↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
PR

うわばみ

作者: Setaria.v
掲載日:2026/10/05


 ゆらり、ゆらりと小舟が渡る。

 お櫃の中には、真っ赤なご飯。

 逆さ杉にて、お櫃は沈む。


「浮き上がった……龍神様が、生贄を受け入れてくださらなかった……」


 赤飯よりも紅い、かがちの眼が水底から覗いた。


※


「っぱ、こんな日の熱燗は大雪渓よな!」


 俺こと宮元克彰は、今日も今日とて昼間から酒を飲んでいた。


「克彰。お前にも招集がかかった」


 うちのジジイが珍しく道着の上から鎧まで着ている。


「なんだぁ? これから戦でもあるってのか? プププ」


「笑いごとではない。我ら宮元本家が、この度万字の大蛇の討伐を命ぜられたのだ」


「はぁ?」


 俺は聞き間違えたかなと思って酒を呷るも、ジジイは真剣な顔でこちらを見ている。


「今更、お前に何を期待することもない。だが、人の話を聞く時くらいは酒をやめたらどうだ」


「へいへーい」


 俺は升を置き、ジジイの話を聞くこととした。


「我が家は代々、この蘆名湖で湖を見張っていた。1000年後、またこの地に災いをもたらすという、龍を誅するためにな」


「へー」


 俺はジジイの話を聞きながらボリボリと豆を食っていた。ジジイは額に青筋を浮かべながらも、辛抱強く俺に話を続ける。


「たった今、龍の目覚めが確認された。そもそも今年は雨ばかりで、そんな兆しがずっとあったのだ。そこで、第一および最終防衛ラインとしての我が家で、まずは龍を迎え撃つ」


