027話 Feat.ユリ
「彼女も歩けるようになったみたいですから、今後のことを決めましょう」
レイはキリッとした表情で話を切り出した。その言葉はまるで、いつまでも今の情動に浸っているべきではないと、戒めているようにも感じられた。
「そうだな。ユリはどうしたい?」
シンは彼女の言葉に頷いて、我に視線を向けてきた。
「我は──」
自身の望みをごく自然に答えてしまいそうになって、言葉に詰まってしまった。確かに彼らは敵ではないし、優しいとすら思う。だがしかし、意見を言えば尊重して貰えるとわかっているくせに、自らの望みを口にするのは、子供の駄々のようにも感じられてしまう。
「君に望みが無いのならば、俺たちはこの地下都市を後にするだけだ。
でも、君にとっては生きてきた街なんだろう?
だから、悔いが残らないようにした方がいい」
彼の言葉は、そんな子供の駄々を肯定するようであった。だから、声が出なかった。どう答えるべきか悩んでしまった。悔いが残らないようにするのであれば、我の感情を素直に打ち明けるべきだろう。だが、それを出会って間も無い相手にすべきなのだろうか。
「我は──」
彼はそう言うが、その言葉を信じて良いものか、我には判断が付かない。だから再び言葉に詰まった。
「──旅立つ前に見て回りたい……と思う」
それでも、意を決して言葉を発することができた。
「そうか。ならばそうしよう」
彼はニヤリと笑みを浮かべてそう言った。まるで、我のこの意思を待っていたかのように。
「レイもそれでいいか?」
「旦那様のお心のままに」
「じゃあ、外に行こうか」
我を封じていた一室を、我らは後にした。
「……まだ、これだけ原型が残っているのだな」
我はそれなりに長い期間を封じられていたはずだ。それに、神々の攻撃は苛烈を極めていたはずだ。にも関わらず、我の前に広がる玉座の間は、昔に見たままの景色と大きく変わらなかった。
「ユリは王様だったのか?」
「我は王族ではあったが、王になったことはない」
「そうなのか。ここ立派な場所だよな」
「そうだな。我も豪華な場所だと思う」
豪華な場所だが、我の趣味ではない。
身に付ける物は、この深紅のドレスのような、それなりに仰々しい物が良いと思う。だが、建物の構造に関しては興味がない。むしろ、質素な造りの方が好ましい。
彼と世間話をしながら、埃っぽくなった玉座に手を触れた。手がすこし粉っぽくなったが、我はそのまま玉座に腰を掛けた。崩壊する前は、この玉座に座る資格も無ければ、座ることすら許されなかったが、既に咎める者もいないからな。
「眺めはどうだ?」
「あんまり、だな」
シンの言葉に首を横に振って、再び立ち上がった。
玉座から見える階段下は、とても綺麗な大理石で作られてはいるが、誰の人影も感じられない。だからかもしれないが、やはり豪華な建物を好かないと思った。
「我はこんな場所よりも、暖かい民家の方が好きだ」
「私も暖かい民家の方が好きですね」
「レイも?」
意外だと思った。
「暖かい民家の方が、人の幸せって感じがしませんか?」
彼女の問い掛けに、我は自分が豪華な建物を好かない理由がわかった気がした。我がこの都市を守ろうとした理由がわかった気がした。
我は些細な人の幸せが、温かさが、好きだったのだ。ふとした所に感じる愛情とか、ふとした所に感じる幸福とか、それが尊くて、壊されたくなくて、我は神々に抗ったのだ。
「……そうだな」
辛うじてそう言うことしかできなかった。それは終わってしまった世界に……
「ぐうっ……」
肌を一雫が伝った。それに気が付いたときには、全てが止まらなくなっていた。手で拭っても拭っても止まらなくて、止まらない、止まってくれ。
「ユリ、これを」
レイは一枚の布を被せてきた。
「……これは?」
鼻をすすりながら、本当に小さな声で、精一杯の声で彼女に聞いた。
「感情というのは、事実とは矛盾するにも関わらず、暴れ出してしまうことも多々あります。それを拭い捨てる必要は無いと思うのです」
彼女の言葉はまるで、涙を拭う必要は無いと、止める必要は無いと、そう言っているように聞こえた。
「……泣いても帰ってこない。守れなかった事実は変わらない」
少しだけ落ち着いた。だから、言いたいことが口から漏れた。
「泣いても変わらないから、泣いてはいけないのですか?」
「……意味がない」
「意味がないから、泣いてはいけないのですか?」
「……でも」
「それ、泣かないための理由を、勝手に探しているだけですよね」
レイの言葉は、ある意味で厳しかった。弱さとの決別を許さない、向き合わなければならないと、そう言われている気がした。
「泣いてもいいのです。少なくとも私たちは待ちます。……ですよね?」
「んあ?
……ああもちろん、待つさ。ついさっき旅に誘ったばかりだしな」
彼女たちは明確な意思表示をしてくれた。我が慈しみ悲しむ時間を与えてやると。
封印から救ってくれたばかりか、血も与えてくれて、心も救ってくれようとしていた。
我は彼のことも、彼女のことも、好きになっていた。




