その4
父が人間に倒されたと知ったとき、何も感じなかったわけでは無い。
面識が殆ど無いし、愛情なんて注いでもらった記憶も無い。血の繋がりしかなかったけれども、それでも彼は『偉大なる魔族の王』だった。
自分たちを統べるもの・先導するものを失った、その衝撃は最初こそ大きかった。だがよくよく考えてみれば、666人も子供がいるのだから、すぐに誰か後を継ぐのだろう。
それが自分でないことだけは確かだ――と思って、楽観していたのだが。
父が死んで即座に、後継者争いは始まった。血の気多き上の兄姉たちは、血で血を洗うすさまじいまでの戦いを繰り広げたと聴く。
面倒なのと興味が無いのとで、全くいつもと変わらぬ生活を送っていた自分がその闘争に巻き込まれたのは、ちょっとした偶然だった。
ただ飛んできた火の粉を振り払ったに過ぎなかったのだが、その際に強大な魔力が兄姉やその他の父の側近だったモノたちの目に留まってしまった。
そうして、ちょっと息の長く苛烈な兄弟喧嘩の中で、気がつけば兄姉たちを圧倒的な力の差でねじ伏せ、やれ『次世代魔王』だ何だと担ぎ上げられてしまっていた。
……ケイオスにとっては、何とも傍迷惑な話である。
まぁ、そういった意味では人間に全く恨みが無いではなかった。それまでの平穏な生活が、面倒ごとと制約だらけの魔族の信仰対象者になってしまったのは、彼らのせいであると言えなくも無い。
さりとて仇討ちをしたいかというと、それもひどくメンドクサカッタ。第一父の側近から事情を聞けば、悪いのは一方的に父なのだから。
「そんなこんなで、僕はルディに対して個人的な恨みがあるわけじゃないし。別に仇を取りたいとも思わないよ」
でもキミのご両親に対しては、僕の立場上、一度挨拶くらいはしておかないといけないかもね。
『魔王』ってのも色々大変なんだよ?
苦笑いしながら、かいつまんで説明する。
ルディはホッとした様子だった。割と普通に見せてはいたようだが、やはり偶然とは言え『魔王』と対面するということに対して、相当気を張っていたらしい。
(まぁまだ9歳の子供だもんなぁ。自分を殺しに来たかも知れない相手となんて、普通はこんなに冷静に会話できないよ)
内心感心してしまう。
「ケイオスってちょっと変わった魔族なんだね。何か魔族っぽく無い感じ」
「あ~それ、口うるさい側近によく言われるよ」
肩をすくめて見せると、最初のときのようにルディアスはケラケラと笑った。
ふと気がつけば、もう日が傾きつつある。そろそろ根城に戻らないと、口うるさい側近――フライスがまた癇癪を起こしかねない。
「さてと、それじゃ僕は帰るよ。魔族のための仕事もきちんとしないと、側近に雷落とされちゃうからね」
「僕をさらわなくてもいいの?」
「うん、そんなことしても意味無いし」
急にルディアスが黙り込んだ。少しの間ためらった後、こちらを上目で見上げながら一言。
「ねぇ、また来てくれる?」
「気が向いたらね」
というか、キミのご両親への挨拶参りが済んでも僕が生きていられたらね。
何せ父を倒したこわ~い『勇者』様と『魔女』様なので、挨拶ひとつするのも命がけだよ。
……というのは心の中だけで答えておくことにする。
それにしても、初めて接触した人間が「父の仇の息子」だったとは。偶然とは恐ろしいものである。
このことがこの先どういう意味合いを持ってくるのかは分からない。
だが、とりあえずその日の出来事が「人間という生き物は興味深く、それなりに愛らしい生き物である」という第一印象をケイオスに残したのは確かであった。
これが覆されてしまうのは、そう遠くは無い未来のお話。