正ヒロインが現れないので、自分で探すことにしました
カルミラ・サンクレア侯爵令嬢は茫然と鏡の前に立ち尽くしていた。
鮮やかな赤い巻き毛。
意地悪そうに吊り上がった濃紺の瞳。
肉感的な肢体。
そして、たった今、蘇った平凡な日本人OLだった前世の記憶。
その記憶が今までのカルミラの記憶に編み込まれていく。
よりにもよって、王太子殿下の婚約者だ。
「私って、悪役令嬢じゃない?」
問題は、どのゲームなのか小説なのかわからないことだ。
美人だが、きつい性格に見える鏡の中の美少女がじっとこちらを見ている。
「一言言ったら十倍返ってきそう」
自分で言って悲しくなった。実際はちがうのに、と今までのカルミラも悲しんでいたらしい。
カルミラは昔住んでいたぼろアパートの部屋より広い自室を歩きまわり始めた。
「私は八歳から殿下の婚約者で今は十七歳。十八歳になるまであと少しで、私の誕生日に婚姻式を挙げる予定。二人は幼馴染の延長のような関係。お互いを異性だと意識していない」
カルミラは先日の王城でのお茶会で、フェリクス殿下が天気の話をするように口にした言葉を思い出した。
「おまえ、太ったか?」
カルミラは手にしていたカップを思わず皿にぶつけて、みっともない音を立ててしまった。
カルミラはカップをそろりと下ろして言った。
「淑女に対して、そういうことを思っても口にしないのが紳士の嗜みでは?」
フェリクスは緑色の瞳を瞬いた。
「前より頬が丸く見えたから聞いたんだが」
「だから! そういうことを真正面から口にすることが失礼なのです! 私は前回のお茶会のときから太っても痩せてもおりません!」
フェリクスは広くてしっかりと筋肉のついた肩をすくめた。その動きに合わせて、窓から差し込んだ陽光が彼の濃茶色の髪を撫でた。
「前より頬に艶があって、ふんわりして見えたんだが。僕の気のせいか」
カルミラは立ち止まり、唸った。侍女が渾身の化粧を施してくれたのを、太ったと解釈したのだ。フェリクスは確実にカルミラを女性だと思っていない。
記憶を取り戻す前のカルミラは、そのことに悩んでいた。どんなにめかし込もうと、フェリクスは型通りの賛辞さえよこさない。自分との婚約は政略上のものにすぎないからにちがいない。結果、婚姻後に彼は側妃か愛妾を持ち、ないがしろにされるのではないかとまで思いつめていた。
貴族の結婚なので愛がないことは覚悟できる。だが、敬意がないのは耐えられそうにない。
見た目とは裏腹に、なんと可愛らしい心の持ち主か。そして、改めて鏡の中の自分を見つめた。
「この外見、この設定。殿下の中での私の立ち位置。……私、悪役令嬢で確定よね?」
カルミラの頭は目まぐるしく回転し始めた。
「状況はテンプレ通りということは、フェリクス殿下の前にヒロインが現れる。殿下は彼女に恋をする。そして、公の場で私との婚約を破棄する。私は追放される。最悪の場合、処刑」
カルミラの知るフェリクスだったら、さすがに無実の自分をいきなり処刑はしないだろう、という考えが浮かんだ。
だが、この世界でどんなに自分が品行方正にしていたとしても、物語の強制力が働いて、結局追放されるか処刑されるかもしれない、という考えが瞬時に浮かんだ。
「冗談じゃないわ」
カルミラは拳を握りしめた。
「自分の命くらいは何とかしなくては」
でなければ今まで健気なまでに思い悩んでいたカルミラが可哀想ではないか。
カルミラは自室を見渡した。大きな窓、薄緑の壁紙、それより少し濃いカーテンと、濃緑のベッドカバーにカーテンと同じ色調のシーツがかかっている寝台。
すべて、フェリクスの新緑を思わせる瞳の色を基調に作られた逸品だった。調度品はフェリクスの髪色と同じ深い濃茶色。どれもが、フェリクスがカルミラの誕生日に贈ったものだった。カルミラ自身も気に入っている。
「一応、仲は悪くないのよね」
カルミラは自分の言葉に頷いた。
「殿下も本気で好きな女性ができれば、婚姻前だし私の婚約くらい簡単に切るとは思うけれど」
フェリクス殿下は陛下の公務の一端を担っている。政治的に冷徹になれることは、その仕事ぶりから周知の事実だった。
「私のことが邪魔になれば、瞬時に国外へ遠ざける程度はやりかねないわね」
そこまで考えて、カルミラは肩を震わせた。
「やっぱり、最悪処刑も大いにあり得るわ。恋に浮かれて人格が豹変するかもしれないもの」
前世で散々読んだ悪役令嬢達の結末が脳裏をよぎった。
「とにかく、逃げる準備をしましょう」
この婚約は政略であり、自分から婚約を突然破棄すれば政治問題になる。ならば、逃走準備のほかに、もう一つできることがある。
「ヒロインが現れるのを待つのよ」
ヒロインが現れたら即座に婚約者の座を明け渡す宣言をするのだ。
「これなら、円満解決だわ」
カルミラはにんまりと笑った。
◇◇◇
その日から、カルミラは逃げる準備と並行して、待った。
夜会、お茶会、王宮行事で、カルミラは目を皿のようにして周囲を見渡した。彼女をよく知らない人達からは、当然のことながら恐れられた。
「カルミラ様に睨まれましたの。でも、私は何が悪かったのかわからなくて」
夜会の隅で涙ぐむ令嬢を優しく宥める令息、という光景があちこちで見られた。
今までのカルミラであれば、ひとり心の内で悲しんでいた。だが自分の容姿を客観的に見ることができる前世の自分は、『そうなるよね』と冷静に納得してしまい、むしろ彼女たちに同情してしまった。心の中で誤解させてごめんなさいね、と謝っておく。
それよりヒロイン探しだ。
「きっとピンクブロンドに違いないのよ」
扇子を広げ、口元を隠しながらつぶやいた。
ピンクブロンドで可憐な顔立ち。華奢な肢体は体格の良いフェリクス殿下の庇護欲を誘うにちがいない。こんな人の多い夜会で殿下と偶然にぶつかって、反動で倒れそうになるヒロインを殿下は難なく抱きとめるのだ。
「そんな令嬢を探すのよ」
カルミラは瞬きもせずに会場を見まわした。
ピンクブロンドは見当たらない。
「髪の色が違うのかしら。……待って、庶民出身かも? それともまだ時期ではない?」
学園がないこの世界で、どうやって庶民のヒロインは殿下とぶつかったりするのか。
「視察か……」
市場の噴水の前とか。あるいは孤児院とか。どこかの領地を通りがかるときに偶然出会うとか。
「そもそも、何の作品世界にいるのかわからないから手の打ちようがないのよね」
前世の自分は悪役令嬢の作品を浴びるように読んできた。その一つ一つを鮮明に覚えているわけではない。
「とにかく、それらしい令嬢を探しましょう」
カルミラは扇子をぎゅっと握りしめ、更に瞳を凝らした。そこへ、ふいに聞き慣れた声がした。
「何をきょろきょろしている」
さっきまで官僚たちと話をしていたフェリクスが、いつの間にかカルミラの横に立っていた。
カルミラはびくり、と肩を揺らした。ちらりと彼に目を向けた後すぐに、また会場へ視線を戻した。
