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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第二章 〜「崩壊した文明と隣を歩く君」〜
20/75

020話


「旦那様、手をお借りできますか?」


 広大な暗闇に視線を向けたレイは、迷いなく左手を差し出してきた。

 その手を取らない理由はなく、むしろそこに理由が無くとも拒む必要はなかった。


「ん? 構わないけど」


 俺は右手で彼女の左手を取った。


「旦那様の魔力を少しお借りしますね」


 彼女はそう言った。その次の瞬間に、俺の身体は大きな脱力感に襲われた。地面に倒れたりとか、その場でふらついたりすることはないが、それでも確かに、一瞬だけ身体が重く感じられた。


 彼女の左手と、俺の右手から、まばゆいばかりの大きな灯りが作り出された。開かれた暗闇の全てを照らし尽くすほどに強烈な光だった。


「こんなに大きな光も作れるんだな……」


 その部屋の中央には玉座が置かれていた。その座椅子の前には、俺たちを見下ろすことのできる階段が備え付けられていた。


「旦那様、魔法よりも玉座があったことに驚いてください。確かにこの光の魔法は大きいのですが……」


 文化的な発見に対する驚きと、技術的な出来事に対する驚きでは、瞬発力が違うとは思うが、彼女から見ると魔法よりも玉座の方が珍しいようだ。


 この間は、白を基調とした空間になっていて、地べたには使い古された赤い敷布が並んでいた。

 寝転がったりするのは勘弁したい。そう思えるくらいには埃っぽい。この場が本来の用途として使われなくなってから、それなりの年月が経っていることを実感させる。


「いや、驚いてはいる。ただ……それなりに既視感もあるからさ」


 玉座の間は俺にとっては真新しい印象がほとんどない。実家のような安心感とまでは言わないが、それに限りなく近い感触を受けていた。


「そう……なのですね」


 レイは俺の言葉を聞いて、一瞬だけ目を見開いてから、右手を顎に当てて何かを考え始めた。

 彼女の左手は俺の右手に繋がれたままで、恐らく手を離すことを忘れているのだろう。時折見せるそうした無意識的な一面は、彼女の美貌も相まってとても可愛らしい。


「少し歩いてみないか?」


 開かれたばかりの扉の近くで立っているだけでは、少し味気ないと思ったから、思案顔の彼女を誘った。


「……あ。そ、そうですね」


 自分の世界に入っていた彼女は正気に戻ったように、目をぱちぱちとさせてから、俺の手を引いて前に足を踏み出した。

 

 玉座に繋がる階段の前に立ち、俺たちは上を見上げた。


「あのシャンデリアも、それなりに高価そうですよね」


「それなりというか……かなり高価に見えるけどな」


「そうですか? ……確かに、色んな意趣や使われている金属、宝石などは凝られているとは思いますが」


 たった数瞬だけ視線を向けた程度で、そこまでわかるものだろうか?

 少なくとも、俺にはあまり違いがわからない。かなり高価そうだなと感じるだけだ。


「成金趣味感があって、あまり手放しに素晴らしいものだと言えないなと」


「そう言われるとそうだな。本当に良い奴って、成金の雰囲気は出ないしな」


 何となく知っている程度で、もちろん正確な記憶など俺には存在しない。見知らぬ経験から”そんなもんだろ”と考えて喋っているだけだ。


「登ってみよう」


「はい」


 踏みしめた階段は、今まで歩いてきた大理石の中でも、より綺麗な物を使っていた。


 靴音を鳴らしながら、俺たちは玉座の前までたどり着いた。


「誰も座っていないと、只の椅子ですね」


「こういうのって、玉座に意味があるわけじゃないからな」


 玉座とはあくまでも、その国の繁栄を表したり、もしくは、その椅子に座る王の偉大さを見せるために使われる。

 どんなに豪華にしても、所詮はただの飾り物で主役には成りえない。


「……旦那様、何か妙な気配を感じませんか?」


「え、そうか?」


 俺はレイのように戦闘が得意でもなければ、そういう生物の勘みたいなものも鋭くはない。彼女が気が付いていても、俺が気が付かないことは珍しくはない。だから、こういう場合は基本的に彼女の感覚を尊重することにしている。


「はい。いったいどこから……」


 レイはその真っ黒な瞳を凝らして、周囲を観察し始めた。俺も彼女がそう言うならと、玉座の周辺を歩いてみた。


「いってえ」


 突然、見えない何かにぶつかった。

 それなりに大きな激突音が静かな玉座の間に響いた。


「だ、大丈夫ですか?」


 割と本気の声色で心配されたから、本当に大きな音が鳴ったのだろう。


「大丈夫だ。それなりに身体は頑丈だしな」


「それはそうですけど……」


 レイは心配そうに俺の顔を覗き込んでから、身体に異常が無いか視線を向ける。やがて、問題が無いとわかると、俺がぶつかった何かに対して視線を向けた。


 だが、その何かは、俺たちの目には見えなかった。


 彼女は槍を取り出した、普段使いしているそれを、俺がぶつかった何かに突き立てた。


「木の感触? ……扉かもしれませんね」


 刃先は間違いなく何かに止められているのに、そこには何もないどころか、その先もしっかりと見えていた。俺がぶつからなければ、何かがあるということにすら気が付けなかっただろう。


「破壊します」


 彼女は神速の槍さばきで打突音を鳴らす。その音は数え切れなかった。


「多分、壊すことはできました。この先に行ってみますか?」


 何も見えないそこは、何処かに繋がっているらしい。彼女が突き刺した槍先が、俺たちの視界からは消失していた。


「行ってみよう。面白そうだしな」


 彼女は槍を片手に、俺の手を決して離さぬようにと強く握ってきた。

 だから、俺も強く握り返してやった。


「では、入りますよ」


 少し嬉しそうに微笑んだ彼女は、俺の手を引いて、見知らぬ世界へと足を踏みいれた。

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