「はぁ?」


「お前さんの両親も、婆さんも、犬も皆準備を整えている。お前さんも覚悟を固めておけ」


 ジジイはそこまで言うと、扉を閉めて出て行った。


「つってもよぉ、酒カスの俺に何ができるってんだよぉ」


 俺は文句を言いつつも、豆を片手に升を傾けた。


※


「来たか」


 湖を破るようにして頭を出した大蛇は、鬼灯のような両眼で宮元家一同を睥睨していた。


【番人は其方等か。此のまま薙ぎ払えば容易いが、其れでは詰まらぬ】


 大蛇はするすると縮み、朝服を纏った細目の男の姿をとった。湖を歩いて進み、遂に人々の前までやってきた。


【名乗れ。一方ずつ力を示し、此方を悦ばせよ】


 その声ならぬ声を皮切りに、宮元家の戦いが始まった。


「宮元信和、参る!」


 まずはジジイと呼ばれた克彰の祖父が名乗りを上げた。鯉口を切り、いつでも刀を抜けるように構える。


「はぁっ!」


 ビィンという音と共に、居合は指の一本で止められた。


「なかなか、悪くない」


「宮元一馬、特技は弓だ」


 博物館に貯蔵されているような大弓をギリギリと引くのは、克彰の父であった。

 引き絞られた弓から放たれた一射は、過たずに頭を射抜くだろうと思われた。


「残念」


 一瞬のけ反った大蛇だったが、再度上げた顔は無傷であった。否、頬に硬質な鱗の輝きがある。

 人の姿を取ろうとも、大蛇は化生であった。


「宮元静香!」


 槍を突き刺さんと突進した克彰の母は、穂先が届く前に払い除けられ、バランスを崩して転んだ。


「まだまだぁ!」


 返す刀で入れる一撃も、易々と大蛇に止められる。だが、狙いはそこではなかった。

 キィンという音と共に、大蛇の鱗がわずかに焦げる。


「何だ、貴様のそれは」


 猟銃を撃ったのは、自衛隊にも所属する克彰の弟の彰人だった。

 一気に彰人に向かった意識を、静香が穂先を掬い上げて牽制する。


「あんたの相手は私よ!」


 大蛇はニヤリと笑って、穂先を鷲掴みにした。


※


「はぁ、静かだな……」


 湖畔の居酒屋で、克彰は一人酒を呷る。

 段々と剣戟や銃声がうるさくなってきているが、克彰の中では静かなイメージが良かったのだ。

 特にこのブッシュミルズよシングルモルト10年には、レモンの薄切りに塩を乗せたやつがいい。

 克彰はそう信じてやまないのに、外の音は喧しくて仕方がない。


「うっさい! 酒飲ませろや!」


 耐えかねた克彰が店の扉を開けると、家族がバタバタと倒れており、その先には、蛇とも人間とも取れぬ者が立っていた。


【弱い、弱い。此方に本気に差せよう等と思い上がるな、人間】


「あの、すんません」


 克彰はまず、くたばりかけている家族ではなく、元気そうに立っている蛇人間に話を聞くこととしたのだ。


【其方も番人か。だが、本に酒臭い】


「あっ、すみませんっす」


 ここで克彰は、蛇人間に話が通じなさそうだと見切りをつけて、家族に話しかけに行った。

 しかし大蛇は話をやめない。


【嘗て、人間は此方に酒を寄越した。此方は、捧げ物と有らば、受け取らぬ事も無い】


「ちょっと、スマホとか持ってます? 救急車呼ばないと」


 大蛇は克彰にぬっと肉薄した。


【類稀な煙の香り、此の様な酒が有ると言うのか。小僧、此方に酒を捧げるのだ】


「酒飲みたいんすか?」


 克彰は怪訝な目で蛇人間たる大蛇を見上げる。


「俺は嫌っすよ、自分の店に蛇とか入れたくねっす」


「此れなら良いだろう」


 蛇人間は先ほどの人間の姿になった。


「いいっすよ、どうぞ」


 克彰はぼろぼろの家族を置いて、大蛇を自分の店に招いたのであった。


「で、まずは何飲みますか?」


「何が有ると言う」


「結構何でもあるんで。じゃあ、どんな気分ですか」


「爽快、そして退屈だな」


 大蛇の答えに克彰は一つ頷くと、店の奥から黒い缶とナチュラルチーズを出してきた。


「Old Rasputin Russian Imperial Stout。黒ビールだ。今のあんたに合うと思うよ」


 ビールは、シュパっと小気味良い音を鳴らし、シュワ……と泡が溶けていくような感触が楽しい。

 これは、退屈な時にこそ飲みたいビールであった。


「さぁ、召し上がれ」


 大蛇は躊躇いなくビールを一気に呷った。

 そして、器を見てわなわなと震えている。


「何だ、此れは。何だ、此れは」


「何だって、ビールだよ。黒ビールの中でも、言ってみればロシアンインペリアルスタウトってやつだな。うまいだろ、退屈なんてしていられないくらいにな」


 大蛇は半ば放心しながら頷いた。

 克彰はにししと笑うと、残ったチーズを自分の口に放り込んだ。


「じゃ、次はこれだ。あんたも知っていそうな日本酒だが、これはどうだ」


 次に克彰は、大蛇の前に三本の日本酒を並べた。上善如水、大國、津島屋だ。

 克彰は升を三つ出し、それぞれの日本酒をなみなみ注いで出した。

 大蛇はまずはそれぞれ一口、そして、大國をまずは飲み干した。


「いい飲みっぷりだね、さすが蛇さん」


「此れは、甘い。酒とは思えぬ程に、果物の様な甘さと瑞々しさがある」


 次に大蛇は、津島屋を全て飲んだ。


「はぁ。苦味とは、これ程まで味わい深くなる物か。飲み易くも、鼻に抜ける酒精が堪らんな」


 最後に上善如水を飲み、「これは水だ」と答えた。


「もっと寄越せ」


「まぁまぁ、他にもあるから。今度はこれなんてどうだ?」


 克彰が次に置いたのは、「砂丘長いも焼酎」であった。トクトクとグラスに注いで、少しだけ氷を入れる。


「長芋とな?」


「そうだよ、あんたの時代にもあったんじゃないか、ヤマノイモがさ」


 克彰は沸かしていたお湯にむかごを放り込んで、さっと湯掻いてからザルで皿に上げ、上からパラパラと塩をかけて大蛇に出した。


「あー……】


 既に焼酎を飲んでいた大蛇は、二股に分かれた舌をチロチロとむかごの皿へと向けている。


【此方のぉ、時代にはぁー此んな美味い物は無かった】


 ぐいっと大蛇は酒を呷ると、【もっとだぁー】と管を巻き始めた。克彰の位置からは見えないのだが、下半身がとぐろを巻き始めてもいた。


「次は何がいいかなぁ、あっ、最初俺の口の匂いでうまそうっていってたやつがいいっすかね?」


 そう言って克彰が出してきたのは、ティーリングブラックピッツのピーテッドシングルモルトだった。


【黒いぃ、酒が多いなぁぁ】


 すっかり蛇の姿となった大蛇だが、まだ舌はちろちろと器を舐めている。


「こいつぁガツンとスモーキーですよ」


 もう限界かなと思い始めた克彰は、敢えて小さく細長いお猪口にウイスキーを注いで出した。


【こんなぁんじゃあ、うまく飲めないだろぉぉ】


「小さくなればいいんですよ。舌も細くなるし、たくさん飲んだ気になれるでしょうから」


【そうか、そうか!】


 大蛇はするすると小さな蛇となり、ぴちゃぴちゃとお猪口に首を突っ込んで飲んでいた。


「では、お客さん。会計をいただきますね」


 とうとう酒を飲み終わり、べろべろに酔っ払ってしまった大蛇を捕まえた克彰は、そんなことを言い始めた。


【会計ぃ?】


「あっ、お財布持ってない系? じゃっ、身体で支払ってねー」


 そう言うと、克彰は台所の包丁であっさりと大蛇の首を刎ねてしまった。


「ハブ酒っての、一回やってみたかったんだよな」


※


「で、大蛇はどうなった?!」


「え、今飲んでるやつだよ」


 家族の治療祝いに、克彰が振舞ったのは、大蛇を漬け込んで作った特製の蛇酒だった。

 その時の皆の顔は見ものであったと、後に克彰は語るのであった。

 めでたしめでたし。

酒は飲んでも呑まれるな!

お酒は二十歳になってから!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。