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第5話 世界一可愛い後輩と文化祭

「はあ、文化祭とか来ずに家でだらけていたかったのに」

「いやいや、センパイ。()()()一緒に回る相手がいるんですからそこまで陰気になることないでしょうに」

「今年はってなんだよ今年はって。そもそも去年は参加してねえよ」


 二学期が始まってから約半月ほどが経った九月十日。本日は我らが陽星高校で文化祭が執り行われていた。

 不幸中の幸いというべきか、去年は例の件(第二話参照)のおかげで文化祭の参加を回避することができていたのだが、健康体の今ではそうもいかない。それに加えてクラス企画の店番などもあるので、俺はしぶしぶ高校へと足を運んだのだ。

 まあ、店番は昼からだしそれまでは適当にどこかでスマホでもいじっていればいいかなと思っていたのだが、俺は、今隣にいるこいつの存在をすっかり忘れてしまっていた。何たる失態.........そして、流砂にはまったアリ()を、アリジゴク(櫻田)が見逃してくれるはずもなく。


「ほら、午後からは私たちのシフトなんですから、午前中に行けるだけ行っちゃいますよ!」


 校内マップを眺めながらそう言う櫻田のテンションは、文化祭開始の放送が流れてから一向に下がる気配を見せなかった。......はあ、まったく。こういうイベントはやりたい人だけでやってもらえないものだろうか。


「なあ櫻田。一つ聞きたいんだが」

「なんです? 時間が無いんで手短にお願いしますね」

「大した疑問じゃないんだけどな。ただこんな死んだ魚のような目をしてる奴と回って楽しいのかなって思って」

「いや全然」

「そこ断言する?」

「単なる嫌がらせですよ。い・や・が・ら・せ」

「ここまで性格悪いといっそ清々しいな」

「えへへ、よく言われます」

「褒めてねえっつうの」


 まったく、家ではあんなに家庭的なのに、どうして学校となるとこうなってしまうのだろうか。もはや陽星高校七不思議の一つとして挙げても違和感は微塵も覚えないだろう。


「それで? 次はどこに行くんだ?」

「おっ、センパイ。ようやく乗り気になってきました?」

「......いや、こんなところに突っ立ってお前と喋っているよりかはどこかの出し物にでも行った方が有意義だと思っただけ」

「またまたぁ。照れ隠しなんてしても私にはお見通しですよ」

「はいはい。んで? どうするんだ?」

「......そうですねえ。そろそろお昼も近いですし、二年生のフロアにでも行きますか? 今年は飲食を扱ってるクラスが多いですし」

「............そうだな」


 俺は、櫻田のごく普通な提案に対して、ひどく曖昧な返事をする。完全なる俺の我が侭なのだが、正直出来ることならば二年のフロアには近づきたくはない。文化祭に参加している時点で過去の友人と鉢合わせる可能性は捨てきれないが、彼らのフロアに行くとなれば、その中の誰とも会わない方が難しい。


「............ああ、なるほど、そういうことですか。......まあ、それなら無理にとは言いませんけど」


 数秒して、櫻田は俺の考えていることを察したのか、そう返してきた。らしくもない彼女の心遣いが俺の心をチクリと刺す。いつもなら縄で縛って引きずってでも連れていくだろうに、どうしてこういうときに限って妙な優しさを見せてくるのだろうか。


「何なら、私が買ってきましょうか? ————手数料として二倍の料金をいただきますケド」


 そう思った矢先、櫻田は妖しげな笑みを浮かべながらそう言った。.........まあ、そうだよな。こいつが無償の愛を俺に与えてくれるはずがない。

 しかし、二倍かあ。即刻断るような金額でないところに、こいつの意地の悪さが見え隠れしている。しかも、何を買ってくるかは櫻田の気分次第ときた。どう考えても頼まないのが俺のためだが.........せっかく重い腰を上げて来た文化祭で、あまり気分の悪いことはしたくない。


「じゃあ、お願いしてもいいかな」

「へ? ......ああ、はい。分かりました。じゃあそこら辺のベンチにでも座って待っててください」


 予想外の返事だったのか、櫻田はどこか不機嫌そうな顔をしながら俺にそう伝えると、「それじゃあ行ってきますね」と言い、足早に去っていった。

 俺は彼女を見送ると、言われたとおりに、一定間隔で設置されているベンチの一つに腰を下ろし、彼女の帰りを待った。


             *  *  *


「センパイも、もう少し楽しそうにしてくれたっていいのになあ.........」


 私は三階へと移動した後、八つ折にされた校内マップを広げて眺めながら、そんなことを誰に言うともなく呟いた。まあ、あの人がこういったイベントを全く楽しみにしていなかったことは準備の段階から分かっていたことだ。けれど、表面だけでももう少しテンションをあげてくれないと、一緒に回るこちらとしてもあまり気分はよろしくない。......いや、そもそも連れまわしてるのは私だからその理屈はおかしいか。