「女性を見ておりますの」
「……まるで獲物を探すようにか?」
もともと目力のある目なのだ。ちょっと集中したら鋭くなってしまうだけだ。十年近く婚約しているのに理解していないのかと文句を言ってやろうかと思ったが、以前の自分が大事にしてきた思いを汲んで口にしない。
「重要なことですので」
カルミラは悪びれず、堂々と返した。
「重要事とは何だ」
「秘密です」
カルミラの口元が、きゅっと強められた。
フェリクスはその微かな動きに眉をひそめた。腰に手を当て、自分を放置して会場へ顔を向けるカルミラをじっと見た。
「またなにか変なことを考えているのか……」
フェリクスは小さくため息をついた。
カルミラは会場を凝視し続けた。
そうしているうちに、はっと目を開いた。
「そうよ! 現れないなら、こちらで用意すればいいのよ!」
カルミラは自分の発案に思わず笑顔になり、拳を肩まで突き上げた。
意味不明なことを叫ぶカルミラに、フェリクスは難しい顔つきになった。
「こいつは余計なことしか考えつかないのか」
フェリクスの声は、鼻息荒く興奮するカルミラには届かない。
◇◇◇
カルミラは弾む心でもう一度会場にゆっくりと目を向けた。
今度は令嬢たちをしっかり観察する。
「愛嬌があって、有能で、しっかり者で……」
会場では、あちこちに小さな集団が生まれていた。そのほとんどが、同性同士か同年代の者同士で和やかに談笑しているものだった。カルミラにとってはいつもの風景だ。
だが、今夜のカルミラが探すのはそういう平凡な人ではない。
カルミラは少しだけ中央へ足を運んだ。ここからなら、全方位をぐるりと見まわせる。
瞬きを惜しんで注視していくうちに、ベランダに通じる窓辺の一角だけ空気が違っていることに気づいた。
年上の男性二人を相手に、小柄で可愛らしい年若の令嬢が笑顔で話をしていた。
その彼女の脇に、令嬢より少し年上と思われる令息が立っていた。令嬢と、白髪混じりの男性を交互に見比べ、困った顔をしていた。
カルミラは少しだけ彼らに近づいた。
「たしかグロン伯爵領では最近、品種改良した栗が特産物として扱われるようになったのですよね」
令嬢が隣の令息に顔を向けた。
令息は話を振られるとは思っていなかったのか一瞬驚いたが、あわてて大きく頷いた。
「そうだ。大きな栗の実が特徴で……」
恰幅の良い男性が質問をはさんだ。
「北の国のマール王国の栗とはどう違うのかね。あそこの栗は甘く煮て瓶詰になって我が国に輸出されているだろう」
「え? マール国ですか。あそこの栗との違いですか」
令息が考えこみそうな気配を察知したのか、令嬢はその男性に笑顔を向けた。
「マール国と言えば、重厚な織物も有名でしたわよね。ギウス伯爵さまの領地の織物は軽くて明るい伝統文様が素敵ですわ。私も大好きなんですの。今日のドレスの装飾部分にも使わせていただいておりますのよ」
ギウス伯爵は彼女の腰に巻かれたリボンを見て目を細めた。
「おお、まさに吉祥紋様ですな。この紋様のおかげで、あなたのような年若い令嬢から特産品の評価を直接聞けることになった。うれしいことです」
もう一人の細身の紳士も頷いた。
「その様子だと、わが領地の特産もご存じかな?」
「はい! 川に沿ったマッシンゲール伯爵のご領地では、風味豊かな小麦を栽培されていらっしゃいますもの」
男性たちは嬉しそうに笑った。
令嬢の横の令息は、ハンカチで額の汗を拭いながら愛想笑いを浮かべていた。
「あの令嬢、会話のお手本のようだわ」
話題に詰まれば自然につなぎ、相手の話を奪わない。
年配者にも若者にも、話を合わせることができるのだろう。惜しむらくは、彼女の同伴者である令息が勉強不足だったことだ。
栗について質問してきた恰幅の良い男性は美食家で有名だ。彼に特産品の栗を説明できたらきっと商談に発展したことだろう。そうなるようにと令嬢が水を向けたのに、あの様子では、令息は彼女に恥をかかされそうになったと受け取ってしまうかもしれない。
その後の会話も、彼は彼女に助けられっぱなしだった。
「彼にはあの令嬢はもったいないと思えるわね」
令息は次第に萎縮し始めてしまった。
「度胸のない……」
カルミラは会社員だった頃を思い出した。
「はったりも時には必要なのよ」
わからないものを知ったかぶりするのではなく、先ほどの栗の話なら、彼がよいと思う点を、熱を込めて語るくらいしてもよかったのだ。
「彼女はもっと輝ける場所に行くべきだわ」
カルミラの目が光った。
「彼女を調査しましょう」
カルミラはフェリクスに今夜は疲れたからと伝えて、早々に引き上げることにした。
「夜会でいつも私を放置しているのですもの。今夜は私が放置して差し上げますわ」
カルミラはフェリクスに型通りの挨拶をすると、戸惑う彼を後目にそそくさと会場の戸口を目指した。
足取りの軽いカルミラの後ろ姿を、フェリクスは眉間にしわを寄せて見送った。
カルミラは帰宅後すぐに、令嬢の調査を家人に言いつけた。
話相手の伯爵の名前がわかっているから、きっとすぐに判明するはずだ。
カルミラが予想した通り、家人は翌日の午後のお茶の時間までに調査報告書を作成してカルミラに提出した。
紅茶を脇に、束ねられた報告書をペラペラとめくっていく。
彼女の名前はクロエ・シルヴァン。伯爵家の次女。
教養が高く、小柄で細身。可憐な容貌で、特に笑顔が素晴らしい。
花が咲いたような、という形容がぴったりだったとカルミラは回想した。
社交能力は昨夜の一幕でカルミラにはわかっていたが、報告書にも特筆すべきものがあると記されていた。
「これでまだ婚約していないとは、不思議ね」
こんな優良物件を逃す手はない。
「王太子妃として社交は重要。愛嬌もある。殿下のようなちょっと意地悪な方には笑顔が可愛くて可憐な彼女くらいでちょうどいいのでは」
こうなったら、直接クロエに話をするべきだ。
カルミラは早速クロエに面会の手紙を書いた。
◇◇◇
シルヴァン伯爵家を訪れたカルミラは、通された応接室で、まさにお手本以上の、完璧な笑顔を浮かべたクロエと対峙していた。
すっきりとした調度品を背に、微笑むクロエは一幅の絵を見ているようだ。
クロエから遠回しに用件を尋ねられ、カルミラは口をつけたカップをテーブルに戻した。
背を伸ばし、両手を膝の上に揃え、カルミラはまっすぐにクロエを見た。
「単刀直入に申し上げます。クロエ様、王太子妃にご興味はありません?」
クロエは笑顔のまま固まった。少しの間を置いて、クロエは先ほどの笑顔のまま言った。
「……はい?」
カルミラは少しだけ体を前に傾けた。
「条件は悪くないと思うのです」
クロエは反射的に上半身をのけぞらせた。
「条件、と申しますと?」
カルミラは滔々と語り始めた。
