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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第三章 〜「半怪半人の者と異常者な君」〜
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021話 Feat.???

 吸血鬼。

 それは怪異種の最強格に属しつつ、人類種にも分類される半怪半人の種族。


 音も、光も、温度も、すべてが掻き消された漆黒の闇に囲まれようとも、我らはその瞳に全てを捉えることができる。

 それが吸血鬼が怪異たる所以である。


 そして、他者の血を蓄えることで、その他の人類種、怪異種、神と呼ばれる種族、あらゆる種族を凌駕することができる。

 それが吸血鬼が最強たる所以である。


 だがしかし、吸血鬼が最強であることは疑いようもないが、それ故か明確な弱点が存在する。


 日光に弱いのだ。

 いや、"弱い"という表現すら、過小表現になるだろう。

 何故なら、彼らはひとたび太陽の元に身を晒せば、瞬く間に自らの身体を灰に変えてしまうからである。

 それはもはや、致命的ですらあるだろう。


 そんな普通の生命体から、明確にズレている種族にすら疎まれていたのが、我──ユリ・ヴァルフェインである。


 面白いことに、疎まれている理由も明確であった。

 我は吸血鬼の弱点を持たない突然変異であったからだ。

 何をするにも後ろ指をさされてきた。

 何をするにも後ろから石を投げつけられた。

 何をしたとしても冷たい視線を向けられた。

 今や全てが遠い過去の話だが、いやはや、どんなに強力な怪異であれ、半分は人類種の性質を持つ吸血鬼だ。

 流石に気も滅入ってしまう。それでも、人とは不思議なもので、いや、怪異たる所以かもしれぬが、生まれ故郷を捨てるという選択肢は、過去の我にはなかった。


 今は、既に故郷が亡びて、年が幾つ経ったやもわからぬから、比較的にどうでも良いとすら考えている。


 太陽の下で灰にならぬ我が、彼らの中で異端であることは、我が一番よく知っておるから、そこにあまり否定的な感情が生まれなかったのもあるのやもしれぬ。


 そうやって煙たがられることが、常なのだと諦めていた。


 今の我は、吸血鬼の本来の住処である、漆黒の闇に縛られている。

 とても吸血鬼らしい生活を送っていると言えよう。

 太陽の元を歩ける我には、ちと物足りぬが、身動ぎひとつできぬほどに、拘束されてしまった身だ。

 生きているだけ儲けものだとも言えよう。

 ……いや、この退屈な日々から脱せぬのは、死ぬことができぬのは、それはそれで地獄でもあるのだが。


 この黒に閉じ込められてから、とても長い時間が経った。正確な年月などわかるはずもない。

 我の生まれ故郷は、神に反抗し、反乱し、神々が持ち寄った陽の光によって殲滅された。

 我のみが対抗することができる環境で、流石の我も複数人の同種共を逃がすので精一杯であった。

 どうせ、助けてやった恩すら感じやしない。そんな奴らであることはわかっていたのに、我が身は神々と退治した。

 数体の神は葬り去ってやったが、流石に多勢に無勢であった。

 こうして深い闇に閉じ込められてしまっている。


 助けてやった同種共は、誰ひとりとして我を救いには来ない。


 そんな薄情になるほどか?

 そう思ってしまうほど、彼らと我の間に差は無いと考えていた。

 だが、それだけで彼らの情と愛は、我には向けられなかったようだ。

 我には、彼らを守るために、神に抗うほどの情と愛はあったのだがな。


 ああいや、我にとってはそうでも、彼らにとってはそうではなかったのか。

 我には"無い"と感じられる差異も、彼らには"有る"と感じられる差異であったのだろう。

 つまり、彼らに我は同種として、扱われていなかったのだろう。

 飼っている獣を、わざわざ神に抗ってまで助け出そうとする者はいない。


 ……はあ、何回繰り返したかわからぬ問いだな。


 神々に闇に閉じられたとき、我は酷く怒り狂っていた。

 己が身を縫い付けられた十字架を、どうにか壊してやろうと躍起になっていた。


 でも今は、自分の目の濁りに、自嘲が重なるばかりだ。

 どんな闇すらも見通せる瞳を持っているのが、我ら吸血鬼ではなかったのか、と。

 そんな吸血鬼の瞳ですらも、他者との乖離した価値観を映し出すことはできなかったのか、と。

 見えるはずもない。理解できると驕ったのは他の誰でもない。我自身だ。


 長く拘束された我には、既に身体の感覚がない。

 もし仮に解放されたとて、すぐに立って歩くことは出来ぬだろう。

 誰にも触れられず、誰の姿もなく、誰の声も聞こえない闇。何ひとつ五感を刺激することすらない。

 それが余計に、我の身体の感覚を遠くしていた。


 だから、つい考えてしまう。

 我が存在は、この世のどこにすらも、もはや"前提"が無いのではないか、と。

 個性の消失、個人の消失、もはや怪異として機能はせず、人類としても機能していない。

 ただ残っているだけの、人の形をした何かでしかないのならば、早く死なせてくれ……と。


 吸血鬼とは難儀なものだ。そう簡単には死ねないのだから。

 他種族と比べた時に、大きな有理点である自らの不死性を、今は酷く呪っている。


 こんな思考も、感情も、我が存在ごと無くなれば良いのに。




 周囲の闇が、大きく振動した。

 何度も何度も何度も、まるで何かを穿つような音が突然聞こえてきた。


 やがて何者かが、この闇に足を踏み入れた気配がした。

 瞼の裏側から、久しく光を見ることができた。それは眩い光で、己が瞳に映すことは憚られた。


「君は誰だ?」


 若い男の声が聞こえた。


「旦那様、まずは自分から名乗りましょう」


 すると、若い声色ではあるものの、とても清廉とした女性の声が聞こえた。


 男と女、夫婦か?


「……俺の名前を、俺は知らないんだが」


「……ああ、そう言えば、そうでしたね」


 自らの名を知らない男。

 随分と不思議な男だと思った。


「彼の者の名は、シン・エルヴァディア。

 かつて、宇宙を統治する王であった者の名です。

 以後お見知り置きを」


 世界の王でもなく、世界の神でもなく、宇宙の王ときたか。

 世迷い事にしか聞こえぬが、その高らかな声から、絶対的な自信が感じられる。


 眩い光の中、我はゆっくりと瞼を上げた。

 我が瞳はその者たちを視界に映した。


 片や、灰色の髪に星空の輝きを内包した瞳をしていた。

 片や、漆黒の髪に夜空の深さを内包した瞳をしていた。


 そのどちらもが、我ら吸血鬼にとっては、とても馴染み深いものであった。

 そのどちらもが、我にとっては、酷く懐かしい色をしていた。




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