第2話 訳アリ先輩と過去のお話
俺は去年の春、我らが陽星高校に入学した。......理由? そうだなあ。理由らしい理由もなかったけど、強いて言うなら家から自転車で通える圏内だったのと、あとは自分の学力ともそれなりに合致しているってところかな。
まあ、それは別にいいさ。
それで、入学してからは特に当り障りのない生活を送っていた。今とは違って普通に友達もいたし、普通にバイトして普通に遊んで。.........まあ、残念なことに色恋沙汰とかはなかったけど。それでも、それなりに充実しているなあ、なんてことはぼんやりと思っていたりもしたもんだ。今となっては、出来ることならその時の自分をぶん殴ってやりたいくらいだが。
それで、夏休みくらいかな。俺は何を勘違いしたのかは知らないが、だんだんと調子に乗るようになっていった。中学生の時と比べて行動範囲や出来ることがかなり広がり、まるで自分が何でもできるかのような錯覚にさえ陥っていたのかもしれない。
そんな中、夏休みの最終週にとある天罰が下る。
夏休み中、勉強も碌にせず遊びにかまけていた俺は、その日も例に漏れず友人と自転車でショッピングモールへと遊びに出かけていた。その帰り道のことだった。
友人二人と駄弁りながらのろのろと、そしてふらふらと自転車を走行させていた。そして、額に浮かんだ少量の汗を拭おうと片手をハンドルから離したその時、あろうことかペダルを思いっきり踏み外して、バランスを崩してしまい俺は自転車ごと車道へと飛び出した。
車道というものは当たり前ながら自動車が走っている道なわけで、俺は後ろから走ってきた自動車に轢かれた......というよりかは撥ねられた。
幸いその車があまりスピードを出していなかったおかげで、後遺症が残るような怪我にはならなかったものの、それでも簡単な手術やそれなりのリハビリが必要なくらいには身体が傷ついた。
また、俺が失ったのは時間だけではない。全部ではないとは言えど、相手の車の修理代を出すために今までバイトをして貯めたお金は一瞬にしてなくなり、親や友人からの信頼も今までの物に比べるとかなり薄いものになった。
それから半年弱の時間が過ぎ、リハビリが終わり、それなりに歩けるようにもなった。だけど、その頃になると俺は学校へと行けなくなっていた。恥ずかしかったんだ。自分勝手なことをして周りに迷惑を掛けて、それでもなお学校で今まで通り過ごすということはできそうにもなかった。
そんな状態をずるずると引きずって、結局その後、教室に顔を見せることはできなかった。
もちろんそんな状態だから進級もできない。テストの点数も足りなければ、出席日数も足りない。担任もさすがに庇いきれないと言っていた。まあ、当たり前だ。あのまま進級したところで、どうせ二年の終わりにも同じことを言われるだろうからな。
俺は選択を迫られた。陽星高校を辞め、通信学校や高卒認定を取り大学へ進むか、もう一度一年生をやる、即ち留年をするかという二択を。
事情がどうであれ、多分進級できなかった人たちの大半が通信や高卒認定の方を取るだろう。まあ、それは極めて妥当なものだと思う。そうすれば、経歴を見なければ実質的に留年自体はなかったことになるのだから。
「.........なら、何故センパイは留年を選んだんです?」
.........うーん、なんて言ったらいいんだろうなあ。多分だけど、すげえ自分勝手なことだけど。俺はこれ以上"逃げたくなかった"んだと思う。別に通信や高卒認定が悪い選択肢だとは言わない。けど、俺には合ってないだろうなと感じたんだ。ただでさえ普通の高校でサボりにサボった人間だぜ? それよりも規制が緩い環境でサボり癖が酷くなることはあっても、治る事なんてあるわけがないだろうよ。
そんな結論に至った俺は、自分を縛り付けるための様々な条件を引っ提げて両親に懇願しに行った。もう土下座をもする勢いだったよ。
その結果、色々と小言を言われはしたけど、俺が予想していたよりはすんなりと留年を許可してくれた。......まあ、今思えば、半分呆れられていただけなのかもしれないけどな。
.........大雑把に言ったらこんな感じかな。改めて思い返してみると俺って本当にバカみたいなことしかしてないなあ。しかも、あの時あんだけ決意を固めていたのに、まだ半年弱しか経っていない今ですらこの様ときた。......はあ、マジで何やってるんだろう俺。高校とか中退して一秒でも早く働きに出た方が良いような気がしてきた。
「そんなことをしていても、センパイは一生何かから逃げ続けるだけですよ」
はは、違いねえ。まさか後輩に諭されるとは思わなんだ。って、学年的には後輩ですらないか。.........でもなあ、分かんねえんだよ。今更どうやってこのサボり癖や逃げ癖を治せばいいかなんて。
「それを見つけることこそが、治療の第一歩だと思いますけどね」
とてつもなく耳が痛い。
「............まあでも、どうしても無理だと言うのなら、私がセンパイの癖を治すのを手伝ってあげますよ」
.........は? 今何って?
「だ、だから! 私がセンパイの手伝いをしてあげるって言ってるんです!」
櫻田............お前今日どうしたんだ? 俺の心配をするなんて柄にもない。
「私がセンパイの心配をすることって、そんなに変なことですか?」
まあ、普段の櫻田の俺に対する態度や言動を考えると、変に勘繰ってしまうのはもはや当然のような気はするが。
「.........むぅ、そうですか。まあでも、それも仕方ないかもしれませんね」
......? どういうことだよ。
「だって私、別にセンパイのために手伝うわけじゃありませんから」
おっと、急に流れが変わったぞ。ならば本意はなんだ。怒らないからほら、言ってみろよ。
「だって、センパイがこの学校を退学しちゃったら.........」
————しちゃったら?
「......私は一体誰で遊んだらいいんですか!」
............いや知らねえよ! というか、そもそも『人で遊ぶ』という発想をやめろ。本当に俺がいなくなったらどうするつもりだ。
「そりゃあ、まあ、新しいおもちゃを探すだけですけど」
怖っ。ついに『おもちゃ』とか言い始めたぞこいつ。しかもさも当然の事かのように淡々と言うなよ。
もしかしなくても、俺よりお前の方が治療が必要なんじゃねえか?
「いやいや、センパイの癖の治療の優先度合には敵いませんって」
いや、さすがにそこまで落ちぶれた覚えはないんだけど。......え? もしかして俺って相当なろくでなしだと思われてる?
「...............とにかくですね。センパイを私のパシ——おもちゃにするために、私がサポートをしてあげます。だからセンパイも、自分でできることはしっかりとやってくださいね?」
言い直さなくてもいいよ別に。というかそれじゃあ扱いのグレードが悪化してるだろ。はあ。............まあ、俺とてこれ以上物事を投げ出したくないし、動機は何であれそこまで言われちゃあ、頑張らないわけにはいかねえなあ。
「えへへ、計画通りです。では、これからもよろしくお願いしますね、センパイ」