王太子妃という地位はシルヴァン家に利益をもたらすこと、フェリクスは婚姻相手としても容姿端麗で頭脳明晰、そのうえ人当たりも悪くはないこと。
「なにより、クロエ様ご自身の能力を発揮できることが最も良い点だと思うのです」
カルミラは力強い声で締めくくった。
クロエは真顔になった。
「王太子殿下の婚約者はカルミラ様でしょう? なぜ私に? 側妃か愛妾になれと?」
カルミラはゆっくりと首を振った。
「とんでもございませんわ。私はクロエ様の愛くるしい笑顔と卓越した社交力を発揮する最上の場を提供したいのです」
「現在は、あなたが殿下の婚約者でいらっしゃるわ」
カルミラは薄く笑った。
「ええ。ただし、将来的には違う予定です」
カルミラはクロエに向かってさらに身を乗り出した。
「ね? いい条件でしょう? クロエ様も適齢期。どうです? それとももう進んでいるお話が?」
クロエは何ともいえない顔をした。
「……いいえ、婚活中ですが、まだお話がなくて」
言ってから、クロエはしまったという様に口元に手を当てた。
「先日のグロン伯爵令息でしたら、だめですわ。勉強不足の上に度胸がない。クロエ様が嫁げば苦労なさることでしょう」
カルミラの発言に、クロエは目を丸くした。
「ご覧になっていらっしゃったんですか」
「ええ。私はあの夜会でクロエ様の頭の回転の速さと情報量、それに花が咲いたような笑顔に惚れたのです。クロエ様は素晴らしい方です。私が男性なら速攻で求婚状を送ります」
カルミラの言葉を聞くうちに、クロエの頬が赤くなっていった。
「そんなふうにおっしゃっていただけるなんて……初めて言われました」
クロエは俯き、膝の上に置かれた両手をぎゅっと握りしめた。
「父にも兄にも余計な知恵をつけるから縁談が進まないのだと言われてばかりで。実際、グロン伯爵家からお断りの手紙が届きました」
カルミラはクロエの話でこれまで彼女に届いた縁談の経緯を察してしまった。
「つまり、令息方は自分より妻が社交界で目立つのを嫌がっているわけですね」
クロエはますます俯いてしまった。
カルミラはすっと席を立ち、クロエの横に腰を下ろした。膝の上で握られたクロエの拳に、手のひらを乗せた。可憐なクロエは、手まで小さくて可憐だった。
「フェリクス殿下は少なくともクロエ様の社交力を怖がることはございませんわ」
クロエはそろりと顔を上げてカルミラを見た。
「たしかにそうですわね。……カルミラ様が本当に婚約者の座を降りられることは、正直申しましてなさそうだと思いますが。でも」
「でも?」
「一応、カルミラ様のお話に乗ってみようかと思います」
ぱっと笑顔になったカルミラは、思わずクロエに抱き着いた。
◇◇◇
それからのカルミラの行動は早かった。
とにかく、クロエがフェリクスに近づける機会を作った。茶会、王宮行事など、カルミラの立場を最大限に利用した。
クロエはそれぞれの場を、すべて完璧にこなした。
フェリクスと話をする機会も、堂々とそつなくこなした。
何度も顔を合わせるうちに二人の間が縮まるかと少し離れてさりげなく見守っていたが、一向に色っぽい雰囲気が生まれなかった。
フェリクスとカルミラの、二人だけの茶会の日。
「シルヴァン嬢は話がうまいな」
フェリクスが自らカルミラ以外の令嬢の話を振ってきた。
「でしょう!」
それまで無表情だったカルミラは、ぱっと笑顔になった。
フェリクスは眩しいものを見たように目をすがめた。
「なぜおまえが得意そうになるんだ」
カルミラは満面の笑顔のまま前のめりになって答えた。
「彼女は私の推しなのです。あの輝く笑顔、機知に富んだ会話。可憐で庇護欲をそそる華奢な体つき。大事にしたいと思いませんか!」
フェリクスは思わず体を引いた。
紺の瞳をキラキラさせながら熱く語るカルミラを見ながら、フェリクスはつぶやいた。
「おまえがこういう満足顔をするときは、たいてい何か企んでいるんだよな……」
「え? クロエ様のこと? なんとおっしゃいました?」
「おまえは、あの令嬢の話になるとずいぶん嬉しそうになるんだなと言ったんだ」
「当然です! 彼女は素晴らしい方ですもの」
フェリクスは顔を背けた。
「僕といるときはそんな顔にならないくせに」
「はい? 今度はなんとおっしゃいましたの?」
「こっちの話だ。気にするな」
フェリクスは紅茶に口をつけた。
「では、クロエ様のお話を!」
カルミラは嬉々として彼女の新たな長所を語り始めた。
フェリクスはむっすりと黙り込んだまま、熱弁をふるうカルミラを眺めた。
◇◇◇
その日のお茶会が終わり、フェリクスは侍女を連れて廊下を去っていくカルミラを見送りながら、近づいてきた側近のエドガー・ラインハルトに声をかけた。
「あれがまたなにか企んでいる。何かわかったら教えろ」
エドガーは眼鏡をくい、と押し上げた。
「いつもそうおっしゃいますが、たいてい殿下がお一人で解決なさいますからね」
フェリクスは胸の前で腕を組んだ。
昔から、カルミラは妙な美少女だった。お茶会でしかめ面をしたかと思えば、絶望したような表情を浮かべる。
気になってサンクレア侯爵にそれとなく尋ね、カルミラは自分が本当に王太子妃としてフェリクスに迎えられるのかを心配していると知った。
侯爵には、カルミラしか迎える気はないと伝えた。カルミラにもきちんと気持ちが伝わるようにする、とも約束した。
以来、せっせと彼女の部屋を自分の色に染め始めた。彼女の部屋から自分の住まう宮の一部が見えるように増築した。最近は何事もなさそうだと安心していたのだが。
「また僕のことで妙な誤解をしていると思ったんだが、今回は第三者を巻き込んだものらしい」
「……クロエ嬢ですか」
フェリクスは頷いた。
「クロエ嬢の殿下への不自然な急接近、となれば単純に見ると見当はつきますが」
「僕目当てだと?」
フェリクスは鼻で笑った。
「僕がカルミラ以外の令嬢に関心を示したことがあったか? 考えられるとしたら、貴族間の派閥争いにまんまと巻き込まれている可能性だ」
「では撒き餌をしてみましょうか」
フェリクスは顎に手を当て、値踏みするような目でエドガーを見つめた。
少しして、フェリクスは口を開いた。
「おまえがその餌役をやれ」
エドガーは一瞬だけ嫌そうな表情になったが、すぐに表情を戻した。
「……承知しました」
◇◇◇
お茶会の日から数日後、カルミラは王妃に呼ばれて王宮の廊下を歩いていた。
廊下の奥から、知った声が聞こえてきた。この廊下の天井は独特の形状で、遠くの会話も聞こえやすい。
カルミラは耳を澄ませ、すこしだけ歩みを速めた。
「エドガー様、先ほどのお話ですが」
「ああ、その書類ですね。よく覚えていましたね」
「お困りのようでしたから」
クロエとエドガーが肩を寄せ合って書類を覗き込んでいた。
「おかげで助かりましたよ」
ふたりは顔を見合わせ、微笑み合った。
カルミラは二人が仲睦まじそうにしている姿を見て驚いた。
「いつの間に……?」
