最終話 『櫻田詩乃』が俺にだけ構ってくる理由。
櫻田が学校を休んで三日が経った。
あの日、夕日に染まる屋上で彼女の告白を拒絶にも等しい形で突き放してしまってから、俺の時間は止まったままだった。教室に彼女の姿がない。ただそれだけのことなのに、世界の彩度が二、三段階は落ちたように感じる。休み時間になっても、あの甲高い声は聞こえてこない。放課後になっても、有無を言わさず俺の予定を乗っ取る嵐のような存在は現れない。
静かだ。
俺が望んでいたはずの、平穏な日常。それが、今ここにある。それなのに、胸にぽっかりと空いた穴は、日増しに大きくなっていくようだった。その穴を埋めるかのように、後悔という名の冷たい風が、絶えず吹き込んでくる。
初日、俺はただ戸惑っていた。あんなことがあったのだ、一日くらい休むのも仕方ないだろうと。きっと明日になれば、いつものように「センパイのせいで寝込みました。責任取ってください」なんて理不尽なことを言いに来るに違いないと、そう高を括っていた。
二日目、櫻田は来なかった。メッセージアプリを開いても、彼女からの連絡はない。既読にすらならない俺からの「大丈夫か?」というメッセージが、虚しくトーク画面に残っている。この頃になると、俺の心には焦りが芽生え始めていた。クラスメイトが「櫻田さん、どうしたんだろうね」「高瀬、何か知らない?」と声をかけてくるたびに、「さあな」と素っ気なく返すのが精一杯だった。俺が原因だなんて、口が裂けても言えなかった。
そして、三日目。
櫻田の机は、相変わらず空っぽだった。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。その光景を見ていると、俺の胸は耐え難いほどの罪悪感で締め付けられた。
俺が、彼女を壊してしまった。
あの時、もっとマシな対応ができていれば。彼女の勘違いを、もっと早く解いてやれていれば。いや、そもそも、俺があんな中途半端な態度でいたから、彼女を不安にさせてしまったんだ。
やはり、全ての元凶は、俺だ。
昼休みのチャイムが鳴り響く。ざわめき始める教室の中で、俺は一人、拳を強く握りしめた。もう、これ以上、見て見ぬふりはできない。逃げているだけでは、何も始まらない。それは、他ならぬ彼女自身が、俺に教えてくれたことだった。
その日の放課後、俺は櫻田の家に向かって、無我夢中で自転車を漕いでいた。逸る気持ちを抑えきれず、ペダルを踏む足に力がこもる。
何を話せばいいのか、頭の中はぐちゃぐちゃだった。謝罪の言葉、誤解を解くための説明、そして......俺自身の、本当の気持ち。それらが整理できないまま、ただ、彼女に会わなければという一心だけで、俺はペダルを回し続ける。
見慣れたアパートの前に着き、乱暴に自転車を停める。階段を駆け上がり、櫻田の部屋のドアの前に立った。逸る心臓を落ち着かせようと深呼吸を一つするが、どくどくと脈打つ音は静まるどころか、むしろ激しさを増していく。
意を決してインターホンを押すと、数秒の間を置いて、ガチャリとドアが開いた。顔を覗かせたのは、憔悴しきった表情の翔太君だった。
「......高瀬さん」
「翔太君......櫻田は、いるか?」
俺の問いに、翔太君は力なく頷いた。
「......姉ちゃんなら、います。でも、ずっと部屋に閉じこもったままで.....ご飯も、ほとんど食べてなくて......。高瀬さん、何か知っていませんか?」
心配そうに俺を見上げるその瞳に、俺は嘘をつけなかった。
「......ああ。全部、俺のせいなんだ」
そう言うと、翔太君は何かを察したように、黙って俺を中に招き入れた。
静まり返った廊下を進み、櫻田の部屋の前に立つ。ドアは、固く閉ざされていた。まるで、彼女の心を象徴するように。
一度深呼吸をすると、コン、コンとドアをノックする。しかし、中からの返事はない。
