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失った記憶、消えない愛。  作者: 言ノ悠
第一章 〜「記憶にない世界と一途な君」〜
9/30

009話

「レイ、まだ時間かかりそうか?」


 俺たちは美しい星空の下から、かつて俺が眠っていた施設に戻ってきた。

 とある部屋の前で、俺は彼女の準備が終わるのを静かに待っていた。


「もう少しお時間をください」


 そんな彼女の声が、扉越しに聞こえてきた。

 彼女が待った年月に比べれば、こんなのは一瞬にも満たないのだろうと思った。


 やがて、その部屋の扉が開かれた。


「……きれいだ」


 俺は扉の先に立っていた、漆黒でタイトなドレスを身にまとった彼女に、思わず見とれてしまった。素直な感情が口から溢れてしまった。


「……良かった。ありがとうございます」


 すると、彼女は安堵した表情をした。


「きれいだよ。本当に美しいと思う」


 艶のある黒い髪と暗転した深黒の瞳、漆黒のドレスが、彼女の色白な肌を際立たせていた。

 その美しさに、俺はもう一度だけ言い直した。


 すると、レイはわかりやすく頬を紅くした。その様子を見たら、温かさが胸に灯った気がした。


「好きな人に褒められると、やっぱり照れますね」


 その熱を隠すように、彼女ははにかんだ。俺はただ黙って、その手にそっと触れた。


「旦那様、積極的ですね」


「ここまで、たくさんの好意を向けられて、記憶が無いからって消極的にはなれないだろ」


 こんなに美しい女性に、昔の俺は愛されていた。その事実にうらやましいと思った。


「ふふっ」


 すると、今度は楽しそうに笑った。


「このドレス、旦那様の為に用意したんです。喜んでくださって嬉しいです」


 まるで、俺が意識していると知っていて、あえて言葉にしたような言い回しだった。


「そっか、ありがとう」


 素直に感謝を述べる以外に、何か俺にできることはあるのだろうか?

 少なくとも、今の俺には想像ができなかった。


「旅の準備は終わりました。だから、このまま外に出ましょう」


 そう言った彼女の周囲には、旅荷物の姿はなかった。

 もちろん、俺も何も持っていない。旅って、こんなに軽装でできるものだっただろうか?


「荷物は持たなくていいのか?」


 レイがそんな間違いを犯すはずがない。そう思いながらも、ついつい気になってしまった。


「旅に必要な物は、この中にすべてありますから」


 彼女は、左腕に装着された金属製の腕輪をそっと示した。鈍く光を反射するそれは、中央に小さな宝石がはめ込まれている。

 俺の手が触れた右手でそれにそっと触れると、宝石が淡く光り、何もない空間に静かな模様が浮かび上がった。


「……この絵はなんだ?」


 それは、縦と横の線が幾数にも重なっていた。

 さらによく見ると、その線の交差で生まれた小さな四角形ひとつひとつに、何かの印や絵が描かれている。

 それはまるで、複数枚の板が備え付けられた棚か箱のようでもあった。


「これは収納システムの一覧です」


「収納……システム?」


 レイの説明を聞いても意味がわからず、俺はレイの顔を見つめることしかできなかった。

 そんな俺の様子を見ても、彼女は変わらずに微笑んで、続けて口を開いた。


「たとえば──」


 女性らしいきれいな指で、宙に浮かぶ四角のひとつ、その中の絵に触れた。

 その瞬間、彼女の前に小さな光の粒が広がり、空間の一部が歪んだように見えた。

 光の中から、今までも彼女が着ていた黒い外套が姿を現した。


「こんな感じで、衣服や食料、薬品、様々な道具が入っています。必要なものは、いつでもここから取り出せます」


 そして、タイトなドレスの上に羽織った。


「もちろん、好きなタイミングで仕舞うこともできますよ」


 優しく柔らかく説明された道具。初めて聞くはずなのに、その仕組みが、なぜか馴染み深く感じられた。記憶のさざ波がざらついた。


「──それ、”アイテムボックス”って名前じゃないか?」


 心に浮かんだ名前を、俺は気が付いたら口に出していた。

 すると、レイの瞳が大きく揺れた。


「旦那様、記憶が戻ったのですか……?」


 彼女の唇は震えていた。


「い、いや……

 その道具を知っている気がしたんだ。……合ってるか?」


 強過ぎる期待を否定して、けれども、さらに問いを重ねた。


「合ってますっ!

 アイテムボックスは、私たちが住んでいる三次元の世界に、更に一次元を足した空間を保存している道具です。

 ……これを開発したのは、旦那様です」


 そうか。

 一瞬だけ思考に雑音がはいったのは、それが馴染みのある道具だったからか。


「俺、こんなすごい物を作ってたのか」


「はいっ!!」


 レイは食い気味に顔を覗き込んできた。近すぎる距離と勢いで、俺は思わず身体を引いてしまいそうになった。

 ……でも、その深い黒に宿る喜びを見たら、何も言えるはずがなかった。


「少しずつ思い出しているんですね」


「……そうなのかな」


「そうですよ。これからの旅で、いっぱい自分を取り戻せると良いですね」


 彼女はまた明るく笑った。

 そして、迷いのない手つきで俺の手を握りなおした。

 そうやって繋がれた手は、まるで、彼女の幸せが流れ込んできたように温かい。

 それから、ぐいと腕を引かれた。そのまま、俺の身体は自然と前へ傾いた。その勢いに抗う理由なんて、どこにも落ちていなかった。


「行きましょう。貴方が守った世界うちゅうへ」


 外に繋がる扉が、彼女の手によって勢いよく開かれた。

 その先では、鋭い日差しが満ちていて、俺たちの旅立ちを照らしていた。


 俺たちの旅は、その光の中から静かに始まるのだと、心のどこかがそう告げていた。

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