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奇跡の力を宿す清く正しい聖女様が、この貧しき大地に降臨したって話ですよ!

しゅよ、お恵みを…… この飢えた大地に、わずかばかりの祝福をっ……!」


 天を仰ぎ、祈りを捧げます。

 ぎゅっと結んだ両手を、胸元へ。目を閉じムムムと念じれば、この想いはきっと伝わるはずなのです。


「いったい……何が始まるんだべ……?」

「しっ! 静かにっ……! 聖女様が集中しておられるべ……!」


 片目を開けて、村人たちをちらりとな。皆が固唾を呑んで見守っています。失敗は出来ません、ここが正念場なのですから!


 視線の先には、かっぴかぴに乾いた土くれが。雑草ひとつ生えていない、何とも寂しき花壇ですね。


 これは――神の奇跡が必要ですよ!


「さあさ、ご覧ください……! もう間も無く……神の御心が顕現しますっ!!」


 方々で、ごくりと喉を鳴らす音。いよいよクライマックス、緊張が走ります。


「なっ、なんだあ……!!」


 素っ頓狂な声を聞くと同時に、心の内ではガッツポーズ。



 寂しき花壇、その中心から――

 小さな小さな緑がひとつ、ひょっこりお顔を出したではありませんか。



 1メートル、2メートル、3メートル……、苗は瞬く間に成長し、天空へと向かって起立します。見上げる首が、ちょびっと痛くなるほどに。


「太陽神の御許おんもとに! 生命の息吹を、我らに与え給へ~!」


 両手を目いっぱいに広げ、賛美のポーズ。日光を全身で受けるこの体勢。普段の私であれば、お肌の事を気にしてしまいそうな恰好です……


「この貧しき大地に、満開の花を咲かせましょ~!!」


 ですが、今はそんな事を言っている場合ではありません! さあみんな、目を見開いて! 蕾が花開く瞬間を、決して見逃さない様に!


「すげぇ……すげぇべ……!!」


 輝く黄金の花。そのあまりの神々しさに、村人たちはただ絶句。ぽかんと開けた口から言葉が漏れ出たのは、それから僅かして。


「きっ、奇跡だ…… こいつはまさしく……奇跡だんべっ!!」


 咲き誇るは、第二の太陽。

 それは満開の――向日葵の花でした。


 ♢


「いかがでしたか、皆さま方? これこそが、神の祝福です! 主はこの土地を、お見捨てにはなりませんでしたよ!」


 湧き上がる歓喜。目尻に涙を浮かべる人の姿もちらほらと。皆さんが喜んでくれたらなら、私としても嬉しい限りです!


「ほんっとうに、きれいやわぁ……! うちの村でこげな立派な向日葵を見られるんなんてねぇ……! 長生きはするもんだねぇ……」


 この日、村人たちは奇跡を目撃しました。

 そう、これは奇跡です。



 この世界には、奇跡の力が存在します。その名をギフト――それ即ち、天から与えられし異能の力です。


 ギフトを操る者たちは、人ならざる偉業を可能にします。

 見ようによっては、まるでそれは神の御業……


 ですが実際の所、神など居ようはずもありません。あるのはただ異能ギフトを使役する、人間だけなのです。「奇跡の正体ここに見たり!」という訳ですね。



「聖女様っ……!! あんたはすんごいお方だっ……!!」


 感動冷めやらぬ中、一人の老人がよろよろと進み出ます。おじいちゃん、大丈夫? ちょっと足元が覚束ないですけども……


「お願いしますだ、聖女様っ! 是非とも、うちの村で暮らしてくだせぇ! そんでもって私らに、神さまのご加護を与えてはくんねぇだろうかっ!?」 


 鬼気迫る顔で詰め寄られます。恐らく、彼は村長さんですね。垂れ目で腰の曲がった、顎ひげの長い老人。これはもうアレですよ、お偉いさんの風格がプンプン漂ってます。


「この村には、貴方様が必要なんだべっ!!」


 暫定村長さんは、曲がった背筋を深々と倒して礼をします。なんだかぷるぷるしてますし、その恰好は腰に悪そうですよ?


