第4話 新たなる犠牲者
駆け寄り、膝をつく。
倒れているのは、果物屋の店主――灰野だった。
「さ、さら! 急に灰野が…灰野が!」
赤水鬼の瞳を薄らと涙が覆っていた。陽菜は黙って赤水鬼の背中を優しく摩っている。
目の前に横たわっている灰野は、顔色は悪く、呼吸は浅かった。
さらはそっと手を伸ばし、魂の流れを探る。
――やはり、おかしい。
確かに歪んでいる。だが、それが「欠けている」のか、奪われたのか、それとも別の異常なのか、さらには判別が出来ない。
さらに視えるのは、魂の流れと、その乱れだけ。
だけど、異土羅同様に魂の一部が欠けているのかもしれない。
「……赤水鬼!」
「な、なに!?」
「灰野を、今すぐ運んで。私の家へ!」
「わ、分かった!」
赤水鬼は小さな体で必死に灰野を支え、走り出す。
ああ見えて、小柄な赤水鬼は結構な怪力の持ち主なのできっと大丈夫だろう。
さらは立ち上がり、陽菜を見た。
「陽菜。街の妖怪たちに避難を呼びかけて」
「……避難?」
「近くにいる妖怪も、危ないかもしれない。お願い」
一瞬戸惑いながらも、陽菜は強く頷いた。
「分かった」
それぞれが動き出す。
だが、さらは違和感を拭えなかった。
――いるはずなのに、いない。
さらは二人に指示を出してすぐ、1時間ぐらい街を回ってた。なのに、敵の影は1ミリもないのである。
気配も、痕跡も、おかしいくらいに何も残していない。まるで最初から存在しなかったかのようだ。
それ自体が、異変だとさらは感じた。
「陽菜!」
「あ、さら」
街を探している内に合流したのだが、陽菜は何だか暗そうな顔をしていた。
「避難の呼びかけはどうだった?」
「そ、それが……」
事情を聞くと、陽菜が避難を呼びかけても、返ってくるのは苦笑と軽い言葉ばかり。
「祭りの前日だぞ?」
「なんで今避難なんだ。せめて祭りが終わった後にしてくれ」
みんな口を揃えて言うのは「祭りの前日だから」という言葉。もはや、誰も本気にしていないのだろうか、とまで感じた程に皆の反応は冷たかった。
胸の奥に、嫌な予感が積もっていく。
「わ、私。頑張って説得したんだけど……」
普段はすぐに泣かない陽菜。だが、先程の灰野が倒れた件も後押ししているのか、涙が溢れ出ていた。
こんなに泣いている陽菜は初めて見たかもしれない。
「分かってるよ。大丈夫」
さらはそう言って優しく陽菜の頭を撫でた。
(陽菜は陽菜だなぁ)
撫でながら顔を見て、そう思った。
※
家へ戻ると、布団の上で灰野が目を覚ましていた。だが、顔色は相変わらず悪く、目の焦点も定まらない。
さらはすぐ側に駆け寄った。その横に、三嶋が静かに座る。
「結構重症だな」
三嶋は淡々と静かに告げた。
「……残念だが、治るかどうかは分からない」
さらは唇を噛む。完全に目を離した私が悪い、と自分の事を責め立てた。
「自分でも……それは感じてるよ」
灰野は、かすかに笑った。「大丈夫だよ」と優しく言ってくれているようだった。
だが、その笑顔が余計にさらのことを追い込んでしまう。
「灰野……ごめん」
体の底から本音の言葉が押し出される。
「なんで、さらが謝るのさ」
弱々しい声だったが、灰野には責める雰囲気はなかった。
「私の不注意だよ。商売にかまけて、油断してた」
「違う。私が……ちゃんと守っていれば……」
さらの声が震える。
視界が滲み、ぽろりと涙が落ちた。
「おいおい、泣くなよ」
三嶋が小さく呆れながら、ハンカチを差し出す。灰野は落ち着くまで手を優しく握った。病人のように優しく、そして穏やかに。
「……そういえば、倒れるほんの少し前にね」
灰野が、ふと思い出したように言った。
「誰かの声が聞こえたんだ」
「声……?」
余った涙を手で拭う。
「『街を救わなければ』って。ずっと、何度も言われて……気付いたら、ここにいた」
さらの背筋が冷たくなる。
「街を救わなければ……」
「気になるな」
三嶋が顎に手を当てると、少し考え込んだ。
「私個人で、少し探ってみるとしよう」
三嶋がそう言うと、灰野は小さく頷いた。その姿が弱っているように見えて胸が縛り付けられる。
「ああ、それと……」
付け足すように言うと灰野は、さらをまっすぐ見た。
「陽菜とか、異土羅には……私が回復したって伝えてくれないかい?」
「え……?」
「もうすぐ、この街で一番大きい祭りだからさ。暗い空気は、嫌なんだよ」
無理をしているのは、すぐ分かった。さらにはその提案は到底受け入れ難いことだ。
「でも……」
「お願いだよ、さら」
少しだけ、困ったように笑う。そんなお願いのされ方をされたら流石に断れなかった。”天月さら“としてこのお願いは受けなければならない。
「……分かった」
※
翌日。さらは、陽菜と赤水鬼に「灰野は回復した」と嘘をついた。
「よかった……!」
「ほんと!? じゃあ、もう大丈夫なんだな!」
二人の心から安堵した表情を見て、胸が痛む。
――これは、正しいのだろうか。
分からないまま、時間だけが進む。さらは少し目を逸らした。そのまま部屋を出て行こうとした時、誰かに腕を掴まれる。
「じゃあ、一緒に祭り行こうよ!」
陽菜が明るく言った。
「……私は、今年は街の見回りがあるから」
少し反応に困ってしまったが、理由をつけてそう答えた瞬間――
「……行かないの?」
これが陽菜の特性の上目遣いだ。眩しすぎて直視もできない。
確かに最近陽菜と灰野と異土羅の件などで遊ぶ事が全く無くなってしまった。だからこそ、今油断したらきっと大変な事になる。
そう分かっていたさらだが、
「ダメ……かな?」
その目は確かに、こちらを見ていた。続けて赤水鬼もお願いという目で見つめてくる。
「……少しだけ。少しだけなら」
「やったー!」
「よっしゃ!」
二人の喜ぶ声が聞こえると、早速用意をするために他の部屋へ行ってしまう。
「なんでこんな甘やかしてしまうの」
小さく自分に対して呟いた。
この祭りこそ、魂を集めるのに最適な場所とも言えるのだ。なのに少し遊ぶなどさら自身が許せなかった。
だが、逆に普通に遊んで得られる情報もあるかもしれない。そう前向きに考えた時だった。
低く唸るような声が後ろから聞こえた。
「おい、裁定の巫女」
読んでいただきありがとうございます!
次話は【土曜日】に投稿予定です。
次回は祭りの回でございます。お楽しみに!




