サクラサク
「それまで!」
「いやあ、やはり辰之進は格が違うな。先日の藩主正興様の御前試合でも見事であった。」
「まあ、最後までは勝ち残れなかったがな。」
「惜しい所だったよな。しかし我道場の次期後継者と噂されておるぞ」
「そんな気の早い…」
「でも師匠から話は出ているのだろう?」
「辰之進様…お疲れ様です…此方をお使い下さい」
「おやおや、美桜殿!早くも女房気取りですかな?」
「もう!坂田様!揶揄うのはおやめ下さい!」
「あー。走って行ってしまった。可愛らしいなあ、辰之進。」
「やめろよ、源次郎…」
「おうおう、辰之進、顔が真っ赤だぞ!ははは」
「水浴びしてくる!」
「美桜殿の手拭いでしっかり汗を流せ。ははは」
「毎年思うが、この道場の桜は見事だなあ。」
「ああ。美桜殿が生まれた時に満開だったらしく名前に付けたそうだ。」
「美しい桜か…名前の通りだな美桜殿は」
「辰之進、本当に美桜殿に惚れておるなあ。ははは」
「そんな事一言も言っておらんだろ!桜が美しいと言っただけだぞ!」
「分かった分かった!ははは」
○○○○○○○○○
「兄上、如何なされた。顔色が優れませんが…」
「なに、城で少しな…」
「また加茂様に何か言いががりでも…」
「滅多な事は口にするな、辰之進」
「しかし、息子の貴久も何かと私に絡んで参ります。」
「あやつはお主の剣の腕が妬ましいのだろう。まだまだ子供だ。気にするな」
「ですが…」
「その分、私は剣もマトモに扱えぬ、ひ弱で頭でっかちで加茂殿は面白くないのであろう。」
「兄上は実直で清廉潔白、私は心から尊敬しております!」
「有難う、辰之進。お前はこの先どうするのだ?」
「私は城勤めには向きません。剣の道を極めたいと思っております。」
「左様か。確かにあの伏魔殿にはお前にはちと手に余りそうだな。」
「まあ、所詮は冷飯食いの次男坊、身は弁えております。ははは」
「お前は自分の信じる道を真っ直ぐ突き進め。名前の如く辰のように空へ向かってな。」
「はい。有難うございます。」
○○○○○○○○○○
「ご苦労であったな、辰之進。」
「いえ、師匠」
「無事立派な最後を遂げられたそうだな。」
「はい。」
「介錯人は腕が良くなければ務まらない。皮一重を残して首を切るのは相当な技術を要するからな。」
「はい。有難うございます」
「儂も歳で無茶をして来た昔の古傷があちこち痛む様になって思う様に身体が動かない時が有る。仕損じが有っては一大事だからな。お前に位しか頼める者がおらん。」
「その様に言って頂けて光栄に思います。」
「儂も昔は頼まれて何度か介錯をして来たが…武士ならばまだ名誉の為の手助けと思えるが、扇子腹をする様な子供の時には流石に堪えた…」
「…」
「もしも…儂が切腹する事になったら、お主に頼みたい。」
「そんな!縁起でもないこと口にしないで下さい!」
「ははは、儂もいつどうなるかは分からん。その扇子腹をした子供と同じ様に…儂が何かをしていなくても、何かの大きな渦に巻き込まれる事は絶対ないとは言い切れまい」
「…」
○○○○○○○○○○
「それまで!」
「貴久、悔しそうだったなあ。胸がすいたぞ辰之進!」
「やめろよ、源次郎…負けた相手を蔑める言い草は武士として恥ずべき事だぞ。」
「辰之進!」
「うわっ!貴久だ」
「調子に乗るなよ!いつか目に物みせてくれる!」
「調子になど乗ってはおらん。」
「道場も美桜殿も絶対渡さんからな!」
「あーあ、行っちゃった…」
「何か貴久は勘違いしておる。私は別に道場や美桜殿をどうこうしようなどとは思っておらん」
「まあ、悔しいんだろ?お前が強くて美桜殿もお前を好いていて。さっきの試合もあっさり負けたしな。いい気味だ。親が偉いからって威張り腐りやがって。」
「源次郎…火に油を注ぐな…美桜殿は別に私の事など…」
「でもお前は美桜殿を好きなんだろ?」
「…」
「まあ、ゆくゆくはお前はこの道場を継いで、その隣には恋女房の美桜殿だな!」
「源次郎!」
「ははは、照れるな照れるな!」
「お前の減らず口を大人しくさせるか…これから飯でも行くか?」
「おう!腹ペコだ!」
「辰之進、そろそろお前に免許皆伝したいと思っておる。昔武者修行の無茶をして来たツケで身体にガタが来ていてな。」
「私にですか!」
「そうだ。お前は剣術のみならず精神力も長けておる。立派に儂の意志を継いでくれると信じておる。」
「身に余る光栄です!」
「儂の、代々のこの道場の奥義を伝授した暁には、娘の美桜を娶ってこの道場を継いで欲しい。」
「はい!有難うございます!立派に成し遂げ、美桜さんを幸せに致します!」
「そうか。有難う。頼んだぞ。」
「はい!」
「遂に来たな〜辰之進!」
「まだまだ、教わらないとならない事も沢山あるからな!今すぐではないぞ。」
「まあ、師匠から太鼓判を貰ったんだからな!頑張れよ!」
「ああ!有難うな」
「大好きな美桜殿と遂に夫婦か〜!高砂やは俺に謡させろよ!」
「まだ早いって!」
補足:扇子腹とは、切腹をする時に怖くて腹に刃物を刺せない人や子供等の切腹の時に刃物の代わりに扇子を腹に当ててそれを合図に介錯人が首を落とす事です。
普通の切腹でも腹を切るだけでは直ぐに死ねないので介錯人をつける事が多かったようです。
介錯人は職業としてよりも、確実に首を切り落とせる様な剣の腕の立つ人にお願いしていた様です。
子連れ狼の拝一刀は架空の職業みたいですね。