エドガーにクロエを紹介した覚えはない。だが、彼女はすでにフェリクスの片腕のエドガーと名前を呼びあう仲になっているのだ。
「どういうことか、後でクロエ様に聞きましょう」
その翌日、クロエがカルミラのもとを訪れた。
応接室のソファに身を沈めたクロエが、もじもじしながら話し始めた。
「あの、ご報告があります。私はこのたび、エドガー・ラインハルト様と婚約することになりましたの」
「え」
カルミラは手にしたカップを落としそうになった。慌ててカップをソーサーに戻し、顔を上げた。この可憐な令嬢はフェリクスの妻にふさわしいと確信したから、今まであれこれと画策した。それが、まったく別方向に行くというのか。
内心で焦るカルミラを後目に、クロエは照れながらも話を続けた。
「私の社交力がエドガー様の将来のお仕事に役立つとのことでして」
「あら」
エドガーはフェリクスの側近で片腕だ。外交の場にも顔を出すエドガーにとって、クロエの社交力が強力な支えになるのは間違いない。
「それに、私のことを好きだとおっしゃってくださいましたの」
そこまで言うと、クロエは「きゃっ」と言いながら両手で頬を押さえた。
カルミラの心は悶絶した。妖精を思わせる美貌の少女が、カルミラの目の前で、頬を桃色に染めて幸せそうに顔をほころばせているのだ。
先ほどまで計画していたフェリクスとの婚約をなしにされて困っていたのに、照れ笑いでもじもじするクロエは抱きしめたくなるほどかわいかった。
見ているこちらまで甘酸っぱい気持ちになって、カルミラの中で計画は二の次になった。
「クロエ様ったらかわいい! 素敵! もっとお話を聞きたいわ!」
カルミラはたまらず席を立ち、クロエの横に座った。
「私はエドガー様を紹介していなかったのに、どうやってお知り合いになりましたの?」
「それはちょっと前の夜会の時に……」
クロエによると、エドガーとの出会いは偶然だったという。その夜会には隣国の要人が招かれていたが、接待の担当者が席を外してしまった。要人が困った様子だったので声をかけたのがきっかけで、エドガーが駆けつけたことが縁で知り合ったという。
そこから話が合う二人は急接近したらしい。もともと、エドガーはフェリクスとよく顔を合わせるクロエを茶会などで気にはしていたらしい。
「恋の偶然ってあるものなのねえ」
頬を薔薇色に染めて目を輝かせるクロエに、カルミラまで幸せな気持ちになった。
「クロエ様が幸せなのが一番です。……でも、困りましたね」
カルミラは頬に手を当てた。
クロエほどの逸材で、まだ婚約していない令嬢がそんなにほいほい転がっているとは思えない。
「でしたら、私の友人のミリアム・ロズウェル様はいかが? もちろん婚約者はいらっしゃいません」
「……どんな方?」
クロエの提案にカルミラは自然と前のめりになった。
クロエはにっこりした。
「ひとことで申しますと、頭が良すぎる方です」
カルミラは目を瞬いた。
「それは欠点なの?」
クロエは深く頷いた。
「世の殿方には、そう感じる方もいらっしゃるのは私をご覧になってご存じでしょう?」
「なるほど」
カルミラは深く頷いた。
「ミリアム様とは縁談話でよく愚痴を言い合っていました。彼女にも何度か縁談があったのですが、領地経営はもちろん、流通、税に関する知識の話になると殿方よりも詳しくて」
「……ああ、その後は想像つきます」
前世のフロアでも、男性社員よりもできる女性社員は煙たがられていた。かわいげがないだの、頭でっかちだのと陰口を叩いて溜飲を下げていた男性たちは、ことごとく昇給しなかった。
「彼女はまた弁が立ちまして」
「知識を運用するところまで昇華させていらっしゃると?」
クロエは自分のことのように喜んだ。
「さすがカルミラ様。わかっていらっしゃる! 彼女はお見合いの席で令息から、『将来はこういう流通方法を考えている』と自慢されて、『それでは冬季の輸送費が上がります』って答えたのです。せっかく弱点をお教えしたというのに、その日のうちに令息の家から縁談のお断りが来たのです」
「もったいない!」
カルミラは思わず叫んだ。
「でしょう?」
クロエはますます嬉しそうに両手をぱちんと合わせた。カルミラはクロエの手を包み込んだ。
「殿下なら、ミリアム様のような頭の良い女性に怯みません。最高です!」
カルミラは肩の位置で拳を作った。
「二人目発見です!」
◇◇◇
クロエのお膳立てで、カルミラは早速ミリアムと話をする機会を得た。
ロズウェル家の応接室で、カルミラはミリアムと少し会話をした。それだけで、彼女がいかに賢いかを理解した。
カルミラは会話をしながらミリアムを査定した。
ロズウェル伯爵家は手堅い領地経営をしており、家柄もよい。
教養は抜群。
カルミラが領地経営の話に水を向けると、クロエの言った通り、ミリアムは優秀だった。
打てば響くとは彼女のことを言うのだろう。
笑顔には知性が感じられ、それでいて愛嬌もある。薄茶色の髪と黒い瞳のミリアムがフェリクスの横に立っても見劣りしない容姿だ。
カルミラは早速ミリアムに王太子妃にならないかと切り出した。
「……責務を考えれば、軽々にはお答えできません」
カルミラは嬉しさのあまり胸の前で手を合わせて身をよじった。
「そのお返事! そこがいいのです」
ミリアムはカルミラを見てぎょっとした。
「私、ますますミリアム様を推したくなりました」
「えええ」
ミリアムが及び腰になっているのを無視して、カルミラは前のめりになった。
「まずは殿下と接触してみましょう! そこで判断してもいいのでは」
目を輝かせて迫るカルミラに、ミリアムはぎこちなく頷いた。
「クロエの紹介ですし、そのくらいでしたら、挑戦しても……」
「決まりですね」
その日のうちに、カルミラはフェリクスへ接近させる機会を作ろうと動き始めた。
王宮の廊下やお役所仕事をしている棟で、フェリクスが現れる場所に彼女を連れて行き、賢女だということを見せるのだ。
その日はミリアム自身がロズウェル伯爵の代理で書類を提出するために登城していた。
カルミラは少し遅れて彼女のもとに向かった。
待合に使われている広間から、ミリアムの声が聞こえてきた。
「失礼ですが、そこの計算はこちらでは?」
年嵩の男性の声が返ってきた。
「しかし昨年までは――」
「今年度から算定区分が変更になっています」
カルミラが広間に着いたとき、ミリアムは年配の男性に丁寧に解説しているところだった。
「こちらに要点をまとめた解説があります」
ミリアムと男性は書類を覗き込みながら書類のあちこちを指さしていた。
その前を、文官の制服を着た紳士が通りかかった。
「あら、ジェローム伯爵だわ」
規則に厳しいことで有名で、カルミラにはいつもいかめしい顔で挨拶をしてくる。
ジェロームは二人の前で立ち止まり、ミリアムの説明に耳を傾け始めた。
