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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第四章 ~「冒険者との邂逅と魅せる君」〜
39/75

039話

「人が……多いですね」


 レイが俺の腕を、少しだけ強く握る。久しぶりの街に、彼女もやや緊張しているのかもしれない。


「人混みはあまり得意じゃないが……こういう騒がしさは、嫌いじゃないな」


 ユリが言いながら、肩にかかった髪を手で払いつつ、周囲を見渡す。俺もその視線の先を追うように、街を行き交う人々に目を向けた。


 言わんとすることはわかる。人は多く、気を抜けば誰かにぶつかりそうなほどの賑わいだ。だが、それが冷たさではなく、どこか温かな空気を作っているように感じられた。


「楽しそうで何よりだよ。それだけでも、街へ呼んだ甲斐があった」


 グランが俺たちの様子を見て、満足げに笑う。


「ああ、もうすでに楽しいよ」


「それなら良かった。アッシュ、俺はギルドに報告に行く。彼らの宿は取ってやってくれ。パーティの金から出していい」


「……! 

 わかった」


 少し驚いた様子を見せたアッシュだったが、すぐに納得したように頷いた。


「さすがに悪いな。もし金になりそうなものがあれば、代わりに渡せるけど……」


 混合旅団の資金に甘えるのは、さすがに気が引ける。だから遠慮がちに申し出たのだが、


「いや、いいって。それじゃ、また後で酒場な」


 アッシュが手をひらりと振ると、グランは軽く手を上げ、雑踏の中へと姿を消していった。混合旅団の仲間たちも、それに続いていく。


「本当にいいのか?」


「いいんだよ。俺たちも、ちゃんと感謝してる。……実際、お前たちがいなけりゃ、俺たちは無事でも、グランは確実に死んでた」


 アッシュは肩をすくめて、あっけらかんとそう言った。


「……わかった。じゃあ、ありがたく受け取っておく」


 これ以上、突っかかるのも野暮というものだ。素直に、好意を受け取ることにした。


「とはいえ、あんまり高い宿は無理だからな。そこは勘弁してくれよ?」


「そんなことで文句を言うようなヤツだったら、今ここにいないよ」


 笑いながらそう返すと、アッシュも小さく笑った。

 もてなされている立場で、内容に文句をつけるなんて、どれだけ性格の悪いやつなんだろうか。


「知ってた。じゃあ、ついてきてくれ」


 アッシュの案内に従い、俺たちは喧騒に包まれた街の中を歩いた。

 通りには露店や飯屋、雑貨屋など、さまざまな店が軒を連ねており、どこを見ても活気に満ちている。


「……楽しそうですね」


 レイがぽつりと呟く。その横顔は、どこか瞳を輝かせているようにも思えた。

 彼女は俺の腕に絡みつくように抱きついていて、その表情を直接見ることはできないけど、声の調子で、なんとなくわかる。


「いや、歩いたら楽しいだろう」


 ユリがレイの言葉を受け、あえて断言するように言い直した。その様子に、俺もつい頷いてしまう。


「俺もそう思うよ。今度は、ゆっくり歩いて回れたらいいな」


 幸い、今の俺たちは何かに追われているわけでもない。時間があるのなら、こうして街を楽しんでみるのも悪くない。


「ここがおすすめの宿だ。特に問題がなければ、ここに泊まってくれ」


 アッシュがそう言って、視線で前方の建物を示した。

 それは立派な二階建てで、横に大きく広がっている。客を多く収容できるよう、設計されているのだろう。


「もちろん、問題ないよ」


 レイとユリの様子を確かめながら、俺は素直に彼の提案を受け入れる。

 そもそも、好意で提供されたものを断る理由などない。よほどの事情がない限りは。


 アッシュは軽く頷くと、「ここで待っててくれ」とだけ言い残し、一人で宿の中へと入っていった。

 やがて戻ってきた彼は、小さな鍵を俺に向かって放る。


「おっと……」


 慌てて受け取ると、アッシュが続けた。


「三人部屋にしておいた。女将さんには話を通してある。中に入ったら、案内に従えば大丈夫だ」


「わかった。助かる」


「俺は混合旅団の方に戻る。また明日、顔を出すと思う」


「ありがとな」


 ふと空を見上げると、すでに夕焼けが空を赤く染め始めていた。


「じゃあ、ゆっくりな」


 アッシュは片手を上げて別れを告げると、賑やかな通りの中へと消えていった。


「嵐のような人たちですね」


 レイがぽつりと漏らす。


「そうか?」


 俺は首をかしげる。正直、そこまで激しい印象はなかった。


「でしたら……私が長く生き過ぎているせいかもしれませんね」


 レイのこれまでを思えば、そう感じても可笑しくない。


「ああ……それは確かに」


 俺は曖昧に頷いた。


「……じゃあ、入ろうか」


 更にそうやって続けて、彼が出てきた宿の扉に手をかけた。


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