 うーん、それにしても、お昼ごはんの代わりになりそうなものはあまりないなあ。

 準備や提供時のことを考えると仕方のないことなのかもしれないが、今年の飲食店は、フランクフルトやフライドポテトなど、メインと言うよりかはサブに適しているようなものを販売している店が多かった。......けれど、ここまで来て「良さそうなものがありませんでしたー」と戻るのはさすがに格好がつかない。

 仕方がない。辛うじてメインになりそうな焼きそばと、ちょっとしたものを少しずつ買って帰ろう。私は、昼時になって混雑し始めた三階フロアを、少しの覚悟を持ち歩き出した。


             *  *  *


「.........遅いな」

 

 俺はそう呟きながら、一瞬だけスマホのディスプレイを点灯させた。どうやら、櫻田を見送ってから早二十分弱が経過したらしい。しかし、未だに彼女は戻ってきておらず、連絡の一つもなかった。まあ、俺とて飲食系の模擬店が昼時混雑するということくらいは分かっている。さすがに櫻田が相手であろうと、理不尽な要求をするつもりはなかった。


 問題は俺の腹のことではなく、もっと別のところにある。先にも言った通り、今の時刻は十二時を少し回ったくらいで、生徒も来客者も、昼飯をとる時間帯になってきた。そんな時間帯に、果たして俺はベンチを一人で占領していていいのだろうかとふと疑問に思ったのだ。周りからはがやがやと昼食を楽しむ声が聞こえてくるし、正直場違い感が否めなく、居心地もすこぶるに悪い。

 

「..................」


 仕方がない。ちょっと様子を見に行ってみるか。

 俺はそう決心すると、重い重い腰を上げ、少しだけ伸びをしてから約二十分前の櫻田の後を追うように、三階フロアへと向かった。



「うわあ......結構な人だなこりゃ」

 

 一人でいる俺がそう呟いても誰もこちらを向かないくらいには、三階フロアは人で賑わっていた。これなら、二年の連中にもそうそうバレまい。しかし、それと同時に櫻田を探すことが困難であることにも気づき、どうしようかと考える。

 .........まあ、電話で今の状況を聞くのが無難か。

 人ごみから少し離れ、スマートフォンを慣れた手つきで操作する。無料メッセージアプリの電話機能を使い、櫻田に電話をかけた。

 四回ほどコール音が鳴った後、通話は始まった。


『.........どうかしましたか、センパイ?』

「ああ、今どういう状況かを聞きたくてな。もしかして、どこかの列にでも並んでる感じか?」

『.........ええ、そうですね。そんな感じです』

「...............? 櫻田、何かあったのか?」

『へっ? い、いや別に何もないですケド......』

「ふーん.........というかお前さ。......今、どこにいるんだ? って、おい櫻田!」


 俺がそう問うた途端に、通話は一方的に終了した。......一体、何がどうなっているというんだ。返す言葉全ての様子が変だし、そもそも今、櫻田が今本当に三階にいるのかも定かではないし。事件......とまではいかなくても、面倒ごとに巻き込まれているという可能性は大いにあるかもしれないな。


 しかし、このままでは手掛かりが少なすぎる。闇雲に探し回るだけでは、きっと発見までに日が暮れてしまうことだろう。いやはや、どうしたものか。


「.....................」


 目撃情報を聞くか......いや、この人の多さでいちいち人一人のことを覚えているはずがない。まあ、かなり特徴がある人物なら別だが、非常に残念なことに、あいつは口を開かなければただの美少女でしかないので、これを使うのは少し難しい。


「.........結局、足を使って探した方が早そうだな」


 様々な案を考えた結果、俺はそういう結論にたどり着く。入れ違いにならないよう、一応メッセージアプリで言葉を残してから、俺は早速廊下を少し速足で歩き出す。今のところ分かっていることと言えば、櫻田の周りにはほとんど人がいないということだけだった。しかしそれも、電話越しに周囲の話し声や雑音などがほとんど聞こえなかったからそう決めつけただけであって、それが正しいかどうかは、まだ分からない。

 けれど、何もせず突っ立っているよりかは幾分かましだ。

 ............ああもう、何で俺がこんなことをしなくちゃならないんだよ.........!