「櫻田、俺だ。......ちょっと、話をしないか」
「......」
冷たく乾いた廊下に響くのは、俺の情けない声音だけ。だが、こんなところで諦めるわけにはいかない。
「......なあ、頼む。開けてくれ。お前が勘違いしていることを、ちゃんと説明させてくれ」
そう懇願しながらも、以前のように無理矢理部屋の中へと入り込もうとドアノブに手をかけた。だが、押し込もうとしても、それは押し返されてしまう。
部屋に鍵など付いていないだろうから、きっと、櫻田が内側からレバーを押さえているのだろう。
「......帰ってください」
ようやく聞こえてきたのは、絞り出すような、か細い声だった。その声はひどく掠れていた。
「帰れない。お前の顔を見るまでは、ここを動くつもりはないぞ」
「......もう、高瀬さんには関係のないことです」
「関係ないわけないだろ......! 他でもない俺が、お前をこんな風にしたんだから......!」
俺は、ドアに額を押しつけるようにして声を絞り出す。
「......私、高瀬さんと逢えて本当によかったです。私がやりたかったこと、いっぱいできました」
しかし、櫻田は俺と対話をする気すらないのか、脈略のない言葉をぼそりと紡ぐ。それはまさに、別れの言葉を告げるかのように。
「......でも、だからこそ、私はもう『世界一可愛い後輩』なんて軽口は叩けません。高瀬さんに迷惑がかかってしまいますし。......それに、何より。やっぱり、私には合っていないですよ、『世界一』『可愛い』後輩だなんて」
彼女が紡ぐその一言一言が、鋭い刃となって俺の胸を突き刺す。
俺には、目の前に設置されている扉を無理矢理に開ける勇気など、持ち合わせていなかった。あの日の屋上での失態が、身体を鉛のように重くする。
だが、それでも。俺は、この扉を開けなければならない。彼女を、この暗闇から引きずり出してやらなければ。きっと、それが俺の責務だから。
そう、『無理矢理に開ける』のでは駄目だ。ちゃんと、櫻田が納得した上で開けなければならない。
俺は、一度、大きく息を吸った。そして、腹の底から、ありったけの想いを込めて、言葉を紡いだ。
「......俺は、お前に『世界一可愛い後輩』であってほしいだなんて思ったことは、一度たりともない。......そんなもの、要らないなら捨てちまえ」
「............っ!」
すぐ近くで、息を呑む音が聞こえてくる。
捉え方によっては、さらに彼女を傷つけてしまうそんな一言。
いつの日にか、俺は櫻田が捨てようとしたそのフレーズを、無理矢理彼女に渡し直した。それを、今度は俺の方から捨てさせようとしている。
ちゃんちゃら可笑しな話だと、自分でも思う。
しかし、彼女との関係をやり直すには、ここから変えていくためには、きっと必要な言葉なのだと自分に言い聞かせて、言葉を続ける。
「お前がそう名乗るたびに、俺はいつも呆れて、鬱陶しいとさえ思っていた。
だけど、その二つ名が過去の自分と決別するために、櫻田が必死に作り上げた鎧だったと知った時。その魔法の言葉で自分を騙せるなら、それでいいと思ったんだ。
だから、そんなよく分からない二つ名がお前を苦しめているなら、もはやそれに意味なんてない。むしろ、ただの呪いだ」
「.........たしかに、そうかもしれません。......でも、『世界一可愛い後輩』を捨てたところで、私はもう、前を向けませんよ。
......私は、何かに縛られていないともう無理なんです。高瀬さんの知らない『櫻田詩乃』は、そういう、人間なんです」
ドアの向こうから、嗚咽混じりの悲痛な声が聞こえてくる。
俺の知る『櫻田詩乃』は、不器用で、脆くて、だけど、誰よりも必死に前を向こうとする。たとえそれが作られたものなのだとしても、彼女の中にはまだどこかに存在していると信じている。......しかし、それを実現するための弾がもう残っていないのだろう。
