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仕訳人、始めました  作者: 伊乃
第二章『面倒事、承ります』
16/67

1-3(了)

(さて、実際困ったことになりましたね)


 外界の雑音を切り離した所で、女は思考を巡らせる。ホシの狙いは何なのか。あれだけ目立つ事をやってのけたのだ、必ず何かあるはず。

 彼女の所属する組織は、襲撃者が行き着くだろう最終的な標的を知っている。事前情報を元に網を張ってはいたが、抜け穴というか網を張る必要すらない末端部分が狙われた形となったらしい。というのも、女は出張から帰ってきたばかりで断片的な情報しか知り得ていないのである。

 それでも現場を見たからには考察くらいはすべきだろうと、彼女は事務所の内部を思い返した。


(彼、または彼女にとっての標的に関する情報収集の一環、と考えるのが妥当でしょう。即座に四人を殺害し、最後の一人から情報を引き出そうとした。発砲する暇すら与えず、一瞬で事務所を制圧した手並みは並々ならぬ物がありますね)


 しかし、何かが引っかかる。情報収集をするだけならば、事務所を強襲する必要があるだろうか。構成員の一人を拉致して聞き出すという手もある。他にも時間をかければいくらでも調べる手段はあるだろう。

 どうにも腑に落ちない。女は浅い腕組みをしたまま室内の状況を思い返す。やはりおかしい。事務所内は惨憺たる有様ではあったが、キャビネットや机が荒らされた形跡がなかったのだ。最後の一人から絞れるだけ絞ったとしても、資料を持ち出すくらいの事はやるはず。


(情報取得が主たる要件ではない?)


 考察の幅を広げる。思いつく限り、推論を並べ立ててみる事にした。


 ⅰ:誰かを狙ったわけではなく、偶然見つけたから襲撃した

 ⅱ:己の戦闘能力の誇示、ターゲットへの威嚇と警告、意志の明示

 ⅲ:ただの通り魔的殺人行為

 ⅳ:私怨


 荒唐無稽とも言える推論に軽い眩暈を覚える。しかし、当たらずとも遠からずと思わなくもない。どれも当てはまると言えるし、どれも当てはまらないとも言える。恐らくないだろうと思われるのはⅳくらいか。私怨であればもうそろそろ次の襲撃報告くらいあってもおかしくない。


(推測では埒が明かない。本部に調べさせた方が無難ですか)


 出張から駆けつけたばかりでは情報が少なすぎる。思考を放棄し、女は事務所を蹂躙した暴力を思い返す事にした。

 暴力で鳴らした男たちが、懐に忍ばせた銃すら使えなかったという事実。単純な暴力で彼らを大きく上回り、心をへし折る程度の重圧を与えたのは確かだ。これが銃火器などの凶器を用いたのならまだ納得が出来る。しかし、犯行は素手で行われた。瞬時に五人を殺害し得る生身の暴力。通常では考えられないまさに凶行。


(面白そうではありますが、さて…)


 五対一でお話にならないとは。単純に襲撃者の戦闘能力が優れているというのもあるだろうが、ジャパニーズ・マフィアともあろう者が情けない。この体たらくではスポンサーも愛想を尽かすと言うものだ。こんなことでは満足に身辺警護も―――


(まさか、とは思いますが………)


 数人の護衛では瞬く間に制圧されるだろう事実。そうなれば、危険なのは移動中となる。そこは当然狙撃などの可能性も考えて対策を打つだろう。しかし、ターゲットの身辺警護が無意味だとしたら。特攻まがいの奇襲が異常な鋭さを有するとしたらどうだ。襲撃者の標的はこう思うのではないか。『閉じ籠り、万全の態勢で迎え撃った方が安全』だと。

 確かに、邸宅や仮拠点ともなれば人員は多く、迂闊に手だしは出来ない。数さえ揃えられれば、それは自動迎撃機能付きの壁になる。死角さえ潰すことが出来れば有効な手段となり得るだろう。


(それを突破できる自信があると、そういうことですか)


 臨戦態勢とは言え、相手は軍人ではなく民間人に毛が生えた程度の木端に過ぎない。やり方次第で突破も不可能ではないだろう。

 だが、それはどう考えてもリスクだ。待ちかまえる無数の護衛と一戦交えるなど正気の沙汰ではない。それよりも、事務所の襲撃などせず、直接ターゲットを狙えば簡単に終わっていたのではないのか。

考えれば考える程に辻褄が合わなくなってゆく。


(もう正直意味がわかりません。後手後手に回っているのはわかりましたから、こちらで勝手にやるしかありませんか)


 女は、改めて考える事を放棄した。現時点では全く持って意味不明。理解が出来ない行動を取られては対策を打とうにも打てない。彼女は本日幾度目かになる溜息を深々と吐き出し、車窓から見る街の明かりへと視線を向けた。

 襲撃者に目標を殺させるわけにはいかない。殺されては色々とご破算なのである。相手が何であろうと、護りきらねばならない。


(色々と、調べる必要がありますね)


 とりあえずの方針は決まった。帰れば忙しくなるだろう。流れる夜景から視線を切り、腕組みをしたままゆったりと眼を閉じる。

 女―――石動沙織は、忙しくなる前に仮眠を取る事に決めた。


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