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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第四章 ~「冒険者との邂逅と魅せる君」〜
34/75

034話

「それはありがたい申し出だが……大きな危険が伴う。中途半端な腕では、かえって命取りになる」


 獣人族の戦士、グランは狼の顔立ちに似合わぬ丁寧な口調で、慎重な懸念を示してきた。


「そうか……腕にはそれなりに自信があるつもりだけど、どう判断されるかはわからないな」


 俺は肩をすくめて、素直に答えた。

 こういった場で自らを誇示するような性格でもないし、むやみに食い下がれば、それこそ不審に思われかねない。


「旦那様。私の力を、彼らに見ていただいてもよろしいでしょうか?」


 レイが静かに、だがはっきりと口を開いた。

 彼女の言葉は、俺たちだけでなく、五人組にもはっきりと届いていた。


「私たちは、他の方と関わることがほとんどありません。ですから、こういった場で対外的な評価をいただけるのは、貴重な機会かと」


 彼女の意図はすぐに理解できた。

 だから、俺も迷わずそれに乗ることにした。


「確かに、その通りだな。……もし良ければ、お願いしてもいいか?」


 俺はあくまで控えめに、けれど丁寧にグランへと視線を向けた。


 見ず知らずの相手を助けるために自分の腕前を主張するよりも、"見せる機会を求めて力を披露する"という理由の方が、自然だし説得力がある。

 この状況なら、辺境出身という俺たちの立場にも違和感は生まれない。


「そういうことなら、俺が相手をしよう。戦力が増やせるなら、それに越したことはない」


 グランは静かにそう言って、背中に背負っていた大剣を抜いた。


「寸止めにする。最初から本気では危ないから、徐々に速度を上げていく」


「承知しました。よろしくお願いいたします」


 レイもそれに合わせて、普段使い慣れた槍を手に取った。


 その動作を見たアッシュが、思わず声を漏らす。


「……まさか、アイテムボックスか?」


「え、それって古代の秘宝じゃ……」


 その言葉に、残る三人もざわついた。俺はあえて何も聞こえなかったふりをして、視線を外した。


「かかってこい」


「……行きます」


 レイはグランの指示通り、まずはゆっくりと槍を突き出す。グランはそれを無駄なく受け止めた。


「もう少し速く」


 促されるままに、レイは速度を上げていく。一般人の目には見えづらくなるほどの速度だったが、グランは依然として落ち着いてそれを受けていく。


 やがて、彼の大剣が一閃し、ゆったりとした凪ぎ払いが繰り出された。


 レイはそれを軽やかに回避し、間合いを詰める。大剣の戻りに一瞬の隙が生まれた。


「ここまでだ」


 グランがそう言って、手の内の力を抜いた。レイもすぐに槍を収め、一歩下がる。


「中々の腕だ。無駄のない動き、間合いの読み、どれも熟練者のものだな。……ぜひとも、俺たちに協力してほしい」


 グランの言葉に、他の四人もようやく納得した様子で頷いた。その眼差しには、明確な評価が込められていた。


「さすがはレイだな」


 ユリは小さな体を反らしながら、どこか誇らしげに胸を張って見せる。彼女なりに、レイの腕前を自慢しているつもりらしい。


「この子は……大丈夫なのか?」


 獣耳のリオが、背の小さなユリを見て問いかける。まるで、子どもを戦場に連れて行ってしまうかのように、どこか不安げな表情だった。


「我は強い! 大丈夫だ!」


 ユリは堂々と胸を張るが、その声がかえって彼女の小柄さを際立たせていた。


「まあ、気にしないでくれ。実際、強いからさ」


 俺がそう補足すると、リオは戸惑いを隠せないまま、曖昧に頷いた。


「……そ、そうか」


 納得しきれていないのは明らかだったが、それ以上は言葉を飲み込んだようだった。


 その後に、ひととおりの確認を終えたところで、グランが全体に視線を配る。


「じゃあ、そろそろ移動を再開しよう。日が高いうちに、調査範囲を一通り見ておきたい」


 その言葉に、五人組の面々はそれぞれ頷いた。すでに何度もこうして行動してきたのだろう、彼らの動きには自然な連携がにじんでいる。


「俺たちは、どうすればいい?」


 俺が尋ねると、アッシュが軽く手を挙げた。


「一緒に歩いてくれればいいよ。道案内ってわけでもないけど、調査対象の区域はある程度決まってる。とりあえず、森の南側を中心に見るつもりだ」


「了解。足は引っ張らないようにするよ」


 そう言って、レイとユリにも軽く目配せを送る。ふたりとも問題ないといった顔で頷き返してくれた。


 グランを先頭に、隊列が自然と整っていく。俺たちはその後方、リオとレイナの間に加わる形になった。


 地を踏む音、風に揺れる葉擦れの音、遠くで小鳥の鳴く声。緊張感こそないが、どこか慎重さを含んだ静けさの中で、俺たちは歩き始めた。

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