「いえいえっ、そんなぁ! 顔を上げてくださいな! 私はただの一介の聖女……そんなご大層な者じゃありませんよ~ 恐れ多いですよ~」

「ご謙遜なさいますんな! こげな見事な向日葵を咲かせるなんて芸当、見た事ないですわい!」


 さあて――ここからが、()()()()()です。


「ご存じないですか? 他にこういう力? 見た事、ありません?」

「…………いんやあ。 だーれも知らねぇべ。なあ?」


 村長さんが振り返ると、周りのみんなも頷きます。


「へぇ~、そうなんですか~」


 はいきた! きましたよ!

 言質、取りましたからね?


(さてさて、残る問題はっと――)


 少しの間黙りこくっていると、村長さんは何やらオロオロし始めました。いけません、先ずは話しを纏めてしまわないとですね。


「やっぱり…… 急に暮らして欲しいだなんてのは、無理な話でしたかのう……」

「ん~、そうですねえ~ 本当なら、もう少しよく考えてからの方が良いのでしょうけど――」


 考える必要、もうありませんけどね。


「私、何だかこの村のこと気に入っちゃいました! 村長さんもすっごく良い人だし! 神様のご加護、大盤振る舞いしちゃいましょうか!」


 腕をグルンと回した私に、拍手喝采が浴びせられる。しまった、つい村長さんって言っちゃった。まあ誰も突っ込んで来なかったし、結果オーライですね。


「あんがとうございます、聖女様っ……! ああ、今日はなんて良き日なんだべっ!」


 村人たちは感謝の言葉を告げ、次々と私の両手を握りしめる。しわしわのお手手が半数以上。子供は全体の1%ぐらいでしょうか?


 恭しく頭を下げる村人たちに、によによ笑いが止まりません。おっと、ダメですダメです。引き締めなくては!


「皆さん! 今日からどうか、よろしくお願いしますね!」



 私もまた、神よりギフトを授かった身。


 自身の思うがままに、向日葵を咲かせることが出来るのです。


 そこに土があろうとなかろうと、水があろうとなかろうと、お構いなし。私が念じるがままに、向日葵は芽を出し咲き誇る。それ以上でも以下でもない、何ら変哲のないその力。


 奇跡と言うには控え目な。

 それでも、聖女と言う肩書にはおあつらえ向きな。


 そんな慎み深い――ギフトだったのです。






 ♢


「何なのよっ!! このくっっっだらないギフトはっ!!!!」


 思わず頭を搔きむしる。信じられない信じたくない、いったい何の冗談なの? せっかくこの身に宿ったギフトが、よりにもよってコレですか?


 はずれもはずれ!

 大はずれも良いとこだ!

 ふっざけてんじゃないわよ、この××××!!


 おっといけない、つい汚い言葉が出てしまった。私は聖女、神に仕える敬虔なる信徒。『××××』だなんて、はしたない。他の人に聞かれたら大ごとですからね、オホホホホ。


 と、笑っている場合ではないのだ、この状況。


「私の研鑽の結晶が…… よりにもよって、何でこんな……」


 ギフトをその身に宿す事、それ自体は間違いなく幸運だ。どんな些細な能力であれ、神の恩恵を受けた事に変わりはないのだから。


 そんな事は重々承知なの!

 だけれども、この仕打ちはあんまりじゃない!


「ぬか喜びも良い所よ! ギフトが宿れば一生安泰っ! 国からは莫大な補助金が出て、悠々自適な聖女ライフが待ってるんじゃないの!?」


 私の故国――帝国は、ギフトへの待遇がやけに厚い。いや、厚いなんてもんじゃない。もはや贔屓の域だ。


 ギフトを持つ者と、持たざる者。先ず以てここで、大きな線引きがある。優秀なギフトを保持していれば、相応の見返りが期待できる。能力の内容如何によっては、城すら建つとも囁かれる。


 まさに一攫千金という訳だ。


 家柄? 努力?

 関係ないわ、そんなものっ!

 ギフトが宿れば、それだけで勝者足り得るの!


 夢のある話じゃない? ある日突然ギフトが宿って、あれよあれよと持て囃される。気付けば一城のあるじなんだから!