年配の男性が頷いた。
「ああ、なんとなくだけど、わかってきました。算定区分が変わったことで、計算式をこちらとこちらに変更し、それから今までの計算式に代入すればよいと」
「そのご理解で合っています」
ミリアムはにっこりと笑った。
「いやあ、助かったよ。役所の人に聞こうと思ってずっと順番を待っていたんだ」
男は書き直すと、嬉しそうに書類を抱えて去って行った。
ミリアムは男の人の背中に軽く頭を下げた。
「実に素晴らしい」
ジェロームに突然声を掛けられ、ミリアムはびっくりした。
「今の内容をどこで学んだんだね?」
大きな目がまっすぐにミリアムに向けられている。
ミリアムはたじろぎながらも答えた。
「実家の帳簿を見ておりましたので」
「それだけで、あそこまで理解しているのか」
「はあ、管轄所から要約が送られてきますし。それを読めばわかることかと」
ジェロームはミリアムを椅子に座るように促し、自分も横にどかりと腰を下ろした。
「ちょっとお尋ねするが、あなたは未婚かな」
「はい。婚約もしておりませんが」
「値千金の令嬢に婚約者がいないとは!」
彼の大声に、ミリアムはびくりと肩を揺らした。
ジェロームはミリアムに深々と頭を下げた。
「私はジェローム伯爵だ。どうか、倅の嫁になってほしい。倅は嫡男の癖に騎士団に入っていまや副団長。なまなかなことでは抜けられない立場になった」
「え、あの疾風の剣と呼ばれる、カルロス副団長……?」
頬を紅潮させるミリアムに、ジェロームは頷いた。
「あれが領地経営をまともにできるとは思えぬ。令嬢、あなたがジェローム領の経営の陣頭に立ってみんか?」
ミリアムはジェロームの気迫に圧倒されつつも、目の前にぶら下げられた人参にごくりと唾を飲み込んだ。
ミリアムはその場で自分の今後の人生設計を素早く計算し始めたらしい。表情が目まぐるしく変わった。少しして、小さく息を吐いた。
「悪くないお話です」
「だろう! 善は急げだ。令嬢、お名前をうかがってもいいかな」
ミリアムは頷き、名乗った。
「まずはご令息にもお目にかかりたく存じます。領地経営のお話も、ぜひ詳しく」
ジェロームはすっと席を立ち、胸に手を当てて一礼した。
「では、ほかの方に先を越されたくないので、ロズウェル伯爵殿に求婚状を送らせていただく。令嬢からもお父上に事の次第をお話しておいていただけると助かる」
ミリアムも立ち上がり、優雅に一礼を返した。
「承りました。ご令息によろしくお伝えください」
「任せろ」
ジェロームは白い歯を見せて笑った。
一部始終を茫然と見ていたカルミラに、ミリアムが気づいて近づいた。
「カルミラ様、ご覧になっていましたよね」
「え、ええ」
「そういうわけですので、王太子妃のお話はなかったことにしてください」
強い意志をたたえた彼女の目を見て、カルミラはまたしても王太子妃候補者がいなくなったことを知った。
「まだフェリクスにぶつけてもいないのに……」
晴れやかな顔で役所の窓口に向かう彼女の背中を見送りながら、カルミラはがっくりとうなだれた。
「逃亡計画、漏れがないか再確認しておくべき……?」
◇◇◇
カルミラは今夜も夜会に出席していた。横にはフェリクスがいる。だが、カルミラはフェリクスに見向きもせず、会場を見まわしていた。
扇子越しに、『だれが殿下の婚約者にふさわしい能力を持っているか』と目を光らせているのだ。
「あの方は受け答えがうまいわ」
令嬢の容姿や名前と、談話中の相手を記憶する。
他に目を向ける。
「あちらの方は度胸がおありね。……うん、あの返しは見事」
扇子で口元を覆い、ふふふ、と低く笑う。
フェリクスはカルミラを無表情のまま眺めていた。
「最近、おまえは令嬢ばかり品定めをしているな」
カルミラは会場から目をそらさずに答えた。
「違います。才能を見ているのです」
フェリクスはため息をついた。
「悪い予感しかしない」
フェリクスは同意を求めるように、背後にいる護衛騎士のクリストフ・ヴァイスに目を向けた。
側近のエドガーは、今夜はクロエを伴って出席している。フェリクスのそばにいるのは、クリストフだけだ。
夜会という華やかな場では、普段のクリストフは目立たないように一歩引いて立っていた。だが、今夜はエドガーが不在だ。クリストフは側近の役目もあるため、いつもよりフェリクスの近くにいる。
クリストフは護衛らしく、周囲に目を光らせていた。
フェリクスより少し背が高く、騎士らしくがっしりとした体躯だ。婦人たちから見たら大男が恐ろしげな顔をして目をぎょろつかせているようにしか見えない。
実際、近くの年若い令嬢がクリストフと目が合った途端、真っ青になった。恐怖心はそばにいる令嬢や婦人たちに伝播していった。
令嬢たちは潮が引くように、フェリクスたちから遠のいていった。
今夜に限って、フェリクスの近くにいようとする令嬢はいない。
フェリクスはクリストフの強張った顔を見て、またもやため息をついた。
「任務を遂行しているだけで威嚇していないのはわかるんだがな」
そこへ、小さな靴音を響かせながら近づく令嬢が現れた。背筋がピンと伸び、所作に無駄のない令嬢だった。
令嬢はまっすぐにクリストフの前まで来ると、一礼をした。彼女の黒髪がさらりと肩から落ちて、夜会の灯りをうけてきらめいた。
「ヴァイス卿でいらっしゃいますね。初めまして。私、ブリジット・アストレーと申します」
ブリジットは茶色の瞳でクリストフの目をまっすぐに見た。
「先ほどからそのお顔で立っていらっしゃるので、ご婦人方が怖がっていますわ」
クリストフは大きな青の目でブリジットを睨んだ。
「生まれつきです。放っておいていただこう」
「存じています。だからもう少し愛想よくなされば、と申し上げているのですわ」
クリストフは目を瞬いた。
「……おれにそんなことを言う女は初めてだ」
「女、ではなく婦人とおっしゃると柔らかくなるかと。そもそも皆さん、思っても口にしないだけでしょう」
クリストフはますます面食らった。
やがて、好奇心をくすぐられ、青い目が輝き始めた。
「あなたは面白い人だな」
「そうですか? 普通だと思いますけれど」
カルミラは、二人が和やかに話している様子をじっと見ていた。
「あの強面のクリストフに平然と話しかけるなんて」
カルミラの頭の中で、分析が始まった。
初対面のクリストフに話しかけるほど気が強い。
ということは、物おじしないということで、しっかりしているということ。
つまり、フェリクスの言動に心は負けないということでは。
カルミラは扇子を持っていない手で拳を作って胸に引いた。
「いた!」
カルミラはクリストフに再び一礼をして去ろうとするブリジットを急いで捕まえた。
「あなた、王太子妃の座にご興味は?」
にこにこと近づいたカルミラに、ブリジットは顔を強張らせた。
「カルミラ様ですよね。ご自身が婚約者でしょう?」
