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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第四章 ~「冒険者との邂逅と魅せる君」〜
31/75

031話

 俺たち一行は、意味の無い会話を重ねながら、足場の悪い森を歩いていた。

 時おり、背の低い木々や、草花によって、完全に道が塞がれてしまうことがあったが、そのたびにユリが前に出て、それらを迷いなく伐り払ってくれた。

 吸血鬼は半怪半人の種族である。だからこそ、ユリは人類種とは違う術を使うことができる。その術のおかげで、レイは槍を取り出す必要はなく、ユリにとってはその作業が通過儀礼のようであった。


「何か来る」


 先頭を歩いていたユリが、ふと立ち止まって呟いた。


「……ですね」


「……みたいだな」


 ユリの言葉が何を指しているのか、俺たちにも理解ができた。


「ゴブリン……ですね」


 レイは俺たちを取り囲んだ集団に対して、とても冷静に正体を告げた。


「ゴブリン……記憶にないな」


「どうして吸血鬼は思い出して、ゴブリンは忘れてしまうのですか……」


 俺は首を傾げるしかなかった。本当に記憶にない。そんな俺を見て、レイは眉間を指で押さえて、わずかに苦笑した。


「もう、来ます。敵で間違いないので、まずは退けましょう」


 レイの一言が合図だった。


 周囲にいたゴブリンたちが、牙をむき、こちらに向かって一斉に飛びかかってきた。全身を緑に染めていて、人の形こそしているが、知性や理性の気配はなかった。背丈は俺の腰ほどしかなくても、その数は侮れない。


「我がやる」


 ユリは低く呟いた。

 その次の瞬間、彼女は左腕を力いっぱいに振るった。周囲の草木ごと、ゴブリンたちの体を断ち割る。赤黒い残滓が宙に舞い、数体のゴブリンが、胴の上下を別たれて崩れ落ちた。


「あれ……もう来ないみたいだな」


 その後ろにも複数の気配を感じたが、それらは俺たちに襲い掛かることなく、段々と遠のいていった。


「我の力に恐れを生したのだろう」


 ユリは得意げに言った。レイもその言葉に頷いていた。


「……こいつらは、人ではないのか?」


 行動はとても人ではなかったが、人の形を取った生き物だ。神のように膨大なエネルギー量を感じるわけではないが、意思疎通はできなかったのだろうか?


「ゴブリンは、妖精と魔物の混ざり物です。人の形を取った魔物……と認識するのが正しいかと」


「なる……ほど」


 完全に人とは別種族なのか。レイは魔物だと言っているから、完全に意思疎通することはできないのだろう。無闇に殺すことはしないが、襲われて手加減する理由も無さそうだな。


「今日の食事は……こいつらか?」


 少し気が重かったが、俺はレイに視線を向けた。今までも、狩った獣で食をつないできた。これも変わらない理屈のはずだ。


「我はあまり食したくはない」


 ユリは顔を背けてしまった。二足歩行の動物を食べるのは……まあ、あまり良い気はしないよな。


「形の問題もありますが、ゴブリンはあまり美味しくないので、食材には不向きです」


 レイが淡々と言った。美味しくないなら仕方ない。


「ですが、獣の餌にはできます。捨ててしまうのはもったいない。ユリ、細かく切り分けることは可能ですか?」


「……どこまで?」


「できる限り」


「……ううむ。やってはみるが……」


 そう言ってユリは、近くに転がるゴブリンの下半身を持ち上げ、空へ放り投げた。落下してきたその肉塊を、彼女は指先の鋭い刃で八つ裂きにした。

 彼女の五本と五本、合計十本の指先は、爪が鋭く伸びたかのような、そんな形状をしていた。


「……これくらいなら十分です。運搬できれば、いずれ専門の業者と出会ったときに、何らかの形で価値に換えられるかもしれません」


「ならば他のも?」


「はい。お願いします」


 ユリは静かに頷き、次々とゴブリンの亡骸を解体していった。


「レイ。その専門の業者って……今の時代にも、まだ存在すると思うか?」


 少し気になって尋ねてみる。何しろ、彼女の知る世界は、何十億年も前のものだ。


「ゴブリンが現に存在するなら、きっと彼らも……とは思いますが」


 レイの声には、少しだけ迷いがあった。


「まあ、いいさ。どうせ倒したんだ。無駄にせず済むなら、それが一番だろ」


 例え無駄になったとしても、それでいい。今はレイの考えを尊重したかった。


「……ありがとうございます。もし旦那様が時間を気にされるようでしたら……」


「気にするわけないだろ。レイのしたいようにしてくれ」


 五十億年も待たせた俺が、ほんの数分の手間に文句なんて言えるはずがない。


「承知しました」


 レイは柔らかく頷き、解体された肉片を回収するため、ユリのもとへと向かった。


 解体された肉片は、すべてレイの持つアイテムボックスに収められていった。


 アイテムボックスって道具は、本当に便利だと思う。いつも手に何も持たずに歩けるというのは、道具を抱えて移動するのが当たり前の種族にとって、かなり画期的なんじゃないだろうか。


「旦那様、お待たせしました」


 レイが静かに声をかけてくる。


「ああ。じゃあ、先に進もうか」


 すべての作業が終わったのだろう。俺たちは再び、森の奥へと歩を進めることにした。

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