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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第四章 ~「冒険者との邂逅と魅せる君」〜
33/75

033話

 彼らは一斉に武器を構えた。


 その動きには一切の無駄がなく、場数を踏んだ者たちならではの静かな緊張がにじんでいた。

 どの瞳にも、何かあれば即座に動けるという、はっきりとした覚悟が宿っている。


 俺は、ゆっくりと両手を上げた。

 レイとユリにも視線を送ると、ふたりもすぐに同じように両手を上げてくれた。


「敵意はない。ただ、人の気配が珍しくて……それで、声をかけに来ただけだ」


 こちらの動きに応じて、向こうの五人もわずかに構えを緩めた。だが、まだ武器を下ろす気配はない。


 互いの間には、まだ距離があった。


 その静けさを破ったのは、狼の顔をした獣人だった。短く息を吐き、低い声で問いかけてくる。


「名前を」


 簡潔で、抑えた声だった。こちらを値踏みするような視線が、わずかに揺れている。


「……シン。こっちはレイと、ユリ」


 俺が名を名乗ると、三人の視線が順に注がれる。


 レイは穏やかな表情を崩さずに、軽く会釈を返した。ユリはと言えば、まったく動じた様子もなく、静かに立ったまま相手を見据えている。


 相手の集団の中から、もう一人、獣耳を生やした若い男が前に出た。表情は固いが、敵意そのものは薄い。


「おまえたち……この森に、何の目的で?」


 レイが一歩前に出て、落ち着いた口調で答える。


「特に明確な目的はありません。ただ、旅の途中でこの森に入りました」


 獣耳の男がこちらをじっと見つめたまま、しばらく沈黙する。

 何かを図っているようにも、何かを思い出しているようにも見える。


「旅人、ね。冒険者かと思ったけど……」


 その後ろから、耳の尖った女がぽつりと呟く。声を拾うか一瞬迷ったが、俺はあえて答えることにした。


「“冒険者”というのは知らない。俺たちは、行くあてもなく旅をしているだけだ」


「……冒険者を知らない、だと?」


 強く反応したのは、純粋な人類種に見える男だった。何か特殊な特徴は持っていなかった。

 この小集団の中で、参謀のような立ち位置なのかもしれない。


「知らない。俺たちは、本当に辺境の出身でな」


 常識を知らないことが、ここでは不審に思われるのは理解していた。

 だが、それを無理に取り繕えば、もっと不自然になる。

 だから俺は、ありのままを話した。

 もしそれで敵と見なされるなら、対話を諦めるだけの話だ。


 俺たちと五人組の間には、互いに言葉を探すような静けさが、俺たちの間に横たわった。互いにわずかな警戒心を残したまま、相手の出方を窺っている。


 やがて、狼の顔をした獣人が、低く息を吐いた。


「……なるほど。嘘をついている様子はないな。俺たちは、探索任務の途中だった」


 そう言って、彼は仲間たちに軽く目配せをする。すると、それに応じるように、ひとりずつ前に出て名を名乗った。


「俺はグラン。狼人族の戦士だ。この中では一応、リーダーをやってる」


 簡潔な言葉ながらも、責任感のようなものが滲んでいた。群れの先頭に立つに相応しい落ち着きがある。


「レイナです。妖精族との混血……いわゆる亜人種ってやつ。回復と支援が得意です」


 尖った耳を持つ女性が、穏やかにそう続けた。年齢は若そうだが、その瞳には油断の色はなかった。


「アッシュ。人族。こいつらの記録係みたいなもんだ。魔術と地図の扱いには少し自信がある」


 先ほど強い反応を見せた男だった。慎重だが、理屈と秩序を大切にしているのが言葉の端々から伝わってくる。


「リオ。猫人族の獣人で弓手だ。遠距離攻撃なら、任せといて」


 耳と尻尾を揺らしながら、にやりと笑ったのは、先ほど前に出てきた獣耳の青年だった。肩に下げた長弓が、彼の得意分野を物語っている。


「……セラン。人族、近接担当」


 最後に名乗ったのは、黙って立っていた小柄な女性だった。声は低く、無駄がない。腰の双剣が目を引くが、それ以上に、鋭い視線が印象に残った。


「それぞれ事情があるだろうが、こうして出会ったのも何かの縁だ。敵意がないのなら、こちらも無用な警戒はしない」


 そう言って、グランがようやく武器を背に収めた。仲間たちも、それに倣って構えを解いていく。


「……ありがとう」


 俺も、少しだけ安堵の息をついた。ひとまず、対話の場は保たれたらしい。


「俺が言うのもなんだけど、こんな人の気配すらない場所に来るなんて……何を探索してるんだ?」


 警戒がひとまず解けたところで、両手を下ろしつつ、話題を切り替えるように問いかける。


 五人組は顔を見合わせ、少しばかり難しい表情を浮かべた。その中で、アッシュが口を開いた。


「“魔物のスタンピード”って、伝わるか?」


 探るような声色だった。俺は聞き覚えのない言葉に、自然と首を傾げてしまう。代わりにレイが口を開いた。


「知っています。街や国を滅ぼすほどの魔物の大量発生……そういう意味で、合っていますか?」


「ああ、そうだ。実は最近、この辺りから少し離れた街の周辺で、魔物の数が増えていてな。俺たちは、その調査に来たってわけ。もしかしたらスタンピードの前兆かもしれないと思って」


 魔物の大量発生、か。ゴブリンは半分魔物だってレイとユリが言ってたな。あまり利口な生物には見えなかったから、他の魔物もあんな感じなんだろうか。


「……逆に、そっちは何か気づいたこととか、なかったか?」


 アッシュの問いに、俺たちは顔を見合わせる。


 この森の道中、それなりに魔物や獣と出くわしてはいた。ただ、そのどれもが、ユリにかかれば片手間に片付く程度だったし、「スタンピード」と呼ぶほどの異常事態だという認識はなかった。


「この森に住んでるわけじゃないけど……それなりに、魔物には遭遇してるよな?」


 魔物と獣の違いは、俺にはうまく見分けられない。途中で不安になって、レイに助けを求めるように目を向けた。


「……そうですね。でも、“スタンピード”と呼ぶほどの気配は、感じませんでした」


 落ち着いた声で、レイが説明を引き継いでくれた。


「そっか、ありがとう。貴重な情報だよ」


 アッシュは、得られた情報が少なかったにもかかわらず、それを明るく受け止めてくれた。


「……もし良ければ、俺たちも手伝おうか?」


 自然な口ぶりで、手伝いの意思を伝える。

 俺たちの旅に、少しでも新しい広がりを持たせたかった。ただ通りすがるだけじゃ、何か物足りない気がしていた。


 ──なぜ、物足りないと感じるのかは、自分でもうまく説明できないけど。


「えっ?」


 アッシュが目を見開く。


「本当にスタンピードが起こるかもしれないんだろ? 五人だけじゃ、さすがに厳しいんじゃないかと思ってさ」


 驚きの色を浮かべたままのアッシュに構わず、俺は続ける。


 さて、どう返してくるだろうか。

 強く拒まれなければいいんだが……


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