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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第五章 〜「街での地位と愛を与える君」〜
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041話 Feat.ユリ

 我は部屋の窓から、宿を抜け出した。理由は簡単で、彼らが良い雰囲気だったからだ。

 外に出ると、空は既に日が暮れていて、我が生きるべき世界が顔を出していた。


 行く宛てもなく、我は宿屋根の上に寝転がった。


 短い旅の中でも、レイの想いがどれほど深く、強いものかは分かっていた。けれど彼女は、自らの感情に蓋をして、それを丁寧に押し隠していた。だから、自身の想いを真に口にしないと我は考えていた。


 だから、なし崩し的ではあるが、彼らに恩がある我としては、あんな風に愛されたいと彼女が自ら口にできたことは、見ているだけで胸の奥が温かくなる。


 彼女が持つ感情は、とても美しくて、宝石にも等しいと思えるが、何故だか我は羨ましいとは思わなかった。当然ながら妬ましいとも思えなかった。


 夜風が頬を撫で、我の鼻腔を擽った。


「へぷちっ」


 思わず出たくしゃみに、自分で驚いた。情けない。


 宿の屋根から見える、セルマギルムと呼ばれる辺境の都市は、我が住んでいた地下都市とは違い、色の付いた街灯で夜道が照らされていた。だが、その街灯を頼りに歩く人影はほとんど無かった。


 何のために街灯があるのだろうか?

 大多数の住民が使わぬのならば、こんな風に夜道を照らす必要があるのだろうか?


 吸血鬼の我には、街灯という文化は理解できないものだった。街灯という言葉や意味は知っているが、作る理屈や作られた理由は知らぬ。


 ……暇だな。

 部屋に戻るには少し早すぎるが、一人では時間を持て余す。


 少し街の探索でもしてみるか。


 我は宿の屋根に立ち上がった。そして、深紅のドレスを軽く叩き、屋根伝いに街中を移動することにした。


 トンっ、と軽く屋根を叩く音が鳴った。そんなに激しい動きをしているつもりは無かったから、音が鳴ったことが想定外であった。


 そこから、そろりそろりと、誰も起こさぬように、物音を立てずに移動するように心掛けた。


 そうやって屋根上を歩いていると、街灯の下を歩く女が目に留まった。男たちは何度か見かけたが、女は初めてだった。


 なぜか気になって、我はその女を追い掛けてみることにした。興味本位だ。どうせ暇だからな。


 その女の衣服はやや乱れており、夜中にもかかわらず、夜道でよく見かけた男たちが携帯している武器すらも、一切持っていなかった。


 すると、少し遠くの方から声がした。


「居たぞっ! 捕らえろっ!!」


 その声を聞いて、女はその場を振り返ってから走り出した。


 ふむ、追われているのか。事情は知らぬが、見ていて心地の良い光景ではないな。むしろ、少しばかり目に毒だ。


 ……どれ、少しだけ手を貸してやろう。


 その女が屋根の下を通ったその瞬間、我は彼女の首根っこを掴み、屋根上へと引き上げた。

 彼女の追手はそれに気が付かずに、走って通り過ぎてしまった。曲がり角であったし、暗がりで視界も悪かったから仕方ないだろう。


「……えっ!?」


「静かにしていろ」


 思わず強く言ってしまった。追手に見つかるのは避けたかった。シンやレイに迷惑をかけるのはご免だ。


 我は彼女の頭を伏せさせて、気配が遠ざかるのを待つ。やがて気配が消えたのを確認して女に問う。


「何故、追われていたのだ?」


「……生贄にされそうになって」


「生贄か、穏やかではないな」


 生贄も用いて行使する術が存在するのは、我も知るところではあるが、生贄にされた側からすればたまったものではない。


「何のために、そんなことを?」


「術を使おうとした人たちによると、神を降臨させるため……とか」


 降神術か。

 そう呼ばれる技術系統には、その中に生贄を用いる儀式が存在するのは知っている。……が、応じる神の質は決してまともではない。

 神にも我に片手間で倒される存在もいれば、我を封印する事ができる存在もいる。人と同様に千差万別だ。


「あ、あの……匿ってくれませんか……!!」


 女は小さな声ながらも、必死さを感じさせる声で頭を下げてきた。その声淵は震えていて、夜風に溶けていった。


「ううむ……」


 我自身が、そもそもシンとレイに頼る立場なのだ。同行させて貰っている身なのだ。

 そんな彼らに、この女も匿ってくれと言うのは、あまりに厚かましいお願いだろう。

 だがこの女を置いて行けば、間違いなく囚われるだろう。


「……わかった。主君らに聞いてみることにする」


 主君とはシンとレイのことだ。

 彼女の前では、しっかりと我の上の者として扱うことにした。間違っても無礼を働いてもらっては困る。何が誤ったとしても、彼らはきっと怒ることすらしないだろうが、我が怒りに任せて、彼女を殺してしまうかもしれん。


「あ、ありがとうございますっ!!」


 女は泣きそうな顔で我の顔を見て、それから凄い勢いで頭を下げた。まだ、匿ってやれるかも決まっていないのに大袈裟だ。


「我の名はユリ、貴様の名は?」


「私はスレスと言います」


「そうか。では、宿に戻るからついてこい」


 我はスレスと共に、彼女の足に合わせながら、ゆっくりと屋根を伝って宿に帰った。


 そろりと抜け出した窓の外から、二階からぶら下がる形でノックすると、中から鍵が開けられて、我を迎えたのはシンだった。

 普段着ている黒のコートは身につけておらず、少し汗だくなのを見ると、それなりに激しく色々したらしい。


「おかえり」


 そんな中で、シンは快く我を迎えてくれた。


「うむ、ただいま。シンとレイに見せたい物があるのだが……」


 我はレイの気配がする方に視線を向ける。彼女は既に布団の中に隠れてしまっていた。どうやら既に意識は無く、深い眠りについているようだ。


「お察しの通りだよ。俺が見て決めてもいいか?」


「我は構わない。屋根の上に来られるか?」


「ああ、わかった」


 シンは我ほど身軽ではなかったから、既に外にいる我が、超強引に彼を外の世界に引っ張り出した。


 宿の屋根に立つと同時に、彼はスレスを見て目を細めた。


「ユリが見せたかったのは彼女か」


「うむ。夜街を散歩していたら、おわれているのを見てしまってな」


「なるほどな、それでつい助けてしまったと。俺に何をして欲しいんだ?」


「このまま放っても、恐らく捕まって終わるだろう。匿ってやることはできぬだろうか?」


「匿う……か」


 シンは顔に手をやって、思案顔を作っていた。


「レイが眠ってるのは痛いな」


「そうだな。この手の問題は、シンよりもレイが適切だと我も思う」


 レイの方が、彼よりも決断力や経験がある。何より彼は記憶の大半が抜け落ちているからな。


「……匿ってやってもいい。

 その代わり、君のことをすべて話してくれ。どこで生まれ、なぜここにいるのか、とかな」


 彼の言葉にスレスは一瞬だけ迷い、それから、決意の色を宿して語り始めた。

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