 私を散々見下してきた、あの高慢ちきな貴族ども。陰で私を嘲笑った、あの聖女見習いども。揃いも揃った雁首に、思いっきり高笑いを浴びせてやる! そのはずだったのに……


「私の夢……もうこれで、終わりなの……?」


 思い返すのは、当時小耳に挟んだあの噂。懐かしいなあ、何年前だろうか。というかいつの間にやら、思考が過去へと引きずられ……これが走馬灯ってやつかしら? 死因は何よ? キレすぎて血管までぶち切れました?


 『おい、聞いたかよ? どうも聖女ってのはギフトを宿しやすい傾向にあるって話だぞ? 神に近い役職は、ギフトを授かりやすいんだとよ!』


 根も葉もない噂話だったが、私はそれに全人生を掛けたのだ。狙いはまさに、ギフトによる成り上がり。教会の門を叩いた時から、この身は既に煩悩に塗れていた――


「いや、煩悩じゃねぇわ!! 人生設計よ、人生設計!!」


 ん? もう回想終わり?

 死んで無かった? そりゃ一安心ね。


「こちとら背中が痒くなるような喋り方まで覚えてね! 何とか騙し騙し、教会に潜り込んだのよ!」


 ギフトを手に入れる、ただそれだけが至上目標。他は二の次三の次。でなければ、誰が好き好んであんな退屈な牢獄に足を踏み入れるってのよ。


「今日この日を信じて、必死に耐えて来たのに! 返しなさい! 私の血と汗と涙と青春と……あと諸々っ! たくさんっ!! 返しなさいよ、この××××!!」


 どれだけ暴れてみても、目の前の現実は覆らない。視界の端には、物言わぬ鉢植えがドンと鎮座するだけだ。


 鉢の中心には凛と咲き誇る――向日葵の姿。


 土もなく水もなく、それでも向日葵は咲き続ける。これぞまさに奇跡だ。若干スケールは小さいが、奇跡である事に相違ない。そのはずだ…………うん。


「あ~あ、しょーもな…………」


 騒ぎ立てた反動なのか、疲れがピークに達している。


 こんな日は――ヤケ酒としゃれ込むより他にないでしょうが!



「だいたい何なのよっ、向日葵って! これのどこが神の奇跡だって言うの!? 神様ってのはえらい貧相なのねっ!」

「今日はまた一段と荒れてるわね~ とても聖女のセリフとは思えないわ……」

「お生憎! 私は『なんちゃって聖女様』ですから! ったく……奇跡ってんなら、金貨のひとつでも出してみなさいって話よ!」


 言いながら、あてのナッツをひとつまみ。がりがりとかみ砕いて、エールで喉へと流し込む。味なんてどうでも良い。酒をぶち込むのが先決よ。


「まあ、アンタらしいわ。アンタ昔っからそうよね? 何をするにも、上手く行った試しがない。主はアンタに、試練をお与えになっているのよ。『乗り越えよ、さすれば道は開かれん』ってね!」

「はあああっ!? 何が『主』よ! んなもん××くらえよ! そっちこそ、酒の席でいつまで猫被ってんのよ! 気持ち悪いっ!」


 目の前でエールをあおる、友人A。彼女との付き合いは、そこそこに長い方。同じ教会出身の同期――まあ何というか、腐れ縁と言うやつだ。


 より厳密に言えば、彼女の他には縁が無い。『A』なんて言うから、いかにもその先が続きそうに見えるけれども。悲しきかな、これが私の『お付き合い』の全てだ。


 大多数の聖女見習いは私の本性を知ると、すぐさま距離を置いた。腹黒聖女と一緒にいると、自分達の精神まで侵されるんだとさ。


『あれで聖女見習いって……何かの冗談かしら?』

『ほら、この間も……! マザーに噛みついてたって噂よ……!』

『何それ? 野蛮ねぇ…… やっぱり、あの人ここに相応しくないんじゃない? どっちかって言うとアレは――』


 付いたあだ名は、『なんちゃって聖女様』。


 悪かったわね、なんちゃってで。

 下らない陰口、どっちが腹黒だ。


「まあまあ、落ち着きなさいな。ギフトを授かっただけでも、もうけもんでしょ? 何の恩恵も得られない子だって、大勢いるんだからさ」

「何よ、えらっそうに……! で? そう言うそっちは? どうだったの?」


 待ってましたと言わんばかりに、笑うA。唐突に平手を作ると、横一文字に空を薙ぐ。すると、ぐにゃりと空間が歪み、たちどころに割れ目が生じた。


 ん? ぐにゃり?

