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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第三章 〜「半怪半人の者と異常者な君」〜
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029話 Feat.ユリ

「下がってください」


 外の光が見え始めた。足を踏み出そうとしたその瞬間、レイが先に前へと出た。彼女の手には、いつの間にか鋭利な槍が握られていた。


 風を裂く音とともに、何かが我へと飛来する。それを、レイは槍の柄で正確に叩き落とした。


「……突然だな」


 シンが冷静に呟きながら、階段の先に広がる空を見上げていた。我もそれに倣い視線を上げると、そこには、見覚えのある顔が浮かんでいた。


 ──我を封印した、あの神の顔だ。


「その者を置いてゆけ。さすれば、命までは取らん」


 空に浮かぶ神が告げた。要するに、我をここに置いて去れというのだ。

 逆に言えば、彼らは我を置いてゆけば、神々と敵対する必要は無い。


「出会って早々に攻撃してきて、随分な言い草だな。たった一人がよっぽど怖いと見える」


 シンの声には皮肉が滲んでいた。だが、その瞳は真っ直ぐに空に向けられている。神は一柱ではなく、いくつもの気配が空に浮かんでいた。


「その者は神に逆らう不届き者ぞ。排除せんとして何が悪い?」


「神の事情は知り兼ねるが、過剰防衛に見えるな。神ってのは、王が民あっての存在であるのと同じく、人があってこその存在じゃないのか?」


 神の言葉に対して、シンの言葉はとても理知的に聞こえた。記憶が無いと彼は言うが、自らの経験や知識を、強く形にしているようにも感じられた。


「……まあ、分かり合うつもりもないから、なんだって良いんだけどな」


 そう呟いたシンが、空に向けて手を伸ばす。その瞬間、我らと神々のあいだに、あの封印を破壊した黒い渦が生じた。

 空間がねじれ、鳥肌が走る。我の全身が、得体の知れぬ寒気に包まれた。やはり、何度か見ていても慣れないな。


「取りあえず、ここを抜けよう」


 我とは対照的に、シンは一切動じる様子を見せなかった。レイだけは階段の外に半身を出しており、このままでは狙い撃ちにされかねない。我らは急ぎ、階段を駆け抜けた。


 外に出ると、そこは開けた草原になっていた。背後には崩れた建物の残骸が影を落としている。


 その刹那、黒い渦を避けるようにして、神の一柱が我らへと突撃してきた。


「あれは、私が」


 レイが一歩、前へと踏み込んだ。そのまま槍を構え、突撃してきた神を正面から迎え撃つ。


 神が振るった刃を、彼女は迷いなく受け止めた。鋭い金属音が空気を裂く。レイの槍が、刃をはじき返し、その反動を活かして柄の部分をすぐさま振り上げる。


 次の瞬間、その硬質な槍の柄が神の顔面を正確にとらえた。

 鈍い音が響く。神の身体が宙を舞い、軽々しく弾き飛ばされる。まるで無様な人形のように地面へと叩きつけられた。


「さすがだ」


 シンは淡々と呟くと、彼の上空に掲げられていた手が下ろされ、同時に空中に揺らめいていた黒い渦がゆっくりと消えていく。

 渦が消えたことで、我らと神々のあいだを隔てていた“視覚的な壁”は取り払われた。空に浮かぶ神々の姿が、より鮮明に見える。我の恐怖心も消えた。


「……貴様、何者だ?」


 神々の中でもひと際威圧的な存在が、訝しげな声を発した。眉間に皺を寄せ、その目には警戒の色が滲んでいる。


「名乗る名はない。それより……まだ戦うか?」


 シンは、地に横たわった神の姿へと視線を向けながら言った。レイの一撃を受け、草の上に転がるその身体は、意識を失っているのか、まったく動く気配がない。


「もう一度だけ告げる。そこの吸血鬼を置いてゆけ」


 先ほどよりもさらに高圧的な声が響く。空から見下ろすようなその声には、苛立ちと焦燥が露わになっていた。


「……嫌だと言ったら?」


 シンがわずかに顎を上げて、涼しい顔のまま問い返す。その言葉には、不遜さと共に、微かな嘲りすら込められていた。


「貴様も、その隣の女も、その怪物もろとも処理するだけだ」


 神の声には、怒気と断罪の意思が宿っていた。


「さっきも見せたはずだが……"こいつ"をどうにかできるのか?

 ……お前、随分と調子のいいことを言うじゃないか」


 皮肉を滲ませた声と共に、シンの右手に黒き渦が生まれる。

 ねじれ、蠢き、視線を吸い寄せるように空間そのものを歪ませるそれは、まるで現実の理から逸脱した“何か”だった。


 彼はそれを、あえて神々の方へと掲げるようにして、見せつけた。


 空に並ぶ神々の視線が、一斉にその一点へと向かう。わずかに、空気がざわめいた。


「……その力は、なんだ?」


 ひときわ鋭い視線の神が、低く問いかける。だがその声音には、抑えきれぬ警戒と、微かな動揺が滲んでいた。


「教えてやる義理はない」


 シンは、そこで言葉を区切った。


「ただひとつ──

 お前らが感じているその恐怖。そいつが、正しいってことだけは教えてやるよ」


 続いたのは挑発めいた口調。だがその奥には、確かな確信と、切り捨てるような冷たさがあった。


 シンの掌に生まれた黒い渦。

 それは、我の目から見てもこの世界の理からは大きく逸脱していた。

 ひと目見ただけで、肌が粟立ち、背中が冷たくなる。理解不能な“それ”を前にすれば、逃げ出したいという衝動が自然と湧き上がる。


 神々とて、その感覚から逃れることはできぬのだろう。


「さあ、どうする?」


 シンは不敵に笑った。そんな彼の様子は、我には心強かった。

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