「今はそうです」
「今は?」
カルミラは自信たっぷりに頷いた。
「将来的に席が空く予定です」
「殿下はそれをご存じですか?」
「これからです」
ブリジットは呆れ顔になった。だが、すぐにカルミラから離れようとはせず、少し考えこんでから口を開いた。
「本来なら速攻でお断り案件ですが、私はちょうど結婚相手を探しておりまして」
「でしたら」
前のめりになるカルミラに、ブリジットはぎこちなく頷いた。
「一応、ご提案を受けようかと思います」
カルミラは小さな歓声を挙げた。
◇◇◇
カルミラはブリジットをさりげなくフェリクスに近づけようと画策した。
王家主催のお茶会や、夜会にはフェリクスの近くに彼女を置くようにした。
ブリジットは早速フェリクスと会話を始めた。少し離れたところから二人を見守っていたカルミラは、その滑らかな会話の始まりに満足して頷いた。
ブリジットが少し席を外した時、フェリクスは後ろに立っていたクリストフに近づいて囁いた。
「欲しいなら自分で動けよ」
「……何のことで?」
フェリクスはクリストフに冷めた目を向けた。
「僕に全部言わせるのか?」
カルミラはクリストフの顔つきが変わった様子を見た。よほど強い言葉だったのだろうとその時は思った。
しかし、それからというもの、カルミラは予想外の光景を目にすることになった。
クリストフがブリジットのそばから離れなくなったのだ。ブリジットは嫌がるそぶりも見せず、むしろクリストフと楽しそうに会話をしていた。
「……嫌な予感しかしないわ」
カルミラは頭を抱えた。
それからすぐに、二人が婚約したという報告を受けた。
「三連敗……。クロエ様はエドガー様と。ミリアム様はジェローム伯爵のご子息カルロス様と。ブリジット様はクリストフ様と。私が推した人はみんな、みんな……あら?」
カルミラはそこでようやく妙な点があることに気がついた。
◇◇◇
カルミラは頭の中を整理した。
クロエはフェリクスの側近と婚約した。
ミリアムは偶然とはいえ、王城勤めでフェリクスとも関係が良好なジェローム伯爵に見初められ、カルロスと婚約した。
ブリジットはフェリクスの護衛騎士と婚約した。
「三人とも、フェリクスの周辺人物では?」
カルミラは眉根を寄せ、腕を組んだ。
「怪しすぎるわ」
カルミラは家人を呼び、調査を命じた。
サンクレア侯爵家は、情報収集に長けた一族だ。たとえ王家が相手と言えども、その力は届く。
家人はいつもの澄ました顔で、報告書を携えてやってきた。
カルミラは礼を言うと、早速自室の書き物机に向かって読み始めた。
読み進めるうちに、ぎり、と歯をくいしばった。
「全部、殿下の差し金だったのね!」
怒りに震える手で、報告書をくしゃりと握りしめた。
フェリクスがクロエとエドガーの接点を作っていた。
ミリアムについては、事前にジェローム伯爵に彼女の能力を伝えていた痕跡があるという。
クリストフにはフェリクス自ら背中を押した。
「フェリクスとクリストフがひそひそ話をしていた、あの時がそうに違いないわ」
クリストフが何かを決意した瞬間をカルミラは目撃した。
「殿下ったらもう!」
叫んだあとで、カルミラはある事実に気がついた。
さあっと顔から血の気が引いた。
「もしかして、最初から全部バレていたの?」
自分で言って、さらに別の恐怖が現れた。
「やっぱりこの男、人の縁まで裏で動かすのね」
フェリクスがにたりと笑う顔が浮かんだ。
「やっぱり腹黒……」
カルミラは窓へ顔を向けた。
窓の外に遠く見える王城の、王太子宮にある尖塔をキッと睨んだ。
◇◇◇
翌日のお茶会に、カルミラは肩をいからせて登城した。
王家専用の庭のガゼボに、先に着席していたフェリクスのくつろぐ姿が見えた。
カルミラはフェリクスのそばまで来ると、礼もそこそこに立ったまま切り出した。
「もしかして、クロエ様たちの縁談は、殿下が?」
フェリクスはこともなげに頷いた。
「僕は機会を提供したに過ぎない。婚約したのは彼らの意志だ」
すました顔で紅茶を飲むフェリクスに、カルミラはむっとした。
フェリクスは茶碗を皿に戻すとカルミラを見た。
「おまえが勝手に巻き込んだ令嬢たちだ。放っておくわけにもいかないだろう」
カルミラはかっとなった。
「私は皆様の将来を真剣に考えていましたわ」
フェリクスは突然、鋭い眼差しになった。
「考えた結果、僕の次の婚約者を勝手にあてがおうとしたのか?」
フェリクスの目が、怒りで燃えていた。
初めて見る表情だった。
「なぜそこまでして僕との婚約を解消したいんだ」
カルミラは唇をかんだ。
怒りを露わにしている彼に、本当のことを言っても頭がおかしくなったと思われるだけかもしれない。
フェリクスが苛立たしげに言葉を続けた。
「僕がほかの令嬢を望んだことが一度でもあったか?」
「それは……」
カルミラの肩が、びくりと揺れた。
「僕の妻になるのが嫌なのか」
フェリクスの言葉に、カルミラは泣きそうになった。ずっと不安を抱いてきた今までのカルミラの胸は、悲しみでいっぱいになった。
カルミラの心の動揺を知らないフェリクスは容赦なく言葉を放った。
「ちゃんと説明しろ」
新緑の瞳がまっすぐにカルミラの目を射抜いた。
目の前にいる男は誰なのか、とカルミラはぼんやりと考えた。
こんなに冷たい目を向け、容赦のない声音で責め立ててくるフェリクスを見たことがなかった。
カルミラは冷えた腹に手を当てた。
「今回は第三者を巻き込んだんだ。話を聞かせろ」
幾分声を和らげはしたが、フェリクスは尚もカルミラを追い立てた。
カルミラは視線を足元に落とした。
以前のカルミラの心の痛みが、今のカルミラの胸に押し寄せた。長い間悩み続けた心の痛みが今、一度にのしかかってきた。
心の中は涙でいっぱいだ。
以前の自分を泣かせたのは、今のカルミラなのか、それともフェリクスなのか。
今のカルミラの頭の中はぐちゃぐちゃになった。
カルミラは目を閉じた。
もういい。
頭がおかしくなったと思われても、それがなんだというのだ。
「……私が悪役令嬢だからです」
ぽつりとこぼしたカルミラの言葉に、フェリクスは眉をひそめた。
「何を言っている?」
カルミラは俯いたまま、説明した。
前世の記憶が蘇ったこと。
前世で読んだ話のこと。
「私はこのとおり、きつい顔つきで同じ女性から怖がられています。そんな私が王太子殿下の婚約者なのです。殿下は私を女とも見ていない。いずれ正ヒロインが現れて、私がヒロインをいじめたとか命を狙ったなどの理由で殿下は私との婚約を破棄なさいます。私はよくて追放。最悪の場合は処刑されるのです」
言い終わると、今までずっと抱えていた痛みが涙となって溢れ出た。カルミラは涙を拭わないまま、立ち尽くした。
二人の間に沈黙が降りた。
しばらくして、フェリクスがぽつりと言った。
「つまり、おまえは存在しない女に僕を取られる予定だったということか」
