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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第三章 〜「半怪半人の者と異常者な君」〜
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028話 Feat.ユリ

 シンとレイは、我の涙が止まるまで、静かに待ってくれた。

 それだけだが、だからこそ、我は彼らの事を好いてしまっていた。

 内に秘める彼らの生き方、芯とも呼べるものが、それに触れられる瞬間が酷く心地よかった。


 レイは涙を拭いてくれた。我はそれを受け入れた。シンは彼女の意思を尊重せずに、我のことを助けたと思っていたから、彼女の優しさを受け取るとは思っていなくて、その行動に少しだけ驚いてしまった。


「綺麗な顔をしているので、しっかり拭き取った方がいいですよ」


「レイも綺麗だと思うが……」


 我ほどではないが透き通るような白い肌に、美しく長い黒い髪と、まるで深淵を思わせる黒い瞳は、彼女を綺麗だと評する以外の選択肢を潰している。


「ありがたいお言葉ですが、旦那様に愛されなければ意味が無いのです」


「まるで、他に女が居るみたいな、そういう悪意の篭もった言い方はやめてくれ」


 レイの言葉に鋭く反応したのはシンだった。


 やがて、玉座の間から外に出た。

 その先には長く続く廊下があった。絵も彫刻も、その他の美術品も壊れることなく並べられていた。


「昔からこうだったのか?」


「うむ、変わらないな」


 シンの言葉に頷いた。我の目から見ても、昔からあまり変わらない光景であった。

 長い時が流れたようには思えなかった。我が封じられていた期間は、思ったよりも短かったのかもしれない。


「この絵って、誰のことを指しているのですか?」


 レイは、白銀の瞳と髪。真っ直ぐな足取り。振るわれた細剣が、陽光を受けて煌めいている人を指差していた。


「それは我だ。わかっていて聞いたのか?」


「やはり、そうだったのですね」


 彼女は納得した顔をしていた。


「ユリは本当に特別な吸血鬼なのですね」


「……そう、言われればそうだな」


 我は自分のことを異端だと考えていたが、特別と言い換えられると、あたかもその特殊性が祝福されているかのように思えた。


「こうやって見ると、ユリが異端扱いされていたようには見えないんだよなぁ」


「そうですね。とても美しく描かれていますし」


「白い目は向けられていた。それ以外は……今考えてみたら、そうでもなかったのかもしれないな」


 レイが美しいと言ってくれた絵は、嫌われ者を象徴した絵には見えなかった。この絵は当時の王が作らせたものだ。簡単にポーズだけ取らされたのは覚えている。


「……すぐ涙が出てくる」


 我の頬を雫がまた伝っていた。昔に気が付けなかった事が今は気が付いてしまう。それは残酷なことだ。

 酷く他人事のように感じられるのに、我の感情は自分事だと叫んでいる。


「思い出に向き合えるのが、俺にとっては羨ましい」


 それはシンの声だった。言葉を聞いて、意味を理解して、我は視線を彼に向けた。


「記憶がない……から」


「ああ、そうだ。……ほんとに、それでも一緒に居てくれるレイには頭が上がらないよ」


「私は常に旦那様の味方ですから」


「ありがとう」


 シンはレイの頭を撫でた。


 彼も彼なりの苦悩を抱えていて、それを支え続ける彼女にも強い覚悟がある。


 素直に"良いな"と思った。


 理論や理屈程度では、絶対に越えられない壁を壊してきた関係性が、彼らの間にはあるのだろう。


「だから、ユリは思い出に浸れるうちに、できるだけ浸った方がいい」


 彼の言葉は優しくて、それでいて心にずしりと重しが乗った気がした。


「……何故、泣いてしまうのか、我にもわからん」


 自分の行動が我には理解できない。こうやって泣いたところで、現実は何も変わらないし、過去も何も変わらないことは、誰だって理解できることのはずだ。それでも涙が止まらない。


「ユリが泣き止んだら、先に行こうか」


「そうですね」


 シンの言葉に、レイはゆっくりと頷いた。


「……いや、先に進もう。進ませてくれ」


 だが、我はそれを拒否した。この場に居たら、いつまでも泣いていそうだった。


「いいのか?」


「一日二日くらいなら、待っても良いですよ?」


 我の言葉に、彼は驚いていて、彼女は心配そうな顔をした。


「……そんなに泣いていたら、涙だって枯れてしまう」


「枯れるまで泣くって大事だと思いますよ?」


「いや、流石にそこまではやらん……つもりだ」


「私はよくありましたけどね。最近は減ったと自分で思います」


「よくあった……か」


 少し話をして、気が楽になった。気が付いた時には、我の涙は止まっていた。もちろん色々と混合された感情が、自分の中に渦巻いているのは理解できる。それでも"まあいいか"と思えている自分がいた。


「先に進もうか」


 シンは言った。それは一種の宣言のようでもあった。


「はい」


「うむ」


 レイに続いて我も頷いた。拒否する理由がないからな。


 長廊下を抜けて、上へと続く階段に足を掛けた。見知った階段で、我は戸惑うことなく上を目指して歩いた。


 その先にも見慣れた都市が広がっていた。懐かしい半面、大昔の神々と争った跡が残っていた。


 何も思わないわけじゃない。むしろ、荒れるに荒れた感情が、我の内で波打っているのがわかった。


 だが、そんな言葉にならない感情に対して、何処か呆れてしまっている自分もいた。その感情に対して、もういいよと言っているような気がした。


 だから、涙は流れなかった。


「寄りたいところはあるか?」


「無いな。むしろ我は外に出たい」


 いつまでも過去に縋りたくない。逃げるための言葉ではなく、訣別の為の意思だ。


「……そうか。なら外に出よう」


 シンは一瞬だけ目を細めて、それから未来を決断した。


 大きな地下都市を、我はあまり眺めることなく、地上へ繋がる階段に足を伸ばした。


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