その2
とりあえず人間の書物に書かれている魔物像を演じてみようと思った。
ぶっちゃけていえば、それは退屈しのぎだった。
フライスの目を盗んで、こっそりと根城を抜け出した。ヤツときたら、口を開けばやれ「父上の遺志を継げ」だの「魔族勢力の再興を!」だの「魔王としての自覚を持て」だのと、口やかましいたらありゃしない。
大体「魔王としての自覚」って何なのだろう。自分はきちんと「三者により定められた法則」に則り、「結界と世界樹の監視と管理」をして「均衡の維持」に努めている。それ以上、何をしろというのだろう?
一度考え出すと、妙にそのことが気になった。
お気に入りの世界樹の幹によりかかって、悶々と考えているが答えは出ない。
そもそも自分と同じように怠惰な性格だった父が、なんで人間なんぞに戦争を吹っかけたのかも分からないし、魔族という存在が人間にどう思われているのかということも分からない。
魔族と人間、異種族間にあるものは――?
外の世界に興味を持ったのは、それが初めてのことだった。
とりあえず一旦居城に帰ったケイオスは、父親が遺した書籍を漁ってみることにした。
書斎の扉は重く錆びついてて、室内のカビ臭さが何故か心地よい。
蔵書は思ったより多くて、沢山の本棚に分厚い書籍がぎっしりと詰まっている。何でも、父がここを根城に定める前に住んでいた人間が置いていったものだという。
その中の一冊を何となく手にとって開いて――
「で、そういうカッコウで僕のところに来たの?」
「うん。ついでに言えば、これからキミを連れ去ろうと思ってます」
正直なところ、少し凹んでいた。目の前の少年のリアクションは自分の期待とは全く異なっていたので。
何となく一番近くの街にやってきたケイオスは、これまた何となく街の入り口から近いところにある屋敷にコッソリと忍び込んだのだった。
先ほど読んだ書籍で予習はバッチリである。あの本によれば、人間の想像している「魔王」とは長い白髪の老人で、小さな子供をさらってゆくのだという。
とりあえずそれをすれば、フライスにも「魔王としての自覚がある」と認めてもらえるのだろう。そう思った彼は、自身の姿を白髪の老人に変え、屋敷の庭で猫と一緒にウトウトしている子供をさらって帰ろうとして近づいた。
子供はすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てていたが、自分が近づいたのを気配で察したのだろう。
ゆっくりと猫の毛に埋めていた頭を上げて、少年は焦点の合わない目で自分を眺め、そしてひとこと。
「……『子供用の教材なら間に合ってます』ってお父さんが」