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仕訳人、始めました  作者: 伊乃
第二章『面倒事、承ります』
21/67

2-5(了)

 一瞬止まった手を動かし、ドーナツを摘む。口へ持っていきながらも、視線はその女性へと向けられたままだ。何かを喋っている二人の声はどこか遠く、右から左へと流れてゆく。

 やや高めのヒールを履いているにも関わらず、重心が全くぶれない。足運びも、手の振りもまた自然体ながら一分の隙もなかった。きっちりと着込まれたパンツスーツは彼女の身体のラインをはっきりとさせており、すらりとスタイルが良いのが見て取れる。


「うわぁ…背が高くてスタイルも良いとか、モデルみたいな人だね」


 物言わぬ水仙の視線に気付いたのか、隣に座っていた世里もまた女を見ていた。遅れて視線を投げた詠子もまた、溜息混じりに苦笑する。


「居る所には居るのよね、ああいう人」


 そんな三人の視線に気付いていないのか、女はいくつかのドーナツと共に会計を済ませる。持ち帰りなのか、袋に詰められたそれを彼女は受け取り、更に店員にカードを渡していた。ややもして、店員が持ってきたものを見て、常時半開だった水仙の眼が見開かれた。


「あの人、ボンデタイガーゲットしたよ!」


 店員が女に手渡したぬいぐるみを見て世里が水仙の肩を叩く。足しげく通い、ポイントをしこたま貯めた者のみが獲得出来る至高の商品。高さ四十センチ、横幅三十センチ、奥行き三十センチという巨大なぬいぐるみが、女に手渡された。

 虎の模様とも言える黒い縞模様と、黄色、白の体表が可愛らしくデフォルメ表現されている。何故か取れるたてがみが付随しており、どう見ても虎とは思えない。猛々しい表情はなりを潜め、表現されるのは和みの極地。

 嗚呼、獅子だか虎だかわからないけど、凄く欲しい―――。


「―――――――」


 女と水仙の視線が、一瞬だけぶつかる。ふ、と。ぬいぐるみを受け取った女性は、水仙の物欲を感じ取ったのか、勝ち誇ったような、見下した笑みを浮かべた。彼女はそのままタイガーを腕に抱きかかえ、周囲の視線を気にすることなく颯爽と店を出てゆく。

 茫然と見送る水仙の肩を、またも世里がつついた。やっとのことで女の後姿から視線を切り、世里を見れば更に誘導するように動く指。行き着いた先は。


「………今のが最後の一頭……?」


 ボンデタイガーは家出しました、のプレート。家出はどうかと思うが、要するに在庫切れということか。自分のポイントカードは目的の数値まではもう少しかかる。それまでに入荷してくれればいいが――――それはそれとして、ちょっとばかりカチンと来た水仙である。


「ちょっとトイレ行ってくるー」


 立ち上がり、宣言して歩き出す。返答は聞かず、するりするりと座席の間をすり抜け、店の外へ。連れの二人は追ってはこないだろう。店内に化粧室はなく、隣の駅ビルのものを使わなくてはならないからだ。

 自然と歩く速度が上がる。それに伴い、足音は消失した。最後の一頭を捕獲したのもそうだが、何より血の匂いが気になる。

 まだ女の姿は見えた。前方十メートル程度離れた位置を歩いている。背が高い分、見失う確率は低そうだ。

 ターゲットは暫く繁華街方面へと進んだ後、角を曲がる。水仙もまた一定の距離を保ちながらその後ろ姿を追いかけた。段々と、人通りの少ない路地へと向かう。

 そして水仙は理解した。なるほど、誘っているわけか、と。

 夕日が山に沈みつつある。もうすぐ夜空が垣間見える時間だ。街の喧騒は何時の間にか遠く、気がつけば聞こえる音はほとんどなかった。


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