カルミラは首を振った。
「存在しないと決まったわけではないわ」
そう言うと、また涙をこぼした。
フェリクスはため息をつくと、椅子の背もたれに身を預けた。先ほどまでの鋭い目つきが引っ込み、今度は気の抜けた表情に変わっていた。
「まだ言うか。ばかばかしい」
投げやりな声音だった。
それがきっかけとなって、今までのフェリクスの態度が頭をよぎった。
こんなにも苦しい思いを抱えているのに、取るに足らないと言い、またカルミラにぞんざいな態度を取った。
カルミラの心の奥底に押し込められていた怒りがふつふつと湧き上がってきた。
このまま泣き続け、ばかにされて片づけられていいのか。
婚姻後にフェリクスは側妃や愛妾を持つかもしれない。
フェリクスに雑な扱いをされて苦しみながら生きなくてはならないかもしれない。
もしかしたら処刑されるかもしれない。
そうやって怯えながらこれからも生きていくのか。
カルミラは拳を固く結び、顔を上げた。
「ばかばかしくなんてない! だって殿下は私を女性として見ていないじゃない!」
フェリクスはびっくりした顔になり、さっと身を起こして叫んだ。
「誰がそんなことを言った!」
「あなたです!」
「僕がいつ言った」
カルミラはぎろりとフェリクスを睨んだ。
「あなたの言動のすべてがそうです」
カルミラは続けた。
「お茶会の時、『おまえ太ったか』。初めてのお茶会の時は、私と剣の稽古をしようとなさいましたよね。お茶会の後で稽古など殿方のご友人となさるものでしょうに、令嬢で八歳だった私を誘います? 私は初対面から殿下には異性と見られていないと傷つきました。それからデビュタントの時以降、夜会の時はほぼ放置。私はいつも壁の花。この見た目と目つきですから、話しかけてくる令嬢はまずいません。殿下が帰っていいというまで、夜会ではずっと一人で立っていました」
そこまで一気にまくしたてると、カルミラはふん、と鼻息荒く言った。
「なにより、私がどんなに着飾って殿下の前に立っても、一度も綺麗だともかわいいとも言われたことがございません」
フェリクスはカルミラの話を聞いていくうちに、大きな体を縮こめていった。
「おまえだから聞いたんだ。ほかの令嬢には思っても言わない」
口を尖らせたフェリクスがぼそりとつぶやいた。
「余計たちが悪いです!」
「おまえ以外の令嬢と、自分から話したいと思ったことはない」
二人の間に、また沈黙が流れた。
ガゼボの周囲に植えられた低木の木々が風に揺れてさらさらと音を立てた。
「それとな。剣術の稽古は、おまえを引き止めようとして言ったんだ」
「ほら。同性扱い」
フェリクスはきまり悪そうに言った。
「あの頃の僕は、それしか思いつかなかったんだ。後で母上にこっぴどく説教された。だから二度と稽古に誘わなかっただろう?」
「それが普通なんです。でも、私を誘えるほどに、令嬢らしく見えなかったってことですよね」
やっぱり自分は、最初からただの幼馴染としてしか見られていなかったのだ。そう確信したカルミラは、再び俯いた。
「だから、本当に好きな方が現れれば、幼馴染の私との婚約なんて簡単に解消なさるでしょう」
フェリクスは口を開きかけた。カルミラはその様子を見ることなく続けた。
「殿下なら必要とあれば政治的にも容赦なさいませんもの。邪魔になった私を国外へ送るくらい――」
「おまえは何を言っている」
フェリクスが幾分苛立たしげな声でカルミラの言葉を遮った。
以前のカルミラなら、言葉を濁しただろう。だが、今のカルミラは違う。腹を割って話さなければならない場で、取り繕う言葉を選びはしない。カルミラは正直に答えた。
「有能で、冷徹で、腹黒い王太子です」
「……褒めているのか?」
カルミラはちらりと目を上げた。
「半分くらいは。でも、正確な評価でしょう?」
「それだけ? 他は?」
「以上です」
「いや、男として……」
言いかけて、フェリクスは肩をがっくりと落とした。はあああ、と長いため息をついた。
そこには、今まで見たこともないほど気の抜けた、二十歳の若者らしい素の表情を晒したフェリクスがいた。フェリクスは疲れ切った顔をカルミラに向けた。
「本気でほかの女が欲しいなら、とっくに婚約を解消している」
カルミラはおそるおそる尋ねた。
「政治的事情で続いているだけでは?」
フェリクスは唸った。
「だから、なぜおまえは、僕が何年も嫌々おまえを婚約者にしていることにしたがる」
「周囲の様子伺いのためとか?」
一瞬あっけにとられたフェリクスはまたも長いため息をつくと、いつもとはまったく違う口調で話し始めた。
「おまえを夜会で壁の花にしたのは悪かった。茶会で政治的な話をしたら嫌そうな顔をしていただろう。だから巻き込まないように遠ざけたんだ」
カルミラは今までのお茶会の記憶を手繰り寄せた。
その時のカルミラは、政治の話そのものを嫌がっていたのではなかった。単に、お茶会なのになぜ両親とするような会話をここでもしなくてはならないのか、とうんざりしたのだ。王太子妃としては必要だとわかっているけれど、せめてフェリクスと二人でいるときくらい、華やかな話をしたいと思った。
カルミラはそのことを正直に伝えた。
フェリクスは顎が胸に着くほどがっくりとうなだれた。
「勝手に決めつけた僕が悪かったんだな。ごめん」
カルミラは自分の耳を疑った。
間違わない王太子として認知されているフェリクスはカルミラに謝ったことは一度もなかった。
フェリクスが変わろうとしている。
カルミラのために、変わろうとしているのだ。
そのことに気づいたカルミラは、胸につかえていた塊が解けていくのを感じた。
カルミラの心の奥で、今まで泣いていたもう一人の自分が、涙の痕を残したまま微笑んだような気がした。
フェリクスがぽつりとつぶやいた。
「侯爵との約束も、守れていなかったな」
フェリクスは顔を上げてカルミラの手を取り、引っ張った。
突然引っ張られたカルミラの体はあっけなくフェリクスの膝の上に乗せられた。こんなことをされたのは初めてで、カルミラは驚きのあまり思考が固まった。
フェリクスはまっすぐにカルミラを見つめた。
「おまえはかわいいし、綺麗だ。自分の意見をはっきり言える強さも好ましい。妃教育の成果を見ておまえが優秀なのも承知している。そもそも情報を操るサンクレア家の令嬢だ。普通の令嬢以上に政治経済の話ができる。……僕はおまえに思っていることをまったく伝えていなかったんだな」
フェリクスに初めて褒められ、カルミラは頭が真っ白になった。一呼吸おいて、頬は熱を帯びていった。
「だからと言って、長い間寂しい思いをさせていたのは、僕が悪い。すまなかった」
フェリクスはそこで、カルミラの肩に額を押しつけた。
どうやら頭を下げているらしい。
「私、寂しかったんです」
「うん」
「どんな話でも、殿下の横に立って伺い、一緒に会話をしたかった」
