追い桜
その後のオマケのお話です。
「それではこれで…」
そう言って、とある地方の小さな寺を後にした。
帰り際、そこの尼が俺の姿が見えなくなるまで深々とお辞儀をしていた。
辰之進から託された手紙と遺髪を漸く届けた。
その相手と少しだけ話をした。
「私は元は○○藩の殿様の側室でした。」
「そうでしたか…」
「私はそこで比嘉様…に出会いました。」
「その方がこの無我と言う方なんですね。」
「はい。比嘉様はお父様の先祖の家系が南方の方で、そのお子様の比嘉様も明るく大らかな方でした。」
「確かに珍しい苗字ですね」
「私は籠の鳥でしたので…その大らかさに救われていました。」
「そうですか。」
「その内に私は殿様とのややを身籠りました。」
「はい」
「しかし、女の園は妬み嫉みの悪意に満ちております。そのややは比嘉様との子だと言いがかりをつけられて…」
「…」
「私は結局心身を患い…子は流れてしまいました…」
「そうでしたか…」
「本当を申せば、女の妬み嫉みだけでなく、城の男たちにとっても若君の誕生でお家の力関係の変化を危惧される等もこの噂の火種になっていました。」
「…その事については我が藩も無きにしも非ずなお話です…」
「ただ…比嘉様はあらぬ罪を被せられて…私も不義密通を疑われ出家する事になりました。」
「そうでしたか…」
「比嘉様は、最後の餞だと私に罪を被せた人々を切り捨てて逃亡し、脱藩いたしました。」
「…」
「その中の人にこの度の仇討ちをされたのでしょう」
「なんとも…比嘉様は…無我さんは不器用な男でしたね…」
「そうですね…もっと違う形で比嘉様と出会えていたら…私はずっとお側に居たかったと思います。」
「…」
「比嘉…非我は自我から区別された外界と言います。自分の事でない人の事に真剣に怒れる方でした。新たに名付けた…無我は我を忘れて夢中になって居る事を指します。何に対して…誰に対しての思いだったのでしょうね。」
「恐らくは…」
「浪人になってからは博打が好きだった様で、勝負事に没頭する辺りも比嘉様らしい命名ですね。ふふふ」
「そうですね」
○○○○○○○○○○
この寺に訪れたのは、一件が落ち着いたからだった。
あの日の朝に長屋に行くと辰之進は腹を裂いていて、美桜殿は胸を簪で突かれていた。
応急処置で辰之進にはサラシを巻いて、美桜殿は医者の元に担いで行った。
美桜殿は急所が外れていたので、命に別状は無かった。
辰之進は長い間意識が戻らなかったが今際の際に一言
「アタが…来た…」
と漏らして息を引き取った。
心中はご法度なので、賊に襲われたと何とか誤魔化した。
辰之進の家、佐伯家は加茂の汚職が露呈してお家再興を許されていた。
この証拠は佐伯家と仲の良かった俺の父、坂田家に証拠の類を託されていて、加茂の息子の貴久の不祥事の機会に一気に畳み掛けて失脚させた。
今でも辰之進が脱藩する前に何とか見つけ出して、引き止めていればこの様な結果にならなったのではと悔やまれてならない…
その後悔もあり、辰之進の子を身籠もっていると分かった美桜殿に、佐伯の家を継いでもらう事となった。
暫くは女1人で大変だろうから、俺や昔の仲良かった道場仲間達と支えていく事になり、美桜殿は辰之進の妻として藩に戻ってくる事となった。
新居はあの道場があった場所を買い取ってそこに構える事となった。
「高砂や この浦舟に 帆を上げて〜」
美桜殿がこの屋敷に越して来た時に俺は辰之進と約束した様に高砂を謡った。
○○○○○○○○○○
「今年も見事な桜ですな。」
「はい。辰之進様も空から眺めている事でしょう。」
「そうですね…辰之進は私に美桜殿の名前の通りにこの桜が美しいと言っていましたぞ。」
「うふふ…生きている時に辰之進様から言われたかったです」」
「あいつは照れ屋だったからなあ」
「はい…そんな所も好いておりました」
「おやおや美桜殿、惚気ですかな?」
「この桜が私に言わせているのでしょう。ふふふ」
「おや、カラスが桜の木に止まっておりますな」
「カラスは神の使いと言われいますからね。幸運を運ぶ鳥として吉兆とされていますから…この先も私と息子を見守って下さるのでしょう。辰之進様の様に…」
「ですね…」
そう呟いた後に桜の木から飛び立ったカラスは足が3本だった。
前回で終了だったんですが、書き終えた後にそう言えば無我ってどうだったんだろ?と思い追加で書きました。
その後の美桜の様子が少し垣間見れます。
辰之進は悲しい最後でしたが、美桜には力強く生きて行って欲しいと言った願いも込めています。
それでは、改めましてここまでお読みくださりありがとうございました!