 空間に、割れ目って…………?


「えーっと。どこにやっちゃったかなあ……」


 割れ目の中に手を突っ込み、何やらごそごそとまさぐり始める。ひび割れた空間からは怪しき紫色の光が漏れ出ており、掻き混ぜるごとにヴォンヴォンと異音を発した。


 いやいやいやいやっ、ヤバいでしょ!

 酒場で何やってんの、この人! 誰か止めなさいって!


「ん〜、やっぱり日頃から整理整頓しておかないとダメね〜 おっ、あったあった!」


 割れ目から手を引き出す。すると、何やら一冊の本を握りしめていた。


「はいこれ。私からのお祝いねっ」

「いやいやいやっ! 『お祝いねっ』じゃないわよっ! えっ、何それ!?」


 ニコッと笑うA。その反応を待ってましたとでも言わんばかり。ほんと性悪だな、コイツは!


「ってか、何! 当たり前みたいにやってるけどもっ! 何なのそれっ!? 何かここんとこ、ひび割れてましたけどっ!!」


 人差し指でぐるぐると円を描く。先程までぱっくりと割れていた空間だが、今は見る影もない。これってつまり――


「空間干渉クラスのギフトってこと!? 初めて見たわ、そんなん! ええええぇぇぇっ!!」


 Aはブイっとポーズを取った。いやいや、ピースピースじゃねぇんだわ。何ですかこれ? 何かの間違いじゃないですか、これ?


 同じ教会で暮らし、共に素行不良のレッテルを貼られた者同士。教典片手に欠伸を噛み殺し、質素なご飯に不満たらたらだったあの毎日。


 二人は似た者同士――腐れ縁って、さっきも言ったよね?


 にもかかわらず、何なんですかこの扱いの差は!?

 こちとら向日葵なんだぞ!


「色々収納出来て便利なのよね〜、これ。まああんまり入れすぎると、中でぐっちゃぐちゃになっちゃうのが玉に瑕なんだけどね」


 こっちの玉には瑕しか無いんですがっ!!


