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失った記憶、消えない愛。  作者: 言ノ悠
第一章 〜「記憶にない世界と一途な君」〜
7/30

007話

「旦那様、どうかされたのですか?」


 俺が視線を向けていた反対側から、レイが姿を現した。彼女はとても怪訝そうな顔をしていた。


「……いや。何か、いた気がしてな」


 特に隠す理由もない。

 素直にそう答えた俺を、レイはしばらく見つめていた。


「音、ですか?

 ……それとも、実際に気配が?」


 気の所為だと一笑することもなく、少し考えた様子で、彼女は口を開いた。


「どっちも、だな。

 最初は草を踏んだような、そんな音がした。

 それから、火の向こう側に誰かが居たように見えたんだ」


 むしろ、俺の方が、気の所為だと思ってしまっていた。

 だから、自信を持って"そこにいた"とは言えなかった。


 レイは小さく息を吐いて、俺の隣に腰を下ろした。

 焚き火の光が彼女の瞳に映る。その目には、思い出すような遠い光が浮かんでいた。


「この地は、人々や神々が足を踏み入れなくなってから、既に長い時が過ぎ去っています」


「前も言ってたよな」


「……はい。

 今の様子を見ても、全く想像できないとは思いますが、ここは大都市の中心だったのですよ」


「大都市……か」


「どんな都市だったかと言いますと、本当に多くの人々の営みが栄え、多くの神々が気軽に降臨する街並みを持っていました」


 ここまでレイに話をされても、今俺が座っているこの地が大都市だったなんて、全く信じられない。

 それほどまでに、周囲には大自然が広がっている。人工物なんて、俺が眠っていたあの施設だけだ。


「そこまで栄えた都市を、旦那様と様々な惑星を旅してきた私も、数える程しか知りません」


 レイの昔話に出てくる俺は、さらっととんでもないことをしている。

 別の惑星に行くだなんて、そんな発想が普通はそもそも出てこないだろ。そもそも、別の惑星を認識することが難しいだろ。


 ……でも、そんな発想が出てくるから、俺はきっと宇宙を統べる王だったのだろう。


 そんな俺やレイが、数える程しか知らないほどに栄えた都市が、今や全くと言っていいほどに見る影がない。


「恐らくは、その都市の残響だと思います。

 人々の想いや、そこに縛られた怨念は、そんな大都市が無くなるほどの年月が経っても、色褪せないのでしょう」


「想いや怨念……か」


 大都市が何年前に無くなったのか、俺は知らない。

 そんなことを聞くこと自体が野暮だと思う。

 だがしかし、それが無くなってもなお、大地に残り続ける鮮烈な感情を、俺は美しいと思ってしまった。


「旦那様は、やっぱり旦那様ですね」


 大きな葉に置かれていた肉を、レイは再び火にかけながら、顔を覗き込んできた。


「……どういうことだ?」


 言葉の意味がわからずに、俺は怪訝な顔をしていたと思う。


「そのままの意味ですよ。

 記憶を失っているのかもしれませんが、貴方の考え方は、昔の旦那様と全くと言っていいほど同じです」


 レイはとても嬉しそうな顔をしていた。

 火の光に照らされたその笑みは、静かに、けれど確かに、誇らしげに見えた。


「旦那様、軽く塩は振ってみたので、まずはそれだけでいきましょう」


 そして、火にかけていた骨付き肉を渡してきた。


「ありがとう」


 大きな骨付き肉だった。何処からかぶりつくか悩むくらいには。

 悩んだ結果、目の前の身が最も多そうな場所に、自分の歯を突き立てた。


 一口かじった瞬間、声にならない感嘆がこぼれた。


 肉は塩を振ってもなお、少し臭みがあった。

 でも、塩を振ることによって、それも大きく緩和されていた。

 それよりも凄いのは、口に入った瞬間に、少しだけ芯を残して、さらりと溶けてしまったことだ。


 美味かった。


 俺たちは肉を食べ進めた。あまり会話は無かったように思う。食べるのに夢中になっていた。


 気が付けば、あの巨体ザランギスの大半を、俺たちは平らげていた。

 お腹が空いていたとは思っていなかったから、そこまで食べることができたことに、俺は逆に驚いた。


 やがて炎は潰えて、肉が焼かれた香ばしい匂いだけが、周囲に充満していた。

 夜の静寂が、香ばしい匂いで色塗られている気がした。


「旦那様、一緒に来てもらえますか?」


 レイは急に手を引いてきた。


「あ、あぁ……」


 本当に突然のことで、身体の方が先に動いた気がする。

 彼女の手を振り払う理由など、俺にはひとつもなかった。


 やがて、闇が深くなる森の方角へと連れられた。

 その先にあったのは、少しだけ丘になった草原であった。

 周囲には夜の静寂だけが広がって、何故か、俺の目は闇の中でも全てを見失わなかった。どうやら、ある程度は夜目が効くらしい。

 レイもまた、一度も戸惑ったり、立ち止まることもなかった。


「……旦那様っ!

 ここで横になりましょう!」


 丘の上まで手を引いたと思ったら、俺の手を離して、草原の上にごろりと仰向けになった。

 なんだか彼女は楽しそうで、俺は特に疑問も持たずに、その隣に仰向けになった。


「……あっ」


 レイが俺をここに連れてきた理由がわかった。


 夜空の深い青に、幾千幾億もの様々な光が灯っていた。

 全てが微妙に違う色合いを含み、まるで、透明度の高い宝石が、夜空という画用紙にぶちまけられたかのようだった。

 そんな非常識な輝きたちは、そこに在るべき存在なのだと強く主張していた。


「……この空を、私は貴方に見せたかった」


 隣の人はただ満足気に呟いた。

 ほら凄いだろ、と言うわけでもなく、ただ共有したかったのだと、理解することができた。


「旦那様……?」


 俺は一度離れてしまった手を、自分から手繰り寄せた。


「……ありがとな」


 気が付いたら、瞳に広がった暗色で鮮やかな画用紙は、いくつかに分割されて、目の端から耳に向かって、一筋の滴が伝っていた。


「……いえ」


 彼女の方から、鼻をすする音が聞こえた。

 もしかしたら、俺の顔を見たのかもしれない。でも、そんなのは俺にはわからない。


 胸が苦しかった。だから、息をする為に強く空を吸った。

 やがて、瞳に広がった複数の画用紙たちは、一枚ずつ消えていった。

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