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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第五章 〜「街での地位と愛を与える君」〜
50/75

050話

 数分も経たぬうちに、先ほどの女性が再び姿を現した。

 その背後には、男が一人、静かな足取りでついてくる。精悍な顔立ちに、短く整えられた髭。濃紺の上着の胸元には銀の飾章が輝き、所作の一つひとつに無駄がない。いかにも現場を取り仕切る責任者の風格があった。


 レイがそっと背筋を伸ばすのが視界の端に映る。まっすぐ相手を見据える瞳には、慎重な警戒心と理知的な冷静さが宿っていた。

 一方、ユリはというと、どこか気怠げな表情を浮かべながらも、姿勢は乱さぬまま凛と椅子に腰かけている。その双眸にはわずかな煩わしさが滲んでいた。


「お待たせいたしました。こちら、商会の管理役を務めております、ベルトンでございます」


 女性が丁寧に紹介しながら横に立つと、男は一礼し、静かに口を開いた。


「セレアス商会のベルトンだ。用件を伺おう」


 その声音に圧はなかったが、確かな重みがあった。職務に忠実で、流されることのない芯の強さが言葉の端々からにじんでいる。

 そういえば、さっきのギルドの男は"ダルトン"だったな。名前がかなり似ている。もしかして、兄弟かもしれないな。


「俺たちは最近、この街に来たばかりだ。事情があって、しばらく滞在するつもりなんだが……手持ちの通貨がない」


「なるほど。まずは資金の確保、というわけか」


「ああ。手元にある品を売却して、あわせて今後の取引について相談したいと思ってる」


 俺がそう言いながらレイに視線を送ると、彼女は静かに頷き、左腕の金属の輪に手を添えた。

 輪が淡く光を放ち、空中に模様が浮かび上がる。それを指先でなぞると、空間がふわりと揺れ、竜の頭部が姿を現した。


 ベルトンの目がわずかに細くなる。


「それは……アイテムボックスか?」


「ああ。でも、こいつは売り物じゃない」


 彼の視線は、竜の頭ではなく、アイテムボックスの機構そのものに注がれていた。

 本当に珍しい道具なのだと、あらためて実感する。手ぶらで旅をするには必需品だ。いくら積まれても売る気にはならないな。


「では、そちらの竜の頭が売却希望の品か」


「ああ」


「……なるほど」


 ベルトンは顎に指を添え、目を細めた。竜の素材を値踏みする目つきでありながら、一方では俺たち自身の力量を測ろうとしているようでもある。


 やがて彼は静かに息を吐き、竜の頭を見据えたまま、言葉を継いだ。


「念のために確認させていただく。これが本物の“竜種”の頭部であるとすれば、それは、人の手で討たれたということになる」


「ああ。俺たちが仕留めた」


 事実だ。しかしその瞬間、ベルトンの目がわずかに鋭くなったことで、言葉の重みをあらためて意識した。


「……にわかには信じ難い話だ。理論上、竜種の討伐は不可能ではない。だが、実際に確認されている例は、数十年に一度あるかどうかだ」


 彼はカウンターの端に手を添え、慎重な口調で続ける。


「もしこれが真に“竜”であり、あなた方がそれを討ったのならば、これはただの素材取引にはとどまらない。我々商会にとっても、そしてこの街にとっても、重大な意味を持つ」


 そのまなざしには、疑いと同時に、確かな目利きとしての評価が宿っていた。


「それゆえに、真偽の確認は必要不可欠だ。万が一、偽造品や模造素材だった場合、商会の信用に傷がつくことになる」


「それは理解している」


 俺は頷いた。疑われているわけではない。これは慎重で誠実な対応だ。


 ベルトンは顎に手を当てたまま、一瞬考え込んだ後、女性スタッフに視線を送った。


「鑑定班を呼ぼう。念のため、第二班ではなく第一班を。素材鑑定において最も信頼できる者たちだ」


「かしこまりました」


 女性はすぐに足音を立てずに奥へと消えていった。


 ベルトンは再び俺たちへ視線を戻し、低い声で言葉を継いだ。


「査定に入る前に、ひとつ伝えておく。もし本当にこれが竜種の頭であり、あなた方がそれを討伐したのならば……セレアス商会としては、単なる素材買取にとどまらず、継続的な契約や保護協定の提案を視野に入れることになる」


「保護、か」


「“竜を狩った”という事実は、名誉と同時にリスクを伴う。称賛される一方で、利権や嫉妬による介入も生まれる。そうした火種を避けるためには、公的な契約関係を結び、立場を明確にしておくのが得策だ」


「……ずいぶん丁寧だな」


「当然だ。これは単に“竜の素材を売りにきた者”ではなく、“竜を狩る力を持つ者”としての扱いだ。我々としても、この事実を見過ごすわけにはいかない」


 その言葉に、俺は静かに息を吸い込んだ。

 あらためて、俺たち自身の“異質さ”を、他人の口から突きつけられた気がした。とは言え、自分たちを押し隠して生きていきたいとも思わない。色々と考えながら生活する必要がありそうだ。


「だが、それは俺たちの発言が事実だった場合の話だろ?」


 俺は苦笑を交えながら返した。冒険者ギルドでは、最後まで完全に信用されたとは言いがたい。その記憶が、皮肉のように言葉の端に滲んでしまった。


 ベルトンはわずかに目を細め、口元にごく小さな笑みを浮かべる。


「私の目が確かなら、あなた方の話は本当だ。……商人としての勘だと思っていただければいい」


 静かだが揺るぎない口調だった。彼の自信は、俺が思っていた以上に重みを持っていた。


 やがて、俺たちが差し出した竜の頭部は、ベルトンの指示によって現れた鑑定班の手で、査定のため奥へと運ばれていった。


 そして俺たちは、ベルトンによって、応接室へと通された。

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