「分かった分かった、もう良いわ…… はぁ~ しょーもな……」


 本日二度目の溜息、つくづく神は不平等だ。

 がくりと肩を落とすと、本の表紙が目に入る。


 『初心者必見! ひまわりの育て方』


「アンタのは向日葵を咲かせるギフトだって、事前にマザーから聞いてたからね。わざわざ買っといてあげたのよ?」


 Aは手に持った本を目の前でゆらゆら揺らした。


「咲かせて終わりってんじゃ、あんまりじゃない? ちゃんと最後まで面倒見てこそ、一流の花職人ってもんでしょ?」

「誰が花職人よっ!! ってか、そんなレアなギフト見せつけられた後にこんなもん貰っても、嬉しくも何ともないわよっ!!」


 と、文句を言いつつも、一応はカバンに仕舞い込む。本に罪はないからね。その様子を見守りつつ、Aはけらけらと酒樽を傾けた。


 当面の間はコイツのおごりで飲み食いしよう……そう心に誓ったのだった。






 ♢


「聖女様、本日からこちらにお住いくださいな。村一番の宿でさあ! ちーっとばかし老朽しとるもんで、そんなに見栄えはようないかもしれんがのう……」

「いえいえそんな! とっても素敵な場所ですよ! 私なんかのよそ者の為に、ありがとうございます!」


 末尾にそっと一言、


「汝らにも、神の祝福あれ……!」


 祝福の大安売りを付け加える。


 でもってバーゲンセールとも露知らず、村人たちは歓喜に震える訳ですよ。いやー、チョロいですなあ。


「そんじゃ聖女様っ! もし何か不自由あんましたら、直ぐに申し付けてくだせぇな!」


 村人たちが退出したのを確認し、先ずは暑っ苦しいローブを脱ぎ捨てた。頭まですっぽりと覆い被さるこのフィルム。蒸れる暑い臭いの三重苦! やってられるかっての。


「あぁ゛ぁ゛ああっ゛!! だっっっっる!!」


 荷物を投げ捨て、そのままベッドに飛び込む。


「しょうもない能力のくせに、疲れるったらありゃしない!! 燃費も悪いって、ほんと何の嫌がらせ!? も~っ、嫌になるわっ!!」


 ギフトの使用は、思いのほかに精神を消耗する。一日に咲かせることが可能な向日葵は、多くても一本と言った所。いや、本当はもっと行けるんだけど…… その一本で、こちとら疲労困憊なのだ。やっぱ無理よ、無理無理っ!


「ん゛~、む゛~、ん゛っ~」


 枕に顔をうずめ、言葉にならない呻きを上げる。これが乙女の出す声かと、脳裏で悪魔が囁くけれども。そんなちっぽけな悪魔は一喝する。


 歩くのすら億劫なほどの倦怠感。

 文句を言うなら、あんたもこれを味わってみてから言いなさいっての!


 宿に来るまでの道のりも、大分きつかった。息は絶え絶えゼーゼーと、それでも村人たちには平気な顔をしなければいけない。これは神の祝福なのだから、疲れた顔を見せてはダメ。


 全く……このギフトはどこまで私を苦しめるのよ?


「でも、ようやく第一歩っ! 夢へ向かって前進ね! 私の事を嘲笑ったあいつもこいつも……今に見てなさい!」


 ゴロンと転がり仰向けに。そのまま腕を天井へと伸ばし、グッと拳を握り込む。


「私はこの村に、王国を作るのよ!!」


 片田舎の小さき村だが、だからこそ私は目を付けた。ここは言うなれば、陸の孤島。外界の情報すらまともに入って来ない、限界集落だ。しかも都合の良い事に、大地は枯れ果て、植物ひとつもまともに育たないと来た。


 満開の向日葵は、それはそれは大層な奇跡に見える事だろう。

 神の名を騙るにあたって、これ程適した場所もないわよね。


「井の中の蛙、上等っ! 貯金(という名の寄付金ね♥)もコツコツ溜めて、悠々自適の聖女ライフ! いざ開幕よ!」


 腕を降ろすと、途端眠気に襲われる。

 微睡の中、輝かしき未来を見据えながら、その日は眠りについたのだった。






 数年後――


「あっ!! 聖女様だ~!!」


 花壇の手入れをする私の姿を見て、村の子供が駆け寄った。一拍遅れて、その母親が後を追う。


「ねえねえ聖女様っ!! あれってどうやってるの? ほらっ!! あの大きくて黄色いお花がぱっと咲く――」

「コラっ……!! 失礼なことを聞くんじゃありません!!」


 子供に追いついた母親が、言葉を遮り叱りつける。若干気まずくなり、愛想笑いでアハハと返答。でもこればっかりは仕方がない。好奇心は止められない物ね。


 母親は屈んで、子供に目線を合わせて話し始める。


「良い? あれは神様の恵みなの。聖女様は神様に訴えかけて、その力を分けてもらっているのよ」

「へー、そうなんだっ!! 聖女様、すっごーいっ!!」


 無垢な瞳が突き刺さる。ここに来てもう結構経つけれど……未だに誰一人として、神の奇跡を疑わないのよね。流石は陸の孤島、恐るべし。


(まあ、ただのギフトなんですけどもっ……!!)


 キラキラ視線に屈しそうになるけども、どうあっても種は明かせない。再度愛想笑いを浮かべながら、ウフフと手を振り返答を。見習い聖女時代のお作法が、随分と役に立っておりますよマイマザー。


「聖女様ー!! またねーーー!!」


 親子が手を繋ぎながら去って行く。さて、今日のお勤めはこれにて終了。花壇に適当に水をまき終え、そそくさと帰路に着く。


 干からびた土くれ、そこに向日葵の姿は既にない。無造作にばら撒かれた種が、空しく地面に散らばるのみ。


 ギフトを使うのは年に数回と決めていた。

 そう何度も使っていたら、こっちの身体がもちませんから!