そもそもの話、彼女のその思考は、いつかはどうにかして矯正をしなければならない物だと思っていた。無理に作った自分で自分を縛り付けるなんて、いつか必ず破綻してしまう。
だが、今はそんなことを彼女に言ってもダメなのだ。というか、賢い彼女のことだ。きっとそんなことはとっくのとうに知っている。
今はとにかく、彼女の視線を上げさせるところから始めなければならない。
そして、これまでそれを可能にしていた『二つ名』は、今さっき俺が捨ててしまった。
......ならば、それの代わりとなる物を彼女に与えることというのが、俺の責務なのだろう。
震える唇をぐっと引き結び、覚悟を決めた。
「そんなに縛られたいのなら、俺が......俺が、お前を縛ってやるよ」
「......え?」
「『世界一』なんかじゃなくていい。俺にだけ可愛い、そんな普通の後輩でいてくれないか。な、簡単な話だろう? だって.........」
ここで一つ、俺は大きな溜を作った。
......いや、違う。そんな計画立てられたものではないのだ。実のところ、ただ言い淀んでしまっているだけ。本当に、これを言ってしまってもいいのだろうか、と。
しかし、屋上での告白。あの時の彼女の、必死でまっすぐな瞳が脳裏をよぎる。あの想いに、俺はまだ、まともな答えを返せていない。
彼女にだけ勇気を振り絞らせて、俺はそれを受け取るだけ。そんな格好の悪いこと、できるわけもなかった。
後悔なんて、いくらでもすればいい。キザなセリフを馬鹿にされるのなら、それでもいい。むしろ、彼女が馬鹿にしてくるその光景を、今となってはひどく待ち望んでいる。
一瞬で、彼女との思い出が走馬灯のように流れる。たった一年程度の出来事だったが、その濃度は今までの人生の中でも群を抜いて濃い。彼女は、俺の日常にそんな彩りを与えてくれていたのだ。
回想が終わり、一つ小さく息を吐くと、今の今まで早鐘を打っていた心臓は、夜の浅瀬のように凪いだ。
ようやく、整理が付いたのだろう。
改めて慎重に、丁寧に言葉を選ぶと、俺の想いを力強く声にする。
「......だって、俺は既に、お前に惚れ込んでしまっているんだから。
櫻田がいくら自信を無くそうが、自分に違和感を覚えようが、弱音を吐こうが、苦しくて泣いてしまいそうになろうが、櫻田の生きる『世界』がそれを受け止めてくれなくても、俺なら受け止めてやれる。俺ならその覚悟ができている。
――だから、お前が俺の傍にいる限り、その二つ名はいつ何時だって廃れたりはしない」
......言ってしまった。紛れもない本心を。
柄にもない、キザで恥ずかしいセリフ。だが、これが、俺の出した答えだった。
それを受けて、彼女はどのように応えてくれるのか。固唾を呑んで耳を傾けるも、いくら待てども重く厚いドアの向こうからは何の言葉も返ってこない。
そこで、一つの可能性がふと頭をよぎる。
......櫻田は、俺の言葉をどれほど信用して良いのかが分からなくなってしまっているのではないだろうか。
ただでさえ、過去と矛盾するような行動を取ってしまったのだ。この程度の言葉を飾られても、何も響かないのも、考えてみれば仕方のないことなのかもしれない。
とはいえ、こんなところで諦めるというわけにもいかないわけで。
俺は、大きく息を吸うと、追撃をするかのごとく、言葉を矢継ぎ早に紡ぐ。
「......俺は、俺をいじって意地悪く笑う櫻田が好きだ。
そんなことをしながらも家ではお姉ちゃんで面倒見の良い櫻田が好きだ。
『しょうがないですねえ』って言いながら優しく笑う櫻田が好きだ。
できたことはちゃんと褒めてくれる櫻田が好きだ。
自分を変えようとして自分で行動できる櫻田が好きだ。
呆れながらも最後まで勉強を見てくれる櫻田が好きだ。
......そして何よりも、こんな俺に構ってくれる櫻田が――」
