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仕訳人、始めました  作者: 伊乃
第二章『面倒事、承ります』
23/67

3-2

「今日は交渉に来ただけです。そんなにやる気を出さないでください」


 常人であれば心臓を握り潰されるような閉塞感の中、沙織は至ってフランクに口を開いた。場馴れしているのか、それとも何も感じていないのか。笑みすら浮かべ、魔女は言葉を口にする。


「単刀直入に申し上げます。今回貴女が受けた依頼、放棄していただけませんか? 勿論、それ相応の対価は支払いますので」


 様子見も何もなく、いきなり本題から斬り込んだ。僅かに腰を落としていた水仙も、突然の申し出に気勢を殺がれた形になる。目の前の女の真意を測るように、観察を続行。しかし、沙織に変化はなく、表面上友好さをアピールするかのような笑みを張りつかせているだけ。

 なるほど、今回の依頼はなかなかに厄介な事らしい。目の前の女はつい先日壊滅させた荒くれ者とは一線を画している。手の内を晒す事もなく、友好的に接するように見えてその実欠片も油断はない。何処を見ても隙はなく、こちらが動けば間違いなく即応してくるだろう。

 水仙の瞼が僅かに持ち上がる。

 状況はなんとなく理解した。

 なるほど、なるほど。

 いやはやなんとも。


「対価ってなんだろう。おねーさんの命かな?」


 安い挑発。

 そして、無造作に一歩、足を踏み出す。


「御冗談を。私は、貴女と同じように、金の生る木ですよ」


 水仙が近づいてこようとも、沙織の意思は揺るがない。ぬいぐるみと紙袋を抱えながら、段々と距離を縮めてきている少女を見つめている。


「どうやって使えば、お金になるのかなー?」


 既に間合いは五メートルを切った。がつ、がつ、と地面を削るような鈍い音を立てながら、水仙は臆する事も無く女との距離を詰める。

 ついに、足が止まった。


「貴女と私は同族です。聞かずとも、自明かと」


 至近距離で、視線が交差する。どちらが手を出しても、必中の間合い。底なし沼の如く、闇は深く、色濃く、路地を染め上げてゆく。

 際限なく高まる緊張。

 極限まで膨れ上がる殺意。

 音の一切は皆無。

 軋みと共に、鈍化し、遂には停滞する時間。

 絶対零度の視線を交えたまま、両者は歪な笑みを浮かべた。


「―――あっは」


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