「しっかし効果てきめんね~ ちょろーっとそれっぽい立ち振る舞いを見せるだけで、こうも簡単に信じるなんて」


 罪悪感が無いかと言われれば、まあゼロではない。だが、押し潰されるって程の物でもないというのが本心だ。実害が出てる訳でもあるまいし。嘘つきだと罵るのならば、気付かぬ方が悪いのだ。


「まっ、こんな田舎じゃ無理ないか! どうせギフトの事なんて、広まってもいないんでしょ? 神様なんているわけないのにね。ばっかみたい!」



 寄付金も、もう大分貯まって来た。いよいよ楽園は近いわね!


 ルンルン気分で歩む帰り道、とある一人のおばあちゃんとすれ違う。


「これはこれは、聖女様じゃないかえ……! お勤めですかの? ご苦労様です」


 おばあちゃんは優しく微笑むと、物憂げな表情を浮かべた。適当にやり過ごして帰っても良かったが、今日は珍しくやる気に満ちていた。


 たまには聖女らしく、悩める子羊を導いてあげるとしましょうか!


「私の思い過ごしならば良いのですが…… もしもお悩みがあるのであれば、是非お聞かせ下さい。どうか致しましたか?」

「ほっほっほ……! 別に悩んどった訳じゃあらへんよ! 聖女様は優しいお方やね……」


 おばあちゃんの視線が移ろい、天を仰ぐ。


「ちと、昔の事を思い出しとったんです。聖女様がこの村にいらした、あの日の事ですよ」

「それは……とっても懐かしい思い出ですね。私が初めて向日葵を咲かせた、あの日ですね……?」


 わずかの静寂の後、おばあちゃんはぽつぽつと話し始める。


「すんごくきれいな、向日葵やったんよ…… あの日見た向日葵が、私の人生で一番きれいなものやったわあ。息子にも、見せてやりたかったなあと」

「息子さん……? 何か、あったんですか?」


 その言葉が、つい口から出た。出過ぎた質問だったかもしれない。追及すべきでは無かったのかも……


「お国は戦争をしとるじゃろ……? 息子にはぎふと?とやらが出ちまったみたいでねえ。何年か前に、軍に連れていかれちまったのさあ…… 聖女様が来るよりも、少しばかり前の話さね」

「そうだったんですか…… 息子さん、ギフトを授かったんですね…… 私、そうとは知らず――」



 …………

 ……………………はい?



「戦いが一段落着くまで、戻って来られえへんみたいでなあ。わたしゃ、心配で心配で…… 出来る事なら、この老いぼれが変わってやりたいんよ……」


 項垂れるおばあちゃん。

 いやいや、ちょっと待って…………!


「村のみんなもなあ。おっどろいとったんよ。息子のぎふと?とか言う、けったいな力に。まさかそんなもんが、この世界にあるなんてなあ……」


 おばあちゃんが、にこりと微笑む。


「息子のは物騒な力だったもんでねえ…… 聖女様のとは、大違いだわねぇ」


 物騒な力?

 軍事利用する為に、連れて行かれたの?

 いやいや、それよりもそれよりも!!


「聖女様のそれも、ぎふとってやつなんだろう?」

「あっ…… えっ……?」


 頭が痛い。目が回る。


「村のみんな、息子が連れて行かれた事で沈んどったんよ…… ぎふとの事も、いつの間にか村ん中では禁句みたいになっとるさかいに。私の事を、気遣ってくれとってなあ」


 気持ち悪い。気持ち悪い。


「そんな時、聖女様がやって来たんさ! 聖女様の向日葵を見て、みんな元気になったんさね! 息子のみたいなけったいな力だけじゃなくって、こんなにも素敵な力もあったんだってなあ!」


 止めて止めて、止めてったらっ!


「この村には、安息が必要やったんよ。聖女様の向日葵は、みんなの心の傷を癒してくれたさかいに…… 本当に、ありがとうねぇ……」


 そう言い残し、とぼとぼと歩き去る。


 いやいや待って……話は終わってない!

 ちょっと待ってって!


