表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

第6話 『世界一可愛い後輩と過去のお話』

「............そろそろ落ち着いたか?」

「......はい。本当にごめんなさい、先輩」


 もはや何度目かすらも忘れてしまった櫻田からの謝罪を受け、俺は彼女に聞こえない程度の溜息を吐く。ふと時計を見ると、時刻は午後二時を回っていた。そんな中、人っ子一人いないグラウンド脇の階段で、俺と櫻田は二人、静かに座り込んでいた。

 

 結局あの後、妙な雰囲気になって居づらくなったのか、あの二人組は言葉という言葉も残さず、早々にあの場を後にした。

 俺たちもその流れに乗るようにしてあの南校舎一階を離れ、特に目的地を決めることなく適当に歩きつづけた。

 少し歩いたところで午後から自分のクラスの店番があることを思い出すも、こんな状態の櫻田を教室に立たせるわけにもいかないと思った俺は、櫻田は一瞬だけ人気のない場所に置いて、二人分の店番を代わってくれる人を探しに行った。


 ウチのクラスには優しい人が多いらしく、十数分も歩き回れば、代わりをしてくれる人が見つかった。......これでまた、明日から二人クラスで浮くことになるのだろうが、背に腹は代えられない。 

 とまあ、そんなこんなで今に至るわけだ。本当、今日はろくでもない日だな。


 ............それはそうとして、一体何から話を聞いていけばいいのだろうか。正直、今の彼女に対してどのような対応をしたら良いのか全く分かっていなかった。

 櫻田の表情は、俺の知っているどれとも一致せず、何を考えているのかちっともわからない。

 知りたい、どうにかしないといけないという思いはあるのだが、それよりも下手に触れて地雷でも踏んでしまったらどうしようかという心配もあり、俺の優先順位はどちらかと言えば後者の方に軍配が上がってしまっていた......が。

 一つだけ、これだけは聴いておかなければ、今夜眠ることすら許されなくなるようなことがあった。悪いが、それだけは聴かせてもらうぞ。


「なあ、櫻田」

「.........はい」

「一つだけ聞いておきたいんだが...............俺は、櫻田の何なんだ?」

「.....................」


 先ほど櫻田が言った『彼氏』という言葉。.........まあ、あれは二人組を怯ませるために用いた言葉なのだろう。しかし、それを抜きにしても、俺と彼女との関係性というものは当事者である俺もよくわかっておらず、気になっていたことではあった。しかし、なかなかタイミングがつかめず、聞き出すことができていなかったのだ。

 ......櫻田は、何故俺に構う? 

 こう言っちゃあ庇ってくれた櫻田に申し訳ないが、あの二人組が言っていたことは本当のことだった。パッとしなくて、面白くなくて、勉強もできなくて、運動も......まあ、あって平均くらいだし、頼りないし......ああ、挙げだしたらキリがない。

 

「......あの言葉のことですか?」

「まあ、そんなところだ」

「......まず最初に断っておきますけど、私は、先輩のことを彼氏だとは思っていないです。まあ、それは先輩も分かってはいるでしょうけど。

 本当は、ちょっとだけ、ちょーっとだけあの人達の言葉にイラっとして、言い返してやろうと思っただけなんですよ。けど.........私は今この言葉を、そんなことに使っていつか後悔しないのかなって思ったら、自然と最後の言葉が弱くなっちゃって......」


 照れ笑いするように、そして自嘲するようにして笑みを零しながら、彼女は続ける。


「ま、まあそれはいいとしてですね。改めて問われると、先輩は私の............何なのでしょうね。正直......今の私にはわかりません。というより、いろいろな意見が私の頭の中で散乱して結論が出ないんです。便利なパシリだという意見や、ただの友達だという意見や、はたまた.........いえ、やっぱり何でもないです」


 ......なるほど。まあ、変に意識しちゃうと余計にこんがらがるのはどんなことでもよくある話だ。確実に分かることと言えば、どんなに迷走した思考をしようとも、俺が櫻田の彼氏だと結論付けられることだけはないということくらいだろうか。

 

