034話
「それはありがたい申し出だが……大きな危険が伴う。中途半端な腕では、かえって命取りになる」
獣人族の戦士、グランは狼の顔立ちに似合わぬ丁寧な口調で、慎重な懸念を示してきた。
「そうか……腕にはそれなりに自信があるつもりだけど、どう判断されるかはわからないな」
俺は肩をすくめて、素直に答えた。
こういった場で自らを誇示するような性格でもないし、むやみに食い下がれば、それこそ不審に思われかねない。
「旦那様。私の力を、彼らに見ていただいてもよろしいでしょうか?」
レイが静かに、だがはっきりと口を開いた。
彼女の言葉は、俺たちだけでなく、五人組にもはっきりと届いていた。
「私たちは、他の方と関わることがほとんどありません。ですから、こういった場で対外的な評価をいただけるのは、貴重な機会かと」
彼女の意図はすぐに理解できた。
だから、俺も迷わずそれに乗ることにした。
「確かに、その通りだな。……もし良ければ、お願いしてもいいか?」
俺はあくまで控えめに、けれど丁寧にグランへと視線を向けた。
見ず知らずの相手を助けるために自分の腕前を主張するよりも、"見せる機会を求めて力を披露する"という理由の方が、自然だし説得力がある。
この状況なら、辺境出身という俺たちの立場にも違和感は生まれない。
「そういうことなら、俺が相手をしよう。戦力が増やせるなら、それに越したことはない」
グランは静かにそう言って、背中に背負っていた大剣を抜いた。
「寸止めにする。最初から本気では危ないから、徐々に速度を上げていく」
「承知しました。よろしくお願いいたします」
レイもそれに合わせて、普段使い慣れた槍を手に取った。
その動作を見たアッシュが、思わず声を漏らす。
「……まさか、アイテムボックスか?」
「え、それって古代の秘宝じゃ……」
その言葉に、残る三人もざわついた。俺はあえて何も聞こえなかったふりをして、視線を外した。
「かかってこい」
「……行きます」
レイはグランの指示通り、まずはゆっくりと槍を突き出す。グランはそれを無駄なく受け止めた。
「もう少し速く」
促されるままに、レイは速度を上げていく。一般人の目には見えづらくなるほどの速度だったが、グランは依然として落ち着いてそれを受けていく。
やがて、彼の大剣が一閃し、ゆったりとした凪ぎ払いが繰り出された。
レイはそれを軽やかに回避し、間合いを詰める。大剣の戻りに一瞬の隙が生まれた。
「ここまでだ」
グランがそう言って、手の内の力を抜いた。レイもすぐに槍を収め、一歩下がる。
「中々の腕だ。無駄のない動き、間合いの読み、どれも熟練者のものだな。……ぜひとも、俺たちに協力してほしい」
グランの言葉に、他の四人もようやく納得した様子で頷いた。その眼差しには、明確な評価が込められていた。
「さすがはレイだな」
ユリは小さな体を反らしながら、どこか誇らしげに胸を張って見せる。彼女なりに、レイの腕前を自慢しているつもりらしい。
「この子は……大丈夫なのか?」
獣耳のリオが、背の小さなユリを見て問いかける。まるで、子どもを戦場に連れて行ってしまうかのように、どこか不安げな表情だった。
「我は強い! 大丈夫だ!」
ユリは堂々と胸を張るが、その声がかえって彼女の小柄さを際立たせていた。
「まあ、気にしないでくれ。実際、強いからさ」
俺がそう補足すると、リオは戸惑いを隠せないまま、曖昧に頷いた。
「……そ、そうか」
納得しきれていないのは明らかだったが、それ以上は言葉を飲み込んだようだった。
その後に、ひととおりの確認を終えたところで、グランが全体に視線を配る。
「じゃあ、そろそろ移動を再開しよう。日が高いうちに、調査範囲を一通り見ておきたい」
その言葉に、五人組の面々はそれぞれ頷いた。すでに何度もこうして行動してきたのだろう、彼らの動きには自然な連携がにじんでいる。
「俺たちは、どうすればいい?」
俺が尋ねると、アッシュが軽く手を挙げた。
「一緒に歩いてくれればいいよ。道案内ってわけでもないけど、調査対象の区域はある程度決まってる。とりあえず、森の南側を中心に見るつもりだ」
「了解。足は引っ張らないようにするよ」
そう言って、レイとユリにも軽く目配せを送る。ふたりとも問題ないといった顔で頷き返してくれた。
グランを先頭に、隊列が自然と整っていく。俺たちはその後方、リオとレイナの間に加わる形になった。
地を踏む音、風に揺れる葉擦れの音、遠くで小鳥の鳴く声。緊張感こそないが、どこか慎重さを含んだ静けさの中で、俺たちは歩き始めた。




