その3
「……」
何と返したら良いものか。 ケイオスは迷った。が、とりあえず。
「お母さんじゃなくて、お父さんがそう言ったの?」
「突っ込むとこ、そこ!?」
ガバっと顔を上げて即座に突っ込みを入れると、子供は何がおかしいのか大爆笑している。
そういえば、こんなに笑っているヒトを見るのは生まれて初めてだ。
1、2回しか会ったことは無いが、記憶に残っている父親は常に不敵で悪~い感じの笑顔しか見せなかったし、木霊である母はそもそも姿を見ること自体稀だった。
……それにしても、何でこんなに笑ってるのかも分からないが、見てて悪い気はしないのが不思議だ。
ケラケラと可愛らしい高い声を上げてひとしきり笑うと、子供は目の端に浮かんだ涙を拭って言ってくる。
「おじいちゃん、教材の販売員じゃないの?」
「よく分からんが、違う」
「じゃ、誰?」
ふふふ、このときを待っていたのだ。ケイオスは内心ほくそ笑むと、
「坊や、我と共に来るが良い。我が名は『魔王』。そなたは選ばれたのだ、素晴らしき場所へと招待しようぞ!」
ばさり。被っていたフードのついた外套を払い、高らかと言い放った。
ひゅるり。庭に冷たい風が吹き抜けた――ような、気がする。
なぜだかケイオスは、そこらに穴があったら入りたいような気分に見舞われた。
「――の『魔王』の一節だね、それ」
冷たい空気を払拭するかのように、子供が苦笑いで言う。
「おじいちゃん、本当のところは何しに来たの?」
「……いや、だからそなたを選ばれた場所へ――」
「それもう聴いた。で?」
「……えーと……」
「……?」
「……」
無いのなら 掘ってしまおう 墓の穴(五・七・五)。
生憎、スコップは持ち合わせていないが。
「で、そういうカッコウで僕のところに来たの?」
「うん。ついでに言えば、これからキミを連れ去ろうと思ってます」
事情を話せば、子供はひとまず納得したようだった。ふ~ん、と他人事のように相槌を打ちつつ、「でもさ」と言葉を継いだ。
「僕をどこに連れ去るつもり?」
「僕の住んでる城へ」
「連れ去って、どうするの?」
「それは……えーと」
そういえば、そこまで考えていなかった。むむむ、と頭を抱えながら考え込んでしまう。
その様子を少し冷めた目で見ていた子供――ルディアスとかいったか――が、猫の背を撫でながら言う。
「おじいさんさ、『魔王』って言ったよね?」
「うん。あ、でも僕まだ『おじいさん』って言われるほどの歳じゃないんだけど。この姿も、本当の姿じゃないし」
「いくつ?」
「忘れた。でも魔族的にはまだ『おじいさん』じゃないんだよ」
ていうかさ、本当の姿に戻ってもいい?
いつもと違う姿で長いこといるので、何となく居心地が悪くてもぞもぞしてしまう。
「だめ。『魔王』ってことは、人間じゃないんでしょ? ここで元の姿に戻ったら、人間に殺されちゃうよ!」
それもそうである。この子供、実年齢以上に聡明だ。
「おじいさんじゃないなら、何て呼んだらいいの? 『魔王』さん?」
「一応僕、ケイオスっていう名前があるんだ。そっちで呼んでよ」
「分かった。じゃあケイオス、あのね」
ルディアスが、猫を撫でる手を止めて顔を上げた。こちらの様子を伺うかのように、顔を覗き込んで来て、そして。
「僕のパパとママは、ケイオスのお父さんを殺したヒトなんだけど。それ、知ってて来たんじゃないの?」