042話 Feat.ユリ
「私はスレス・オシリス。オシリス帝国の末裔です」
その一言で、我はシンは思わず顔を見合わせた。聞いたことのない国名であったし、彼の表情からしても、やはり初耳なのだろう。
「そんな仰々しい帝国の末裔が、なぜこんな辺境の街に?」
「この街は辺境だからこそ、暗黒神復活に必要な素材が揃う。私を監禁していた者たちは、そう言っていました」
「……素材、か。それなら筋は通りそうだな」
シンは腕を組み、静かに頷いた。
「暗黒神。ユリは知ってるか?」
「いや、我も知らんな。有名な神なのか?」
この場で暗黒神とやらを知っているのは、スリスしかいない。
「世界中に知られているかは……すみません。わかりません」
彼女はゆっくりと首を横に振った。その行動と表情には、無知への恥が含まれていた。
「君は捕まる前から知っていたのか?」
「はい。オシリス帝国とは、暗黒神の血を引く一族によって建てられた国ですから」
その暗黒神とやら、人と交わった神だったのか。神が人と交わることは相当に珍しい。そもそも、神々はその性質上の問題で、性欲があまり強くないからだ。
「……つまり、君は神の末裔ということか?」
「そう……なります」
その瞬間、スレスの表情が露骨に翳った。語るのを拒絶する意思が、その背後に見え隠れしていた。
なるほど、と我は内心で思う。恐らくこれは、彼女自身が“否定したい血”なのだろう。その感情までは我には測れぬ。
「君のことはそれなりにわかった。改めて聞くことでは無いかもしれないが、暗黒神の復活のために、捕らえられていたのか?」
シンの声は淡々としていた。スレスの曇った表情にも、顔色ひとつ変えなかった。ただ、事実を確かめるように問う。
「……はい。暗黒神の血筋の者を生贄に捧げることで、神を降臨させることができるようです」
その声音は乾いていて、何処か現実味を感じさせない。まるで自分は関係無いと言いたげな、そんな印象を受けた。
「なるほどな。暗黒神ってどんな存在なのか知ってるか?」
彼女の話を聞く限りでは、善性のある神ではないように思えるが、その存在を知らない我としても、その問いの解に興味があった。
「世界の全てを暗黒に染める力を持つ存在、そう私は聞いています」
それはまた随分と、吸血鬼と相性が良さそうな神様ではないか。
「ユリと相性が良さそうだな」
我の胸中に浮かんだ言葉を、シンがそのまま口にした。
「そうやって言われるのは些か不満だ」
我は思わず、じろりと彼を睨み付けた。恩人に対する態度としては褒められたものではないと、頭ではわかっている。だが、それでも口に出さずにはいられなかった。
ここまでの話を聞いて、どう考えても“人でなし”にしか思えぬ神を、あたかも冗談めかして肯定するような言い方をされては、見過ごすことなどできようはずもない。
「悪かったよ。……機嫌を直してくれ」
シンは困ったように眉を下げ、両手を合わせて我に詫びてきた。
……あまりにも大げさで、普段の彼らしくない。
「……貴様、レイと揉めたのか?」
何気なく放った問いに、彼はぴくりと肩を揺らした。思った通りか。
「……何を揉めた?」
バツの悪そうな顔を覗き込む。我の問いに、彼は目を逸らした。
「いや、揉めたわけじゃない。多分……。ただ、満足してもらうまでに、ちょっと時間がかかったというか」
「それは今さらだろう?」
レイの愛が重いなど、今更すぎる話だ。
「……まあ、な。その中で、いろいろあって……」
しゅんと項垂れる彼の姿が実に滑稽で、先程の失言は深追いせずに流すことにした。
「……あの、何の話ですか?」
控えめな声が背後から届く。スレスだった。
すっかり話の蚊帳の外に置いてしまっていた。
その申し訳なさそうな顔に、我は小さく息を吐いた。
「すまんな。主君もそれなりに、色々とあるらしい」
「……って、え? 俺のこと主君とか呼んでるの?」
「もう黙れ。話がややこしくなる」
我は彼の脛を蹴った。
「いったっ!?」
そのまま地面に蹲るシン。……なんだ、思っている以上にポンコツだな。
今までの旅では、そんな印象はなかった。むしろ、どこか頼れる風にも見えていたはずだ。
だが、振り返ってみて納得した。
いつだって、彼の傍にはレイがいた。
だから、ポンコツをやる前に止められていたか、もしくは軌道修正されていたか、それともその両方で、シンはとても頼りになるように見えていたのだろう。
そういえば我を封印から救った時も、段取りが良かったとは言いがたい。
レイが口を開くまで、解放された我を放っていたくらいだからな。
──うむ。その仮説、なかなかに説得力があるな。
「……もういい。今夜は宿の部屋に一緒に眠らせておく。レイが目を覚ましてから、我が直接話す」
そうスレスに視線で告げると、彼女は勢いよく縦に首を振った。
「……そうしてくれ」
シンは肩を落とし、何処か憐憫を感じさせる表情をしていた。
彼はレイが居ないとこうなるのか。ちょっとした新体験を味わった気分だった。




