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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第二章 〜「崩壊した文明と隣を歩く君」〜
19/75

019話

 大理石で敷き詰められた床は途切れることなく続き、壁も天井も、滑らかな白色の石でできている。

 両脇に並んでいた彫刻や絵画も、いつの間にか数が減り、気がつけば一つも見当たらなくなっていた。


 装飾の消えた空間は、妙に広く、そして静かだった。


 足音だけが、硬質な床に反響しては、ゆっくりと消えていく。


「これ、どこまで続くんだろうな……」


 灯りは、俺とレイの魔法で生み出された二つだけ。

 その光では、この廊下の終点すら見えない。


「歩くしかありませんね」


 レイは小さく首を振りながら答えた。


 その言葉が空気に吸い込まれていく。

 彫刻があった時は、道に緩やかな表情があったが、今はただの真っ直ぐな廊下だ。

 整い過ぎた空間には、人の気配も、偶然も、何ひとつ感じられなかった。


「旦那様は今、楽しいですか?」


 唐突な問いだった。

 それでも、俺は少し考え込んでから、正直に答える。


「……今は、さすがに飽きてきたかもな」


「やっぱり、そうですよね」


 レイがふっと微笑んだ。その表情は、少し困ったような、それでいてどこか面白がっているようにも見えた。


「だから……そうだな。何か話しながら歩くか。

 ……って言っても、俺には過去の記憶がないから、話題を広げるのも難しいけどさ」


 もし昔のことを覚えていれば、もっとたくさんの話をできたかもしれない。

 誰かと時間を分かち合うって、きっと、そういうことなんだと思う。


「では……今までの旅で、一番美味しかった料理は何でしたか?」


 レイが提案するように問いかけてくる。


 旅はまだ短いけど、彼女が作ってくれた食事は、どれも味が印象に残っていた。


「三日目に食べたやつ、だったかな……あれ、けっこう好きだったかも」


「ブラックボアですね。家畜として飼われることもありますが、あれは野生の個体でした」


「そういや、レイが槍で仕留めてたっけな」


「ええ。また見つけたら、狩りましょう」


「……あんまり乱獲しすぎるのは、良くないかもな」


 俺が軽く窘めると、レイはわずかに頬を膨らませて、すぐに微笑みに戻った。 

 ふくれた頬は、どこか照れているように見えた。その仕草が微笑ましくて、俺は思わず小さく笑いがこみ上げた。


 そんなささやかな会話の中──


 空気が、変わった。


 視界の先に、わずかな違和感が生まれる。

 まっすぐに続いていた白の廊下が、遠くで“終わり”を示す影を抱えていた。


 その輪郭は曖昧だが、確かに、何かがある。無意識に、俺たちの足が少しだけ速くなる。


 その影は、次第に形を持ち始めた。廊下の終端に、巨大な扉が現れたのだ。


 最初はそれが壁の一部に見えていた。けれど、近づくにつれ、扉の表面には微細な紋様が刻まれているのが分かった。

 黒曜石にも似た艶のある素材で、中央には円形のくぼみがあり、周囲には意味不明な文様が放射状に広がっている。


「……これは、随分と壮大な扉だな」


 俺がそう呟いたとき、レイはすでに目を細め、扉の細部を見つめていた。


 刻まれた彫刻画は古びていたが、彫りの深さと線の鋭さは今なお失われておらず、冷たい石肌に息づくような緻密さを保っていた。

 円環の内側には、夜空を思わせる星々の文様とともに、一対の蝙蝠の翼を広げた存在が刻まれている。その胸には血の滴る心臓が抱かれ、その周囲には跪く者たちの影──牙を持ち、細身の身体を包む黒衣の一団。

 その下には、倒れ伏す異形の獣たちと、頭上から注がれる月光の帯が描かれていた。

 全体に漂うのは荘厳さというよりも、静謐で厳かな“支配”の空気だった。

 その絵は、ただの装飾ではなく、この扉の向こうに広がる世界の物語を雄弁に語りかけてくるようだった。


 これが宗教画なのか、単なる権威の象徴なのかはわからない。

 だがこの扉の向こうが、ただの居住空間ではなく、ある種の象徴として築かれた場所であることは疑いようがなかった。


「鍵らしきものは見当たらないですね。封印の痕跡も見当たらないので……このまま開けられるかもしれません」


 レイの言葉は少し意外だった。

 この扉は尊大な印象を受けていたから、てっきり許された者にのみに開かれた間なのだと勝手に考えていた。


「押せば、開くってことか?」


「……理論上は、そうなります」


 彼女は扉に片手を当てる。俺も軽く片手を扉の表面にそっと手を触れた。


 冷たく、そしてわずかにざらついた感触。


 力を込めて押すと、扉はゆっくりと、だが確かに動き始めた。


 低く重い音が、廊下の奥へと幾重にも反響していく。空間を軋ませているかのような錯覚にも見舞われる。

 扉は確かに重たかったが、極端に拒むような抵抗は感じなかった。強いて言えば、軟弱者はお断りと言ったところだろうか。


 わずかな隙間から、今までの廊下とは少し違う空気が流れてきた。

 今までは、周囲が大理石であったこともあり、とても硬質な雰囲気であったが、その先から感じられたのは、もっと柔らかで、古く湿り気が混じったものだった。


 やがて、大きく重厚な扉は、完全にその先の道を開いた。


 扉の向こうには、魔法の灯りでは到底照らしきれない、広大な暗闇が待っていた。

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