「.....................」

「.....................」

 

 櫻田の体調不良を理由に当番を代わってもらったが故に下手に校舎内を歩き回るようなこともできず、依然としてあまりよろしくない空気感の中、二人は口を噤んだまま隣り合って座っていた。

 

 しかし、こいつがここまで大人しくしているのは初めて見たかもしれない。いつもこの調子なら、俺の生活が脅かされずに済むのになあ。


 ..................。


 ううむ、気まずい。

 地雷を踏むまいとして話を振っていなかったが、その結果がこの居心地の悪さなのだとしたら、もはやその行為に意味はない。......ここは思い切って、さっきからずっと気になっていたことでも聞いてみようか。俺は、少々吃りながらもその言葉を紡いだ。


「なあ、櫻田」

「......はい、なんですか?」

「いやさ、これは話したくなければ話さなくてもいいんけど.........櫻田とあいつら、もともとどんな関係だったんだ?」

「.........あー」


 明らかに乗り気ではないリアクションが隣から聞こえてくる。まあ、仕方のないことだろう。俺が苦い過去を話したくはないのと同じように、櫻田も、苦く消してしまいたい過去......なのかはまだ分からないが、そういった類の話はできればしたくないだろう。


 しかし彼女は、ちゃんとした返事がないままに数秒間黙っていたかと思えば、その後、やはりあまり乗り気ではないような声色ではあるが、言葉を紡ぎ始めた。


「.........本当はまあ、話したくないんですけど、先輩には今日はいろいろと迷惑をかけてしまっていますし、それに何より、このままでは私の気持ちが整理できないので.........聴いてもらっても、いいですか?」


 俺から振った話を断る理由もなかったので、もちろんだと伝えると、これまた数秒間かけて話の準備を行ってから、彼女は語りだした。


「関係性だけの話をするのなら、私と彼女らはかつて『友達』であったのだと思います。......どうしてそんなに曖昧な言い方をするのかと言うとですね、その『友達』というものは、外から見た私たちの関係だったからです。

 その二人、表面は模範的とまでは言わずともそれなりにちゃんとした人柄なんですけど、その顔が裏を向くと、なかなかに酷い奴等でしてね。パシリ、荷物持ち、カツアゲは日常茶飯事で、一番過激だった時期では、万引きを命令されたことまでありました。まあ、さすがにそれは私も従わなかったですけど」


 淡々と語る櫻田であったが、正直、俺は彼女の言うことをいまいち信じることができていなかった。よしんばあの二人がそのような性格の持ち主なのだとしても、その標的をこの面倒くさい櫻田にするとは到底思えない。

 そのような旨の言葉を櫻田に伝えると、彼女は少々苦い顔を浮かべながら、答える。


「私が面倒くさいかどうかは一旦置いておいて、確かに先輩の言うことはもっともですね。『今の』私のような人を標的にしたいいじめっ子なんていないでしょう。そう、『今の』私だと」


 それは一体どういうことなんだと俺が問い質す前に、彼女は言葉を続ける。

 

「.........これもあまり言いたくなかったんですけど、実は私って、中学を卒業するまでは弩が付くレベルで大人しい人間だったんです。特に人見知りが激しくて、初対面の相手に対しては全く喋ることができなくてですね。そんな様子を見て、私を標的にしたのでしょう」

「......そう、なのか」


 いろいろとツッコみたいところはあったが、今だけはそれをぐっとこらえて、相槌だけを打つ。

 彼女は、乾いた笑みを浮かべながら、再び口を開いた。


「半年以上経った今ならもう彼女たちのことも克服していると思っていましたが、全くもって駄目でした。姿を見ただけで身体中に寒気が走って、言葉を掛けられた瞬間には涙が出てきそうで、むしろ中学生の時よりも酷くなってしまっていまして、情けないばかりです。あはは......」

