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王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す  作者: 星見蒼


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18/28

18、公爵令嬢は頑張った

(いよいよか……)


学園に行く支度を整え、アリステアは机へと向かう。

机の上には小皿。

公爵令嬢が拾った『祈りの実』が置かれている。

あれからもう、一か月が過ぎた。


(長いと思ったのに、試験まであっという間だったな)


琥珀色の実を、そっとひと撫でしてから、アリステアは部屋を出た。



* * * 



クラリッサは万年筆入れの中に、ころんと守りの実を入れた。


(……アリスさんが見守ってくださいますわ)


とうとう、この日が来た。

十一月、定期試験。

やれるだけのことはやった。


琥珀色の実を見れば、不思議と気持ちが落ち着く。


(やっぱりアリスさんは凄いですわ)



* * *



クラリッサは答案と成績通知書を鞄に詰め、東屋までの道を歩く。


(ダメでしたわ……)


正直、この結果は分かっていた。

勉強すればするほど足りなさが見えて焦りそうになって、その度にアリスさんが、


――焦ったところで意味がない。ひとつひとつやるだけだ


そう、クラリッサを落ち着かせてくれた。


(ふふ……運が良ければ、とも言われましたわ)


鞄の持ち手につけた紫色の『守り袋』が揺れる。

アジサイが刺繍された袋を見つけた時には、運命だと思った。


(ここで運を使ってしまったんですわ、きっと)


悔しいなと思った。

でも、アリスさんの言う通り、ひとつひとつ、きちんとやって、そしてその結果がこれなのだ。


クラリッサはゆっくりと歩いていた足に力を入れた。


(アリスさんを待たせてはいけないわ)


冬はもうすぐそこ。

冷たい空気がクラリッサの肌を刺す。

それでも、負けじと走った。



* * *



いつもより遅い。

それだけで心臓がバクバクと音を立てている。


(……くそっ!!)


悪態をつき、膝に置いた手をぎゅっと強く握った。

そうしていないと、みっともなく東屋をウロウロとしそうだった。

落ち着かない。とにかく落ち着かない。


入り口に固定されそうな視線を無理やり外し、鞄の中から本を取り出した。

必死にその活字を追いかけるが、内容なんて入ってくるわけもない。


諦めて本を閉じた時だった。


「アリスさん」


静かな声だった。


今まで見たことのない表情で、彼女はアリステアの前に立っていた。


泣きそうな、それでいて微笑んでいるような。


それを見て、アリステアの体が勝手に動く。


立ち上がり、腕が彼女へと伸びる。


「ふふ、やっぱりだめでしたわ」


まっすぐに響く声。

その純粋さに、アリステアの腕はなんとか動きを止めた。



* * *



一枚、一枚、アリスさんの前に答案を並べていく。

礼法百点、帝国語九十点、歴史八十点、地理八十四点、政治学が七十点、数学は六十二点。

成績通知書に記載されているのは、礼法が一位、帝国語は五位、歴史が十位、地理は大健闘の七位、政治学は二十五位、そして数学は三十位。


「……総合十五位、か」


アリスさんの声はいつも以上に静かで、そして穏やかだった。


「頑張ったな」


クラリッサの手が震える。

目頭が熱くなる。

泣かないでいようと思った。

ありがとうございます、って。

言おうと思ってたのに。


アリスさんの声がやさしくクラリッサの心を溶かす。


ふぅっと息が漏れる。


アリスさんは何も言わない。

動きもしない。


でもそれでよかった。

だってそれがアリスさんだから。

いつもそうやってアリスさんに助けてもらってきたから。


クラリッサは溢れる気持ちのまま、涙を零した。



* * *



目の前でぽろぽろと泣かれて。

静かに泣かれて。

胸が痛い。


けれどアリステアには見守ることしかできない。

ただ、ひとりで泣いているのを見ていることしかできない。


(……泣く必要なんてない)


そう言いたくても、言葉は喉の奥で詰まって出ない。

抱き締めたくても、腕を動かしてはいけない。


彼女が泣き止むのを、じっと待った。

たとえ午後の授業が始まろうと、そんなのどうでもいいと思った。


でも、彼女はしばらくして、顔を上げた。

真っ赤な目元には、まだ涙が残っている。

それでも、笑った。

先ほどよりも、もっと、ずっと、綺麗に。


「わたくし、頑張りましたわ」



* * *



「そうだな」


アリスさんが頷いた。

いつものように、短い言葉で。

相槌で。


でも、その声がいつもよりずっと低くて。

震えているような気がしました。

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