 そう思いながらも、前に進んでいく俺の足が止まることは決してなかった。



 ——そして。


「.........あっ! ようやく見つけた」

 

 歩きつづけること約三十分。南校舎の一階にて、ようやく櫻田の姿を確認することができた。ここは普段俺たちが授業を受ける北校舎とは違い、特別教室しかないため、必然的に文化祭の日には人がいない。そんな南校舎で何をしていたのかは謎だが、これでようやく昼食に有りつくことができる。......って、ん?


 物陰に隠れて見えていなかったが、どうやら彼女は誰かと一緒にいるらしい。......まあ、そりゃあ一人でこんな場所に来るはずもないか。

 クラスTシャツや制服を着ていないことから、外部の人なのだということが瞬時にわかった。中学時代の友達か何かだろうか。

 俺はのんきなことを考えながら、ゆったりとしたスピードで更に足を進めた。

 (俺の負担が減るので)旧友とよろしくやるのもいいが、倍も料金を払うのだから、料理の提供くらいは冷めないうちにしてもらいたかったものだ。


「おい櫻田。こんなところで何道草食ってるんだよ」


 そう声をかけると、櫻田は俺の言葉に弾かれたようにしてこちらを向き、一言。


「あっ、センパイ......」

「? どうしたんだよ」


 弱弱しい声音を扱い、今にも涙が零れそうになってしまっている櫻田に少々困惑し、そう問う。しかし、その答えを櫻田が言う前に、先ほどから俺の登場に気が付いていたであろう二人の女性の内の一人が口を開いた。


「あんたが詩乃の言ってた『センパイ』って人?」

「へ? ......ああ、多分そうだと思いますけど」


 質問の意図がよく分からないながらも、曖昧ではあるがそう返答する。すると彼女らは、堪えることを知らぬと言わんばかりに大笑いを始めた。正直会話の流れは全く読めないが、今俺がこいつらに馬鹿にされているということだけは分かる。

 とは言え、どこの馬の骨とも知れぬこの人たちに仕返しをするというのもあまりよろしくない。この状態で相手を嘲笑したりすれば、すぐさま俺は彼女らと同じ土俵に立つことになってしまう。それだけは避けなければ。



「ちょっと詩乃ぉ~。あんた男なら何でもいいタイプの人? それともB専? やめときなよぉ~。

 まあでも、ちょっとお似合いかもね。あははははは————」


 そんなことを考え、耳に障る卑しい笑い声を聞き流していると、先ほど俺に言葉をかけたのとは違う方は笑いを必死にこらえながら、今度は櫻田に向かってそう言う。言葉だけを聞けば一般的な女子高校生同士の会話として捉えることができるが、如何せん櫻田の挙動がおかしいので、そういうわけでもないのだろう。......というかそもそも、こいつらは俺と櫻田の関係を何だと思っているんだろうか。どう見ても主人と奴隷だろうが。


 彼女らは、櫻田や俺がだんまりを貫いているのをいいことに、二人のみで会話を続けた。


「ほんと、冴えない顔してるしねえ」

「詩乃にパシリまでさせて、ひっどいわあ」

「ね。うちらの詩乃を何だと思ってるんだろう」

「頭も良くなさそうだし」

「運動も出来なさそう」

「それに——」


 ——おうおう、黙って聞いてりゃ、一分前に会った人間に対して随分と好き勝手言ってくれるじゃねえか。普段の櫻田にも言われたことがないぞこんな言葉。.........はっ、まさかこれは、普段の櫻田の言動をマシに思わせるためのマッチポンプ.........なわけないよな。

 それにしても、どうしたものか。櫻田の手を無理やり引いてこの場を離れてもいいが、そもそもこいつらの関係性が見えない以上、変なことをしては更にそれがこじれてしまう可能性がある。

 なんて、頭ばっかりで考えていると。


「さっきから聞いていればセンパイについてのあることないことを好き勝手言って......! あなた達がセンパイについて何を知っているって言うの!?

 確かにセンパイは馬鹿だし意気地なしだしダブるし馬鹿だし付き合い悪いしすぐにサボるしいつも死んだ魚みたいな目してるし馬鹿だけど.........!」

「おいまてこらおい」

「それでもセンパイは、私の大切な————」


 櫻田は、ずっと閉じ込められていた檻から放たれた猛獣かのように、先ほどとは打って変わって、はっきりとした声色で次々と言葉を放つ。

 しかし、そこまで言うと、まるで燃料が切れたかのように、櫻田は言葉を止めてしまった。突然発された言葉たちに、アホ二人に加えて、俺までもが呆気にとられる。

 そんな雰囲気がさらに発声を妨げたのだろう。彼女は最後に、虫の羽音かのように弱々しい声色を用いて一言だけ言葉を紡いだ。





「————大切な、彼氏なんだよ............」

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