貫くチカラへと形を変えてゆく。

 鋭い呼気と共に、それが吐き出された。

 受ける事叶わぬ、八極の拳。

 型は中段の順突きなれど、二の打ち要らず。

 必ず殺すと書いて、必殺と呼ぶ一撃。


「―――――っ!」


 奇しくも、沙織も同じ型。

 練り上げられた功を為すのは掌。

 点を穿つ一撃と、面を崩す一撃。


 

 ――――パンッ!



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