「...............何も、情けなくなんかないだろうに」

「......先輩?」


 らしくない言葉に驚いたのか、櫻田は、今までは決して見せようとしなかった顔を上げてこちらを見た。それに構わず、続けて言葉を紡ぐ。


「だって、それ櫻田が落ち込むことじゃないだろ。お前、今回ばかりは悪くないんだし」

「そう、なんですかね。そうあって、欲しいんですけどね.........」


 俺の言葉を受け、彼女はそんな言葉を零しながら、再び俯いてしまった。

 よほど気を落としているのか、彼女の声音はなかなか元通りにはならない。いつもの腹が立つほどにポジティブなこいつは何処に行ってしまったのか。

 

「............」


 続けて彼女に対して掛けるべき言葉を探すも、なかなかそれが見つからない。

 そんな調子のまま、もう、時間が解決するのを待つべきかと匙を投げてしまいそうになったその時、今度は、彼女の方から声がかかる。


「先輩は、いつもみたいな私の方が好きですか?」


 内容も相まり、俺は驚いて咄嗟に彼女の顔の方へと視線を向ける。無意識のうちに独白を口にしてしまっていただろうか。

 そんなことはないだろうと思いながらも、念のため確認を取る。


「いや、私が勝手にそう思っただけです」


 そんな言葉にひとまず安堵しながら、俺はふと思考を巡らせる。

 そして、その思考通りに、正直に答えを述べた。


「ま、まあ......好きっていうか、落ち着く? のかな、多分......」


 自分でもよく分かっていなかったが、好きというには些か難があるような気がしたので、そのような言葉で形容する。


「.........じゃあ、完全な失敗では、なかったんですね」


 その言葉を漏らしたその刹那、ほんの少しだけ、彼女の口角が上がったように見えた。

 果たしてどのようなメカニズムでそうなったのかは全く分からなかったが、彼女の気持ちがほんの少しだけでも前を向いたのなら、それに越したことはない。

 まあ、願わくは、もう少しだけ説明が欲しいところだが。

 

「......さっきも言いましたけど、私はもともと、かなり大人しい性格の持ち主だったんです。.........いえ、その言い方では少し語弊が生じますね。

 私は、もともとかなり大人しい性格の持ち主で、それは今も変わっていないんです」


 幾分が経ち、俺が何のリアクションも示さないことを見てか、櫻田はそう語り始めた。

 どの口がそんなことをほざくのかと少々呆れかけはしたが、話の腰を折りたくはないので、黙って聞いておく。


「でも、私はそんな自分が嫌いで、中学を卒業して高校へと入学するまでの期間に、『新しい自分』を創りました。明るくて、物怖じしなくて、自分に自信があって、とにかく、今までの自分とは真逆のような自分を」

「............」

「だから、先輩が.........この学校の人たちが知っている『櫻田詩乃』は、実は本当の私ではないんです。私が、私のために創りだした、言わば偽物の私、なんです」


 正直、彼女の言う言葉を今この瞬間に咀嚼し、自分の認識を上書きすることは出来なかった。俺が今まで何となしに接していたこいつが、偽物の、創り上げられた性格であるなどと疑ったこともなかったからだろう。

 しかし、この言葉を他の誰でもない本人が言うのだから、それは間違いのないこと。

 .......ただ、それを咀嚼し飲み込んだ後に、俺の頭の中にはたった一つの疑問が残る。

 櫻田の性格が昔と今で違うのは分かった。だが、それは一般的に、『性格が変わった』と表現するのが正しいのではないだろうか。わざわざ『偽物』と言う必要は、果たしてあるのだろうか。

 そんな疑問を晴らすかのように、彼女は再び言葉を続ける。

 

「.........でも、先輩や他の人は欺けても、どうしても、自分だけは欺くことが出来ませんでした。過ごす日常が違和感だらけで、私が、私じゃないような感覚を毎日のように抱いて。

 そして、とどめはさっき喰らいました。過去の自分を知る人から、必死に今の自分を演じる私に、彼女らは言ったんです。

 『向いてないからやめた方がいい』って。

 良くも悪くもいつも私のそばにいた彼女らが言うのだから、きっと、それは間違いありません」


 最後に、櫻田は儚げに笑いながら、言う。

 

「......だから私は、今日を以てこの性格を捨てようと思ったんです」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