「えっ、えっ…………!? なにこれ?」


 思考が停止する。体の震えが止まらない。


「みんな……知ってたって事? 神の奇跡なんて、存在しないって。全部私のギフトの力なんだって…… 知ってて、話を合わせてたって事……?」


 これまで幾度もなく、腹の内で馬鹿にして来た。やっぱり田舎は遅れてる。ギフトの事だって、誰一人知りやしない。


 だからこんなにも簡単に。

 私みたいな悪党に、みんなコロッと騙されるのよ。


「え……? つまりは――」


 一番の馬鹿は、この私――?

 この私、ただ一人だけが。

 何も知らずに浮かれて踊ってた、ただの道化?


「っつ――!!」


 羞恥で顔が焼ける。宿に向かって一目散に駆けた。熱を持った頬、今にも発火してしまいそうだ。


 熱いっ、熱いっ、熱いっ!

 こんな痴態、誰にも見せたくない!


 部屋に飛び込み、すぐさま鍵をかける。久々に全速力で走った。呼吸が上手くできない。


 息が落ち着くと徐々に湧き上がる、負の感情。


「くそっ……! 何なのよっ……!」


 大股でベッドに近づく。どたどたとわざとらしく、大きな足音を立てながら。痛い程に拳を握り、歯をぎりぎり鳴らした。


「何でっ……! 何でよっ!! くそっ……! くそっ、くそっ――!!」


 地団駄を踏み、毛布を引っぺがす。怒りに任せ、周囲の物に当たり散らす。


「もういやっ!! 何なのよっ、コレっ!! 何でっ、なにもかも上手く行かないのよっ!!」


 毛布の上に乗せられていた荷物がひっくり返り、地面へと投げ捨てられた。


 ごとんと、鈍い音。

 それは思いのほか大きく、部屋中へと響き渡った。


「はあっ………… はあっ…………」


 あんな大きな音の出る物、持ち運んでいたっけか? 暴れた事で多少は落ち着いた脳みそに、記憶の欠片が引っ掛かる。


「…………これって?」


 散らばった荷物。

 その中に、鮮やかな黄金を発見する。


 何故だろう。

 先程まであれ程怒り狂っていたにもかかわらず。


 その黄金は、スッとこの胸に染み入った。


 思わず手に取り、ページをめくる。

 すると見開きいっぱいに――



 満開の、向日葵畑が飛び込んだ。



 紙を通じて、その輝きが瞳に焼き付く。


 今まで何度も見たはずのその黄金が、あまりにも色鮮やかで。畑いっぱいに広がる向日葵の群生が、あまりにも美しく。


 向日葵とは、こんなにも美しい花だったろうか? 私の人生の大半は、向日葵と共に在った。でも、気付かなかった。


 いつからだろう? この力を、悪事に使う事しか考えなくなったのは。


「きれい…………」


 思わず、声が漏れていた。


 おばあちゃんの――いや、村人みんなの笑顔が、胸に満ちる。これまでに何度だって紡がれた、感謝の言葉。


 それは確かに聞こえていたはずなのに。

 私が欲しかった物は、いつだって――


『卑しい子。あんたみたいのが、聖女になれる訳ないじゃないの。立場を弁えなさいな、立場を』

『あの人、何であんなに乱暴なの? やっぱり下層の出はアレなのかしら? 早くどこかに行って欲しいわ……』


 何で今の今まで、気がつかなかったの?


『聖女? 下らないですわ! 祈りで民を導けまして? この世はお金、それが全て! そんな当たり前のことも知らない時点で、お話にもなりませんわ!』

『なんだおめぇ? バカ言ってんじゃねぇよ? 強い者が弱い者から搾り取る、それがこの世の真理だろうが! 寝ぼけてんのか?』


 私が、本当に欲しかった物は――

 すぐそこに、確かにあったはずなのに。



『聖女様。きれいな向日葵を、ありがとうねぇ』



「なんなのよ………もう…………」


 雫が頬を伝うと同時に、脳裏をよぎったのは。

 あの日の記憶。


 この身にギフトが宿った、運目の日。

 空の鉢植えに咲いた向日葵を見て、私は何を思ったの? 


 失望? 落胆? 

