038話
道の途中、俺たちは何度か魔物に出会った。ゴブリンのように半分妖精、半分魔物ではなく、半分獣の半分魔物といった外見ばかりしていた。
狼の形をした魔物だったり、はたまた、熊の形をした魔物だったりと、本当に姿形は様々だった。
狼の魔物──グレイヴォルフと遭遇した時は、即座に狼人族の戦士であるグランが、グレイヴォルフと対峙することで動きを封じ、人族のセランが側面から足を切り付けていた。その後に猫人族のリオが胴体に矢を突き立てると、その矢に向けて、アッシュが雷を落とした。最後はグランの大剣の一撃で、あっさりとグレイヴォルフは首を落とした。
熊の魔物──レッドベアーと遭遇した時は、リオが矢でレッドベアーの瞳を居抜き、痛がって前手を振り回している所を、セランが膝下を切り裂いて動きを封じた。グランが持っていた大剣はアッシュは氷を纏わせることによって、戦士のグランの背丈よりも三倍ほど大きくなり、そのままレッドベアーの脳天に振り下ろされた。
目が見えないレッドベアーに為す術なく、そのまま脳天をかち割られていた。とても大きな遠心力が乗った一撃だった。
他にも様々な魔物に出会ったが、その対処はどれも流れるようで、まさにプロと呼ぶに相応しかった。竜という規格外生命体を倒せないだけで、本来であれば人が太刀打ちできないような獣くらいは、彼らは容易く倒せるみたいだ。それなりの地位もありそうだと感じた。
そうやって、混合旅団と歩き続けた俺たちの視界には、大きな円形の壁に囲われた街が映った。
「あれが俺たちが住んでいる街だ。名前はセルマギルムって言って、セイント王国の辺境にある街だ」
アッシュが簡単に説明してくれた。その手の知識は皆無だから非常に助かる。
とても立派な街に見えるのに、これで辺境と言われてしまうと、俺が眠っていたあの土地は、もはや何と表現すれば良いのかわからないな。
「随分と立派な街壁ですね」
レイは率直な感想を口にしているようだった。
「元々、ある程度の魔物は居るんだ。だから、こんな感じで身を守る必要があった」
「そうなのですね。魔物を倒すのは冒険者なのですか?」
「街の自警団や、兵士、騎士たちも、時おり増えた魔物の対処に駆り出される。さすがにレッドベアーとかは、それなりに腕のある奴が対処する」
「たしかに、あのレッドベアーは大きかったな」
立ったら4メートルはありそうな体躯をしていた。そのレッドベアーの死骸は、今はレイのアイテムボックスの中だ。
あまり見せびらかす気はないが、既に彼らの目に触れているので、こちらから協力を申し出た次第だ。
そのとき、アッシュが少し躊躇うような声で尋ねてきた。
「……ちょっと聞きづらいんだけどさ、そのアイテムボックスって、一体どこで手に入れたんだ? 伝説上でしか聞かない代物だったから、正直今も信じ切れてない」
アッシュは恐る恐る、と言った形でレイにたずねた。
「これは、我が家に代々伝わる家宝です」
レイが柔らかく、けれどはっきりと答える。しれっと息を吸うように嘘を吐いたので、俺はユリと顔を見合わせた。すると、ユリは不思議そうな視線を返してきた。
ああそうだ、ユリはレイのこの言葉が嘘か本当かわからないよな。だって彼女は、俺がアイテムボックスの開発に携わっていたことを知らないのだから。
「そりゃまた……すごい家だな」
そう呟いたアッシュの隣で、レイナが驚いた表情を浮かべていた。
彼女は回復と支援を得意とする妖精族との混血だ。そのせいか、彼女も魔術や道具にはそれなりに見識があるのだろう。レイの言葉を聞いた彼女の目は、驚きに大きく見開かれていた。
「いえいえ。誰も知らないような家の生まれですので」
レイは謙遜を口にした。昔の俺は彼女の過去を知ってたかもしれないが、今の俺もレイのことをほとんど知らないんだよな……
思い出すつもりで、あえて聞いてはこなかったが、改めて知った方が良いのだろうか?
判断が付かない。レイ自身は、どう思ってるんだろうな。今の俺にも自分のことを知って欲しいと思うのだろうか。
「いやいやいや、それは無理があるだろ」
アッシュが食い気味に反論する。
しかしその続きを言わせまいと、レイが一言。
「それ以上踏み込むのは、あまり感心しませんね」
冷めた目で見つめながら、さらなる詮索を断ち切った。深入りされるのが、面倒だったのだろう。
少しだけ、気まずい空気が流れる。
「それより旦那様、そろそろ街が近付いてきましたね」
レイは空気を変えるように、俺の腕にそっと絡みついてきた。まるで、その場から逃げるように。
「……レイ。なんで、あんな言い方を」
彼女なら、もっと穏便に流すこともできたはずだ。
「一度、はっきり突き放しておいた方が、これ以上詮索されずに済むと思いまして」
「……まあ、いいよ。レイがそうしたいなら」
俺は彼女の頭に手を置き、軽く撫でた。
たったそれだけで、レイはとても嬉しそうな顔をしてくれる。撫でがいのある反応だ。
「我もいるぞ」
ユリが口を尖らせたように言う。色素のない髪を風になびかせながら、自己主張するようにこちらを見ていた。
「そうですね。ユリも、ですね」
レイが微笑んで、ユリの頭を撫でる。
俺がレイを撫でて、レイがユリを撫でる。その先に誰かがいるわけではないけれど、まるで一方通行の伝言ゲームのようだった。
足元に広がっていた草原は、いつの間にか乾いた茶色い地面に変わり、やがて石畳へと姿を変えていく。
目の前には、街へと続く入り口が近づいていた。
「そろそろ着くぞ。……あまり変なことはしないでくれよ」
混合旅団のリーダー、グランがそう告げる。
もちろん、最初から荒事を起こすつもりなどない。
街門の前では、数人の兵士たちが詰めていた。鋼鉄の胸当てに短槍、腰には簡素な剣。装備こそ簡素だが、目つきは鋭く、通行者をひとりひとり丁寧に確認している。
「おーい、俺たちだ。グラン・ヘイルド。混合旅団の一行だ」
グランが名乗ると、門兵のうちの一人が顔を綻ばせる。
「おお、お前らか! ……それにしても、大人数だな。そっちの三人は?」
「新顔だ。あとでギルドに報告書は提出する。今は疲れててな、先に街に入れてくれると助かるんだが」
「……まあ、あんたらなら信用できる。通ってくれ」
門兵が一歩下がると、巨大な街門がきぃ……と重々しい音を立てて開かれた。
街の中は活気に満ちていた。石畳を踏み鳴らす人々の足音、行商人の呼び声、遠くから響く鍛冶場の打音。どれもがこの街に息づく日常の音だった。
「これが……セルマギルム」
俺は小さく呟く。目の前に広がるこの光景は、どこか懐かしくもあり、けれど確かに記憶には残っていない景色だった。




