流桜
「この剣術は示現流から派生しておる。一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」
「はい」
「初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける先手必勝、防御を捨て初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける、が基本の考えじゃ」
「はい。」
そう言って師匠は型を見せた。
この流派は示現流を汲んでいるので稽古も相当激しい。
それで修行を積んで極めた師匠も身体を傷めている。
「では…たのむ」
「はい」
師匠は左の褄を左手で、右の褄を右手で開き腹を出し、左脇に刃を突き立て、右に引いた。
後日道場へ美桜さんの帰りを待つ為に向かうと、様子がおかしかった。
「ここは差押えられている。部外者は立ち去れ」
「何!?どう言う事だ!?」
「言葉の通りだ。近い内に取り壊される。」
「美桜さんは!?ここの道場の娘は!?」
「借金のかたに売り渡されるであろうな」
「借金!?聞いてないぞ!」
「ほら、ちゃんと証文もある。」
そう言って見せられた証文に、師匠の名前も書いてあったが、筆跡が違う。
師匠から借金の話も聞いた事が無い。
「何かの間違いだ!」
「言い分があれば奉行所へ申し立てろ。」
途方に暮れて、気が付けば夜になっていた。
道場の桜の木をぼんやりと眺めていた。
何でこんな事に…ここまでされなければならないのか…
「言ったであろう。道場も美桜も絶対渡さんとな。」
そう言って貴久が現れた。
「貴様…」
「俺を認めない道場など…俺を受け入れない美桜など…消えてなくなれば良い!」
「お前だけは絶対許さん!」
俺は相手が刀を抜く前に最後に師匠から伝授された技を使い、一太刀で切り捨てた。
「師匠…美桜さん…」
そうして俺は誰にも告げず、脱藩した。
○○○○○○○○○
俺は江戸へ流れ着いていた。
名前を変えて浪人となり、用心棒の様な事をしていた。
腕を見込まれ依頼があれば暗殺の様な事もしていた。
金の為なら何でもやった。
『お前は自分の信じる道を真っ直ぐ突き進め。名前の如く辰のように空へ向かってな。』
兄上に言われた言葉を思い出していた。
今となっては辰之進の名前を捨て、地を這う蛇よりも下へ落ちているなと自分を嘲笑していた。
「ナオ、金が入ったろう?飲みに行くぞ」
「分かった分かった。割り勘だぞ!」
此方で知り合いになった同じ浪人者の無我が俺の長屋に誘いに来た。
無桜…俺の今の名前だ。
「ナオ、この後どうする」
無我と粗方飲み終わっていた。
俺は酒は強かったらしい。
無我は弱い。
付き合いで飲むと早々に酔うので金がかからなくて助かる。
俺は酒には強いがそこまで飲みたいとも思わない。
酔って襲われたら…と常に剣の事を考えている辺り、別人になり切れないのだなと思う。
もう全てを失って、全てを捨てているのに…
何に縋り付いているのだろう。
馬鹿だなあと思っていた。
「俺はこの後は博打だ。お前も一緒にどうだ?」
「相変わらずお前は飲む打つ買うだなあ。俺は帰る」
「相変わらずお前はつまらんやつだ。酒と博打と女はこの世の3種の神器だぞ?」
「俺は神を信じてないからな。じゃあな、程々にな。」
「たまには女も抱かないと腐り落ちるぞ?」
「間に合ってるよ」
俺はもう誰とも添い遂げる気は無かった。
このまま誰も俺の事を知らずに、気にも止めずに腐り落ちれば良い…
示現流はあの近藤勇も恐れた殺人剣です
鯉登も派生した流派の使い手であの不死身の杉元や尾形も警戒してましたね