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裁定の巫女は見たくない  作者: みたらい はる


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第7話 月光の書

「やはり……そうなのか」


 月光の書を閉じた瞬間、三嶋はしばらく動けなかった。

 人魂みたいに記された魂の絵と書に浮かび上がった文字。淡く揺らぎながらも確かな答えをそれは示している。


 魂構造:二重共存型。

 分離可能。

 成功率:中。

 分離後、魂に揺らぎの可能性あり。


 分離はできる。裁定を下す必要はない。

 だが、“揺らぎ”――いわゆる後遺症という言葉だけが、胸の奥に引っかかった。

 記憶か、感情か、それとも存在そのものか。詳細はどこにも記されていない。ただ、ゼロではないという事実だけが冷たく残る。


 分離方法:満月の日の夜に札と器を用意。


 下にはイラストで具体的なやり方が簡易的に書かれている。


「まだ……間に合う」


 三嶋は低く呟いた。

 陽菜の魂の波動は、日に日に不安定さを増している。融合が進めば進むほど、分離は困難になる。満月まで、猶予はわずかだ。


 本を閉じ、縁側へ向かう。


 陽菜は風鈴の音を聞きながら、ぼんやりと空を見上げていた。


「陽菜」


「……私のこと?」


「ああ」


 三嶋は真っ直ぐ立ち、真剣に見つめる。


「今から言う事を落ち着いて聞いてくれ」


 陽菜は、三嶋のただならぬ空気を感じ取ったのか耳をこちらに傾けてしっかりと頷いた。


「お前の魂に異変が起きている」


 陽菜の瞳が揺れた。


「魂が……?」


「今、お前の中には二つの魂が重なっている状態だ」


「……二つの魂」


 声が小さく震える。

 微かながらに動揺している姿を見て、少し後悔が滲み出るが、それを消すように三嶋はすぐ会話を振った。


「放っておけば融合が進む」


「融合したら、どうなるの?」


 三嶋は視線を逸らさず答えた。


「均衡が崩れる」


「均衡……?」


「この街は、人と妖の力が拮抗することで保たれている。お前の魂は、その均衡点に結びついている」


 少し説明的な言葉に、首を傾げている様子が見えた。


「融合が完成すれば、力が一方に傾く」


 そして、はっきりと言った。


「最悪、この街が崩れる」


 陽菜の呼吸が浅くなる。鼓動がどんどん速くなっているのに、止めることが出来ない。


「私のせいで……?」


「だから分離する」


 三嶋は即答した。


「満月の夜、もう一つの魂を切り離す。……今なら可能だ」


「成功するの?」


「可能性は高い」


 陽菜は長く黙り込んだあと、ゆっくり顔を上げた。


「街は守れるんだよね」


「ああ」


「なら、やるよ」


 その決意は、驚くほど静かだった。同時にとても重いものでもあった。


「でも、さらには私に言った事を言わないで」


「……何故だ?」


「最近ずっと何か考えてるなって思ってたけど多分この事だったんだよね。きっと私に言いたくない理由があったんだなって」


 暗かったはずの顔が一瞬で元通りに戻る。三嶋には少し無理をしているように感じたが、そんな事も気にしない様子で話した。


「だから、私に話した事言わないで。絶対だよ?」


 これ以上、背負わせたくない。三嶋はわずかに目を伏せた。自分もまた、言わないことを選んだのだ。


「……分かった」



 オレンジ色だった空はすっかりと、暗闇に飲み込まれていた。


「ただいま」


 いつもと変わらない声でさらが帰ってくる。


「陽菜の魂について、話がある」


 急いで伝えたくて、ついすぐ本題に入ってしまうが、さらの表情は一瞬にして堅くなる。気を引き締めたようだ。


 二重構造。

 融合の危険。

 街への影響。

 満月の日に分離。


 さらは一言も挟まず聞き終えた。


「……分離は可能なのね」


「ああ」


「成功率は?」


「書には中だと書いてあった」


 さらはわずかに目を細める。


「でも、やるしかない」


「……ああ」


 沈黙ののち、さらは静かに言った。


「分離の間、無防備になるわね」


「ああ」


「なら、先に動く」


 拳を強く握ると上を向いた。


「魂を欠けさせた存在を押さえる」


 足を一歩大きく踏み出すと、三嶋の目が鋭くなる。


「心当たりはあるのか!?」


「ええ」


 そう言うと、すぐ玄関の方へ向かって行ってしまう。その様子をボーッと見つめていた三嶋はすぐあとを追う。


「今から行くのか!?」


「時間がないもの」


 三嶋の声をあしらうように、ガラガラと玄関の引き戸が鳴り響く。


 夜の森へすぐ向かった。月光が木々の間から落ちる。空気が重い。奥へ進むにつれ、妖の気配が濃くなっていく。

 次の瞬間、赤い光が揺らめく。九本の尾が、ゆっくりと広がった。金色の瞳が月を映す。


「あら、偶然ね。こんな所にいるなんて」


 さらは立ち止まり、静かに微笑んで言った。

 だが、その目は氷のように冷たい。九尾の肩がわずかに揺れた。


「なっ……裁定の巫女……」

読んでいただきありがとうございます!


次話は【日曜日】に投稿予定です。

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