「――もうやめてくださいっ!」
突然、そんな言葉とともに、荒い音を立てて目の前のドアは開かれる。
そこに立っていたのは、涙でぐちゃぐちゃの顔をした櫻田だった。荒い息、赤い目、腫れた瞼、乱れた髪。でも、今の俺の目には、そんな彼女がとてつもなく愛おしく映る。
「もう、センパイが私のことを大好きなのは十二分に分かりましたからあ......」
りんごのように赤く染まった頬を隠すかのように俯きながら、そんな言葉を零す。どうやら、この根比べは俺の勝ちのようだな。
櫻田が部屋から出てきた後、一言目にはどんな言葉をかけてあげようかと頭の隅でずっと悩んでいたのだが、なんだか、予想以上にいつも通りなその姿に、脳内で浮かべていた湿っぽい言葉は全て消し飛んでしまった。
緩む口角を隠しもしないままに、こちらもまた、いつも通りに告げる。
「この前は櫻田が一方的に感情を押しつけてきやがったからな。その仕返しだ、ばーか」
「むっ、なんですか。センパイなんて私がいないとなんにもできないくせに」
「おいおい、それはお互い様だろ?」
「「............」」
一瞬の静寂の後、ふと、二人の間に笑いが漏れる。
「......私たち、やっぱり似たもの同士ですね」
「そうそう。だからさ、変な意地張ったりしないで、日陰者同士仲良くしようぜ」
「......し、しょうがないですね。センパイがそこまで言うのなら、一緒にいてあげますよ」
「はいはい、ありがとうな」
やはり俯いてしまう櫻田に、できるだけの優しい声音でそう告げる。
「......とまあ、おふざけはそこそこにしてだな。......本当に、よかったのか?」
「......というと、どういうことです?」
「仕方がなかったとはいえ、すげえ勝手なこと言っちゃったなって」
そう言うと、櫻田はくすくすと楽しそうに笑う。
「......なんだよ」
「いやあ、なんか、センパイらしいなあと思って」
「それ、絶対悪い意味だよな」
「んまあ、良い意味じゃないことは確かですね」
それに対して俺が再びツッコむ前に、「でも」と逆接し、そのまま、にいっと口角を上げて言葉を紡ぐ。
「私はそんなセンパイが大好きなので、なにも問題ないですケド」
「......調子の良いこと言いやがって」
「えへへ、ありがとうございます」
「褒めてねえっつうの」
絶妙にうざったくて、それでいて脳裏に張り付くほどに印象的な笑顔。少しでも気を抜いたら右から左へ流れて行ってしまいそうなほどにくだらない会話。
数日前から待ち焦がれてならなかった光景が、ここにあった。
「......とまあ。私の方もおふざけはこのくらいにしてですね」
わかりやすく咳払いをすると、少し声のトーンを下げて続ける。
「たしかに以前は、『私と似たような人』だからとセンパイにちょっかいを出していました。でも、今は違います。
今は......どんな私でも受け入れてくれるセンパイだからこそ、そばにいたいと思うのです。私、センパイの前でだけなら、どんな時でも『可愛い後輩』でいられる気がします。......というか、そうでありたいと、そう思うのです」
えへへ、と漏らしながら控えめに破顔させる。
先ほどとはまた違った、どこか気恥ずかしそうな櫻田の笑みは、俺の心を突き刺すには十分だった。......なんという破壊力をしているんだ、まったく。
しかし、そんな表情もすぐに崩され、いつものにやりとした意地悪い笑みを浮かべた。
「まあそもそも、私が部屋から出てきた時点で答えなんて言ってるも同然だと思うんですけどねえ」
「いや、ただただ恥ずかしがっただけの可能性もあるし......」
「本当に何も思ってない人相手にあんなこと言われても、恥ずかしいともなんとも思いませんよ」
「.........まあ、それもそうか」
その言葉に対して、うんうんと深く頷く櫻田であったが、ふと、何かを思い出したかのように顔を上げる。
