表層をなぞる
「気に食わない」
顔を合わせるなり、不機嫌な顔で彼女はそう言い放った。
口を開けばまずその言葉が出てくる。
そんな言葉が口癖になってしまうくらい、不条理な世界で彼女は生きているのだ。
「今日は何が気に食わないの?」
「おまえ」
彼女の人差し指が私の眉間をとん、と突く。
彼女が武道の達人だったら今頃私の眉間には向こうの景色が見える穴が空いていたかもしれない。
「私? 私が何かした?」
彼女はあいにく武道の達人ではなかったので、いつもの調子のまま私たちの会話は続いた。
「あたしはこんなに苦心して真理を形に起こしているのに、実際に評価されるのはあんたみたいに上っ面の耳ざわりがいい言葉を並べる人間だ」
「そうだね。それは否定しないよ」
彼女はうんざりした顔で、いつもと同じ不満を零す。
「気に食わない」
そんなこと言われてもなぁ。
私がぼやこうものなら、眉間の穴は二つに増えるだろう。
過去に何度も経験しているから確信を持って言える。
「私だって好きで評価されているわけじゃないんだよ」
「それがもっと気に食わない」
「そんなに嫌なら無理に一緒にいなくていいよ」
私が言うと、彼女はキッとこちらを睨みつけてきた。
子供のように「気に食わない」と繰り返しながらも、彼女は決して私の元を離れない。
そういう可愛らしさが彼女にはあるのだ。
知っているから、ついからかいたくなってしまう。
「ほんっっっっっとうに気に食わない」
「今日はどうしたの?」
「国語の松下。アイツってばあたしの小論文にB評価を付けた! どうせあんたはA評価でしょ!」
「んー……まあ。A+だけど」
私は知っている。
大人たちは核心を突かれるのが嫌いなんだって。
だからこそ、私みたいに耳触りがいい言葉で物事の表層をなぞるような話をチヤホヤするんだって。
私が言いたくても言えないことを、彼女はズバリと言い切る強さがある。
それがどんなに難しくてすごいことなのか、私には痛いほどわかっているんだけど、それを言葉にして伝えるのは難しい。
「あー! 気に食わない気に食わない気に食わない!!」
「はいはい、わかったから。早くしないと食堂の席埋まっちゃうよ」
まだ文句を言い足りない様子の彼女の背中を押して、私たちは歩き出した。




