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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第三章 〜「半怪半人の者と異常者な君」〜
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025話 Feat.ユリ

「そんな馬鹿げたことを口にした時点で、貴様が女心をまったく理解していないのはわかった」


 我自身が驚くほどに、その声音は多くの酷く呆れた感情を含んでいた。


「どういうことだ?」


 シンは怪訝そうな顔をした。


「彼女がそれを嫌だというわけが無いだろう。だからと言って、その感情を蔑ろにすべきではない」


 レイの性格を程々に理解した上で、自らの感情を封じ込める選択をする存在だということも理解していた。それを悪いというつもりはないが、その感情は彼が無視するべきものではない。人から向けられた好意を無視し、蓋をして行動を決めてしまえば、その相手はとても寂しく、悲しい気持ちになる。我はそれを知っている。だからこそ、幸せである彼らにそんな選択はさせたくない。


「ユリ、気にすることはありませんよ。もしそれを気にするような私なら、きっとここにはいないでしょう」


 我の指摘に答えたのは、彼ではなく彼女だった。彼女の表情は強い決意を感じさせるものであった。


「……どういう意味だ?」


 決意は感じ取れたが、その真意がわからなかった。


「私は、旦那様がお目覚めになるまでの五十億年で、既に色々な感情を乗り越えてきました。だから、その程度の非常識では全く心が揺れないのです」


 我は自然と目を見開いていたと思う。少なくとも、彼女の言葉を聞いて我は目が離せなくなった。


「そんなに驚くことですか?」


「驚かないのは無理だ。吸血鬼でさえ、一億年と生きた者はいないのに」


 吸血鬼は不老不死の種族である。それにも関わらず、一億年を生き続けた者を我は聞いた事がない。それを聞かない理由も知っている。長い回廊のような時間に、その精神が耐え切れなくなり自死を選ぶからだ。


 それを、五十億年も?


 彼女が自らの存在を保ち続けている事こそが、我には全く理解が及ばない。そうか。彼女は狂っているのではなく、狂わなければ存在の確立ができなかったのか。


「あら、そうなのですね。その手の事情は知りませんでした。

 ですから私は、旦那様が私のことを愛してくれていれば、他には何も必要ないのです」


 レイが彼に向ける愛情は、我のように他種より少しばかり長命なだけの身には、計り知れぬほどの重さと大きさがあると理解した。正しく理解してしまった。

 それを向けられた彼を、我は少し羨ましいとも思ってしまった。何故なら彼女の感情は、愛情の宝石であり、原石であり、可能性であり、酷く美しく見えてしまったからだ。

 一億年すらも、吸血鬼ですら、怪異ですら、自らの存在を確立することが難しいのに、そこに大切な愛情を持ち続けて生きてきたことを、奇跡と呼ぶ以外に何があるというのだろう。


「……わかった。我はもう何も言わん。貴様の血を貰えるのならば、我にとっては百利あって一害もない」


 その奇跡を前に、女心などを気にすることが失礼だと思った。だから、我は大人しく彼の提案を受け入れることにした。

 元より、我にとっては得しかない話。断る理由がないことは、誰よりも自分自身が一番理解している。


「欲しいのか?」


「う、うむ。貴様らの仲を邪魔してしまわないかと、後ろめたい気持ちが無いわけではないが、我の事情だけを考慮すると……な」


 改めて問われて、我はわかりやすく動揺してしまった。他者に頭を下げて、何かをお願いしたことは、我の記憶の限りでは存在しない。


「血があれば回復するんだな?」


「優秀な者の血は、吸血鬼にとって万病に効く特効薬だ。それは我とて例外ではない」


 どんな種族の血であっても、その対象が優秀であれば、吸血鬼を不調を全て直してしまうほどの効果を発揮する。彼が持ち得る力を見るに、きっと我の全ての不調を直してくれるだろう。


「……わかった」


 シンは神妙な顔をして、腰の鞘から刃を抜いた。その剣が非常に業物であることはわかった。だが……


「そんな物騒な物は必要ない。我にも牙があるのだから、指を嚙ませてくれればいい」


 我は鋭い犬歯を見せて、彼を納得させるように説明した。吸血鬼はこの鋭い犬歯を突き立てて、そこから溢れた血を吸い取るのだ。そもそも、そんな業物で自分の身体を傷つけるのは良くない。


「わかった。これで良いか?」


 彼は我の前に立ち、やがて膝を付き、人差し指を差し出してきた。その瞳は夜空のように輝き、その中に我の姿が映っていた。色のない我の身体が、そこに確かに映っていた。


 我の犬歯がそれに突き刺さる。少ししてから、彼の血液が我の舌の上に零れ落ちた。その瞬間、我の身体は一気に熱を帯びた。


「っつ……」


 抑え切れない声が、我の意志とは無関係に漏れた。堪えることができなかった。

 その衝動はそれほどに激しくて、身体の隅々まで我の感覚を呼び覚ました。身体の血液が一気に循環したかのような、そんな感覚に見舞われた。


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