「そういえば、私の方こそ聞きたかったことがあるんですけど。......センパイ、本当に学校はやめないんですか?」
「ああ、今のところはな。これ以上櫻田に迷惑をかけるくらいならって、私立に転入することも考えたけどさ。でも、俺が少し頑張るだけでここにいられるのなら、それに越したことはないだろ」
「ほんと、頑張ってくださいよ? まったくもう............って」
小さくため息を吐いた櫻田は、はっと何かに気がついたかのように頬を赤く染める。
「ということは、この前の私の言葉は、全部空回りだったということですか......?」
「うん」
「は、恥ずかしい......!」
そう言いながら、両手で髪をくしゃくしゃと掻く。その慌てようがなんとも可笑しく、思わず吹き出してしまう。
「.........何笑ってるんですか!」
「いや、悪い。なんか、お前らしいなって」
「むう......!」
わざとらしく頬を膨らませて俺を睨むその顔には、もうどこにも陰はなく。俺の大好きな『櫻田詩乃』は、完全に復活を遂げた。
暖かく微笑み合う二人の時間は、もうしばらく続いたのだった。
そんなこんなで、俺の二度目の一年生は終わりを迎える。
いろいろあったけれど、正直二人の間の関係はそこまで変わらない。意地が悪くて、それでいて可愛い。たったそれだけの普通の後輩と、相変わらずのポンコツな先輩。
まあ、少しだけ変わったことがあるとすれば......
「遅いですよ碧唯センパイ! よくもまあ可愛い可愛い彼女をこの炎天下の中放置できますね」
「すまんすまん.........つっても、半分くらいは詩乃のせいだからな」
形式上の二人の関係が変わったり、お互いの呼び名がちょっと変わったことくらいだろうか。
俺の言葉に、ジト目を作りながら返す。
「ほー、遅刻の原因まで擦り付けですか。碧唯センパイらしいですね」
「......はあ、詩乃さんは昨日夜遅くまで通話を切らせなかったのはどこのどなたか覚えていらっちゃらないと」
「......いらっしゃらないですね」
「ふうん、なら来週のデートはなかったことになるけどいいんだな?」
「ちょっ......それは話が別——ああもう! しょうがないじゃないですか、夏休みに入ってからなかなか碧唯センパイの声を聴けてなかったんですから!」
「まあ、それはそうだけどさ。でもどうせ今日会うって分かってただろ」
「.........想像したら待ちきれなかったんですっ」
「......っ」
「あ、今『可愛い』って思いましたね? ふふん、やっぱり碧唯センパイはちょろいです」
「お前な......って、よく考えたら別に俺損してないな。むしろどんどんくれ」
「......いやです」
「うーん、むくれる詩乃も可愛い」
「もういいです」
ふん、とそっぽを向いてしまった。
この程度なら数分もすれば機嫌を直してくれるだろうからと、特にフォローもなしに彼女の隣を歩き続ける。
すると。
「おお、やっぱり大学は大きいな」
「しかも、キャンパスはここだけじゃないみたいですからね」
「......それにしても、入れる気がしない大学のオープンキャンパスに来るのはどうなんだろうか」
「まだ高2の夏ですよ? きっとなんとかなりますって。.........それに」
少しだけ前を歩いていた詩乃は、その場で足を止めくるりと身体を回すと、いつも通りのにやりとした目でしっかりと俺を捉える。
「こんなにがっちりと私を縛っておいて、どこかに行ったりしないですよね、センパイ?」
「安心しろよ。最後の最後まで足掻いてみせるさ」
詩乃には、『今後のため』だとか、『親のため』だとかを並べて付け加えるが、そんなのはただの副産物に過ぎない。
......もう少しだけ頑張ろう。
俺にとって世界で一番可愛い後輩が、俺の隣で笑い続けてくれるために。
了