「悪かった」
「もう、一人にしないでくださいますか?」
「約束する」
フェリクスはカルミラの肩に一層額を押し当てた。
カルミラの中で、フェリクスの評価が上書きされていく。
フェリクスは、有能で冷徹で腹黒い王太子なのに、実は婚約者には不器用だった。
カルミラが小さく微笑していると、フェリクスが話し始めた。
「だから今後、僕が誰を妻にするかまで、勝手に決めるな。そこは、わかれ」
今度は説教が始まり、カルミラは首をすくめた。
「僕の婚約者候補を勝手に探すことを禁ずる。わかったか」
カルミラはおっかなびっくり頷いた。
「返事は」
「はい!」
「婚約解消はしない。処刑も追放もしない。何のために長い年月をかけておまえの部屋を僕の色の調度品で固めたと思っている」
「緑と茶色は森の色で、心が安らぐように?」
「おまえが好きだからだ! 他の女を欲しいと思ったことは一度もない!」
フェリクスは頬を染めて照れくさそうな顔をカルミラに向けた。
カルミラはぽかんと口を開けた。
「いつから……」
フェリクスはやけくそ気味に答えた。
「少なくとも、おまえが僕を捨てようとするよりはるか前からだ。王太子宮の改築と、おまえの調度品をいつから揃え始めたかで察しろ」
「私、捨てようとしたわけでは」
「婚約者候補を三人もあてがってきただろう」
「あれは優良物件を紹介しようと」
「紹介するな」
カルミラはおそるおそる、念のためにと思って尋ねた。
「あのう、だったら、本当に処刑もなしで?」
「ないったらない!」
うんざりした表情でフェリクスが叫んだ。
「処刑されないのでしたら、まあ……」
「なんだ、その妥協したような顔は」
「将来のことはわからないでしょう?」
フェリクスはカルミラの少し上を向いた鼻をつまんだ。
「まだ言うか」
「いひゃいですぅ」
カルミラが身をよじって逃れようとした。
フェリクスはカルミラの体を囲うように腕をまわし、カルミラの体をぎゅっと抱きしめた。
「前世の記憶があろうとなかろうと、僕のカルミラは昔から少し変わったところのある、手放したくないかわいい存在なんだよ」
「く、くる、しい、ですぅ」
カルミラはフェリクスの両腕をばしばしと叩いた。今度は胸の高鳴りまで苦しくなってきた。
「僕の愛の大きさをその身で思い知れ」
フェリクスは少しだけ力を弱めると、カルミラの頭頂に頬を擦り寄せた。
フェリクスの温かい腕の中で、カルミラはこれ以上逃亡計画を練らなくていいのだと思い、自然と口元が綻んだ。
◇◇◇
その数か月後、カルミラの誕生日に、二人は婚姻式を挙げた。
カルミラはつつがなく王太子妃になった。
今日は新しく王太子妃付き侍女を選定する日だ。
カルミラは王太子妃の私室で机に向かって候補者の資料を真剣に読み込んでいた。
「腕が鳴るわ」
そこへ、フェリクスが現れた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
フェリクスは少しかがんでカルミラの額に口づけを落とした。
「楽しそうだな。何をしている?」
カルミラは書類に目を落とした。
「新しい侍女の選考です」
フェリクスの眉がぴくりと動いた。
「ちょっと待て」
カルミラは資料から顔を上げずに返した。
「なにか?」
「選考基準はなんだ」
「能力、人柄、忠誠心。それから――」
フェリクスは嫌な予感がしながらも尋ねた。
「それから?」
カルミラは顔を上げ、フェリクスに実にいい笑顔を見せた。
「笑った顔がかわいいことです」
周囲の侍女たちがカルミラの笑顔にどよめいた。一見怖そうな人、という目で見られがちなカルミラは、王太子妃になったあと、実は笑顔が素敵な女性だと知られた。城で働く女性たちは、彼女の笑顔を見るたびに興奮するのだ。
フェリクスは慌ててカルミラの隣の椅子に腰かけた。
「待て。おまえは何を基準に人を選ぶかわからんからよせ」
途端にカルミラはふくれた。
「前回だって、私の見る目は間違っていなかったでしょう?」
フェリクスは言葉に詰まった。
クロエはエドガーと結婚した。幸せ真っ盛りだ。
ミリアムはジェローム伯爵家で領地経営能力を発揮し、カルロスとの結婚生活も順調だ。
ブリジットはクリストフと互角にやっていて、クリストフの表情が幾分和らいだ。
三組とも、カルミラに感謝をしている。そのうえなぜか全員、カルミラを『推し』だと言ってしょっちゅうカルミラをお茶会に招待しようとするようになった。
「おまえが優良物件だと判断したこと自体はすべて正しかった。だが」
「なんです?」
「侍女を僕に押しつけるんじゃないだろうな」
カルミラは目を瞬いた。
「私の侍女を? なぜです?」
カルミラは悶々としているフェリクスを見た。
言いにくいことなのか、と考えたところで閃いた。
「侍女が欲しいのですか? だったら腕によりをかけて選考いたしますわ! お任せを!」
カルミラの目が輝いた。
「だから待て! そうじゃない!」
「ご遠慮なさらず。こう見えて人を見る目は確かです!」
フェリクスは頭を抱えた。
<おまけ>
フェリクスは悶々としていた。
カルミラを不安にさせることもなくなり、ようやくひとり占めできると思っていた。
ところが、クロエたちがしばしばカルミラをお茶会に招くようになった。カルミラもまた、私的なお茶会を開いて三人を招いている。
おかげで、妻と二人きりで過ごす時間が思ったほど取れない。
「カルミラが笑顔でいるのはいい。あの、人を惹きつけてやまない輝くような笑顔を、僕にもたくさん向けてくれるようになった。だが……」
フェリクスは深いため息をついた。
今度こそカルミラの心を守ると、サンクレア侯爵に誓ったのだ。
彼女が楽しそうにしているのなら、寛大な夫らしく見守るべきだ。
わかっている。
わかってはいるのだが。
「独占したい……」
「それはお互い様ですよ」
横でエドガーが、悟ったような声で言った。
「同意します」
クリストフもぼそりとつぶやいた。
庭先から風に乗って、カルミラたちの軽やかな笑い声が聞こえてくる。
三人はしばし黙って耳を傾けた。
やがて、誰からともなくため息が漏れた。
「新婚ならではの悩みですな」
いつの間にか、ジェローム伯爵が書類を抱えて立っていた。
「ちなみに、倅も最近、妻に構ってもらえぬと嘆いておりましてな」
三人は伯爵を見た。
「領地経営が楽しくて仕方がないそうです。いや、実によい嫁を迎えたものですな!」
ジェローム伯爵は満足そうに笑い、書類を抱えて立ち去った。
残された三人は顔を見合わせた。
どうやら、カルミラが見つけた逸材たちに振り回されているのは、自分たちだけではないらしい。
三人のため息が、今度こそぴたりと重なった。
――おしまい――
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