 いいや、違う!

 一番最初に思ったのは、そんな事じゃないでしょうが!



 ああ、何てきれいな向日葵なんだろうかと――



 私は……感動していたはずじゃない!



『ちゃんと最後まで面倒見てこそ、一流の花職人ってもんでしょ?』


 床に散らばった筆ペンを握りしめ、机に向かう。驚くべき程にクリアな頭、目的は明確ね。


 持ち合わせの羊皮紙は三百枚程。この村の規模なら、それで十分よ。


「あいつの言いなりになるみたいで癪だけどっ……! 良いわっ!! やってやろうじゃないのっ……!!」


 乱暴に書きなぐる聖女の手は、しかし夜通し止まることは無かったという。






 ♢


「おんや? こんな辺鄙な村に、お客さんかい?」


 馬車から降りた女を、男が出迎える。


「こんにちは」


 澄んだ声、柔和な笑み。衣服は豪華絢爛で、胸元では宝石が光り輝いている。男は思わず目を丸くした。まるでその女の周囲だけ、切り取られた絵本の世界であるかの様。


 だが男がそう感じるのも、無理なき話。何を隠そう、彼女は帝国の皇女様。この地区一帯を統治している、皇族なのだから。


 ここは都市からほど遠い田舎町。利便性が悪く、滅多な事では誰も赴かない。皇女が足を運ぶのも、実に何年ぶりの事だろうか。


「貴方、ここの村の人?」


 こくこくと頷く男。丁度いい、彼に尋ねてみるとしよう。


「久々にこの地区に来たんだけど……驚いた…… いつの間にこんな……」



 視線の先、眼前に広がるは――

 辺り一面の、向日葵畑であった。



「美しいわ…… こんなの、見た事が無い……!」


 寄せては返し。まるで光り輝く、黄金のさざ波。風でゆらゆらと揺れ動く絶景に、しばし心奪われる。


「へへっ! 凄いだろっ? この向日葵畑! おいらも帰って来た時、びっくりしたんよ!」

「ここら一帯は不毛の大地だったはずよね? それがこんなにも変わるだなんて―― ギフトでも使ったのかしら?」


 皇女のぼそりとした呟きを、男は聞き逃さなかった。


「いんや。これは村のみんなで育てた向日葵なんだってさあ! おいらも、おっかさんからそう聞いたんよ!」

「育てたって…… この向日葵を? 全部?」


 頷く男。どうにも、冗談を言っている様子ではない。


「今から十年近くも前になるんかなあ……この村には聖女様がやって来たって話でな。そん人が村のみんなに、向日葵の育て方を教えて回ったんだってさあ」

「聖女……?」


 何のことやら分からずに、首を傾げる。よくよく周囲を見渡してみれば、そこかしこに風車が立ち並んでいるではないか。


「あんな風車、前は無かったわよね?」

「あれも、聖女様のお陰なんだあ! 聖女様と村のみんなでお金を持ち寄って、名のある大工に建ててもらったんだとさあ!」


 鼻の下に人差し指を擦りながら、男は得意げに話す。


「今ではあの風車と向日葵は、うちの村の名物なんよ! 農業の方もすっかり軌道に乗って来てなあ……聖女様には感謝してもしきれねぇよ!」


 ここ数年、この村の噂を耳にする事が何度かあった。

 どれもこれも眉唾ではあったが、それがどうにも気になった。


(だからこそ、こうして足を運んでみたのだけれど…… まさか、本当だったなんて……!)


 地平を覆い尽くさんばかりの向日葵、立ち並ぶ風車。


 こんな街外れの村の為に、お金を持ち寄った?

 いったいどんなもの好きか?

 なぜ、そのような事を……


 好奇心が湧き上がり、思わず前のめりになる。


「その者は、いまどこにっ!?」

「さあ? おいらが村に戻った時には、もういなかったんな。なんでも――」


 満面の笑みを浮かべながら、男は続けた。


「『貧しき大地に、満開の花を咲かせに行くんだ!』って、張り切ってたみたいさね!」


 それから何年かして、『向日葵の聖女』の名が大陸中に響き渡るのだが。


 それはまた、別のお話。

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