賭桜
「今日来ていた侍は知り合いか?」
寺元家で出された飯を食いながら無我が訪ねて来た。
今日は俺と無我が夜の当番で周りには他に誰も居ない。
「…昔のな…俺は脱藩して名前を変えている…」
「まあ、俺も似たようなもんだ。名前も本当は違う。こんな生活をしてる浪人なんて大体何か脛に傷を持ってるさ。」
「そうか…」
「いつかは殺されるか…ろくな死に方はしないだろうな。ははは」
「そうだな…」
「お前は腕が立つからなあ。しぶとく生き残りそうだな。」
「どうだろうな…」
俺はもう、そんな気力もないだろう…
たとえ加茂を殺したとしても…
もう父上も兄上も師匠も…誰も居ない
何の意味も無い…
ただ…
何故あの時咄嗟に隠れてしまったのだろう。
もしも美桜さんが…
あの人が美桜さんなら…
生きたいと思えるのだろうか?
そう思ってしまったからかも知れない。
「まあ、先の事を考えてくよくよするのはよそう。先ずは明日の飯代を考えないとな!お前は特にだぞ!全部持ってかれたからな!ははは」
「そうだな。」
○○○○○○○○○○
数日後、寺元家の用心棒の契約期間を終えて少し金になったから、帰りに1人で軽く飲みに来た。
前にお竜に会った店だ。
もしかしてまた会えないか…
そんな思いもあったのかも知れない。
「いらっしゃい」
店を見渡していたら、店の隅にお竜の後ろ姿を見つけた。
一人で飲んでいた。
「この間はどうも。」
そう言って俺はお竜の隣に座った。
「今日は席空いてるよ」
お竜が答えた。
「誰かと飲みたい気分なんだ。久々に仕事から解放されたから。金も少し出来たし、奢るよ」
「へえ。」
「酒、好きなの?」
「好きじゃない。嫌な事忘れられるから飲んでる」
「そうなんだ…」
「ナオさんは?」
「俺も似た感じ。多分強いとは思うけど、酔い潰れる程は飲まない。」
「へえ。酔っ払った所見てみたい。私も自信あるからさ、飲み比べしようよ」
「良いけど…何か賭けるの?」
「ナオさんの稼いできた全財産。」
「酷いなあ。まだ俺から搾り取るの?」
「今回はイカサマしないから」
「やっぱりあれイカサマだったんだ。」
「ふふふ、そうそう簡単に私の背中は見せないよ」
「まあ、俺も敵に背中は見せないね。」
「じゃあさ、ナオさん勝ったら私の背中見せてあげるよ」
「分かった分かった。それじゃやりますか」
「おじさーん!お酒!どんどん持って来て!この人が全部払ってくれるから!」
うーん、稼いだばかりの金が全て酒代になりそうだ…
○○○○○○○○○○
カラン…
お竜の下駄が片方脱げた。
今、俺の背中でぐっすり眠っている。
俺はお竜をおんぶしてフラフラと歩いていた。
飲み比べは結局俺が勝った。
しかし金は俺が払った。
まあ、奢るって言ったし仕方ない。
「屋敷まで送ろうか?」
そうお竜に言うと
「歩きたく無い…その辺に放り出しといて…」
と無茶な事を言うので、仕方なく背負って歩いている。
俺も酔っているので足元は覚束ない。
普段は背後を見せるのは敵に隙を与える様で嫌だが、背中にしがみ付いているお竜がなんだか俺の背中を守っている様で妙な安心感みたいな物があった。
背中にしがみ付いている火照った身体の体温が心地よかった。
守られているようでも有り守っているようでも有り…
赤子を背負う母親はこう言う気持ちになるんだろうなあと思っていた。
柿安の屋敷は少し遠いので、俺も無事辿り着けるか足元に不安が有った。
とりあえず俺の長屋で休ませて目が覚めたら帰そうと思い、俺の長屋に向かった。