062話
「どうしたんだ?」
なぜダルトンがここに来たのか、俺には分からなかった。
「貴殿らが呼んだのだろう?」
何を当たり前のことを、と言いたげな表情で、ダルトンは応じた。
「ん?
……ああ、ダルトンがギルドマスターなのか」
彼がこのギルドの管理者であることは知っていたが、“ギルドマスター”という肩書きで呼ばれているとは知らなかった。
「ああ、私がここのギルドマスターだ。……まあ、肩書きだけのものだがな」
ダルトンは軽く肩をすくめた。
「では、個室で話を聞こうか」
そう言うと、そのまま俺たちを外部から遮断された部屋へと案内した。
「かけてくれ」
彼の言葉に従い、俺たちはそれぞれ椅子に腰を下ろした。
「見ての通り、ギルドも慌ただしい状況だ。本題から入らせてもらう」
「この慌ただしさ、俺たちと関係あるのか?」
「ああ、試験官から報告が上がってきた。それで、ゴブリンの殲滅隊を編成していたところだ」
なるほど。あの試験官は、ただ逃げたわけではなかったらしい。
「殲滅隊を出す必要はない。俺たちが、ほとんどのゴブリンを狩り尽くした」
「……やはりか。貴殿らが試験官と共に戻らなかったと聞いて、もしかしたらとは思っていた」
「竜よりは手間はかかったな」
あのとき見せた竜は、レイがひとりで倒したものだ。俺は剣すら抜いていない。
だが今回は、多勢に無勢だった。さすがに俺とユリも手を貸さざるを得なかった。
そもそも、最初からレイひとりに任せるつもりはなかった。
「そんなに数がいたのか。……頭数は覚えているか?」
「いや、俺は数えてない」
最も正確そうな人物に視線を送る。
レイは首をわずかに横に振った。
「さすがに、多すぎました」
彼女も、途中で数えるのを諦めたらしい。
「後ほど、ギルドの記録官を現場へ向かわせる。それで、規模の概算は取れるはずだ。そのうえで正式な評価を出させてもらう」
記録官、そんな役職もあるのか。こういうところに、組織としての厚みを感じる。
「それから、冒険者認定試験は問題なく合格になるだろう」
その一言に、俺は胸をなで下ろした。
また試験を受け直せと言われたら、さすがにやっていられない。今回の拘束時間だけでも十分すぎた。これ以上、無駄な時間を使いたくはない。
「それと、今回の件が竜一頭に匹敵する被害規模だと判断されれば、この国の貴族や王族の目に留まる可能性もある」
「……それは、どういう形で?」
「さあな。敵対的な動きを見せる者もいれば、取り込もうと接触してくる者もいる。だから気をつけろ」
「ご忠告、感謝する」
貴族や王族か。相手次第だが、繋がりを持つのは悪い話ではない。場合によっては、今の生活がさらに快適になるかもしれない。
「それから、少し気が早い話かもしれんが……もしこの街を気に入ったのなら、俺の方でひとつ屋敷を安く譲る手配をしよう」
「……随分と羽振りがいいな」
昨日会ったときとは打って変わって、ずいぶんと好意的な口ぶりだ。さすがに無警戒にはなれない。
「竜とゴブリン、そのふたつを立て続けに処理したとなれば、多少は気を遣って当然だろう?」
彼の対応の変化は、実にわかりやすかった。それだけ、俺たちの力が認められたということなのだろう。
「それは……喜んでいいのか?」
「普通なら喜ぶところだ。だが、貴殿は地位や名声に興味はなさそうだな」
地位や名声、か。
たしかに、それには興味がない。
むしろ、そんなものほどくだらないと感じてしまう。
「ともかく、貴殿から話が聞けてよかった。今はゴブリンの件で手一杯でな。ほかに用がなければ、これで失礼させてもらうとしよう」
俺が考え込んでいると、ダルトンはそう言って席を立とうとした。
「ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
その背を引き止めるように、レイが口を開いた。
「……なんだ?」
「その屋敷には、お風呂は付いていますか?」
何でもない質問のはずなのに、空気が一瞬で張りつめた。
「……ついている」
ダルトンは少したじろぎながらも、慎重に言葉を選ぶように答えた。
「旦那様っ!!」
「シンっ! 今すぐに買うべきだっ!!」
レイとユリが、俺の両肩をがしがしと揺さぶってくる。
……えぇ……そんな急に話を進めないでくれ……
「あ、案内させようか?」
その様子を見て、ダルトンもどこか動揺しているように見えた。
「……もし、よければ見せてくれ」
レイとユリをなんとか抑えつつ、俺はダルトンの申し出を受けることにした。




