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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第二章 〜「崩壊した文明と隣を歩く君」〜
18/75

018話

 目の前に続く階段は、最初に地下都市へと降りた螺旋のそれとは異なり、まっすぐ一直線に延びていた。

 壁も床も、鏡のように黒く磨かれた石材に覆われている。歩を進めるたび、足元から甲高い音が響き、音の余韻が静けさに溶けていく。

 所々に瓦礫の欠片が転がってはいたが、足元を塞ぐものはなく、迷いなく進むことができた。


「……着いたな」


 階段は唐突に終わり、その先にはまるで別世界のような空間が広がっていた。

 淡い白を基調とした石が、床にも壁にも天井にも贅沢に使われ、全体が滑らかで冷たい光を返している。その光は、まるで雪原に差し込む月の光のようだった。


 灯りは、俺とレイが魔法で生み出した、二つの小さな光源だけ。

 それでもわかる。この空間が、先ほどまでの地下都市とはまるで違う造りをしていることが。


「まるで、特権階級の人々が住まうような……そんな構造になっていますね」


 レイの言葉に頷くように、視線を巡らせる。

 その空間の両脇には、多くの彫刻や美術品の姿があった。

 祈る少女。微笑む老女。冠を戴いた王。鋭く剣を構える護衛の像。

 意味がわからない絵画。巨大な宝石。飾る為だけの王冠。宝石が埋められた宝剣。

 それらの装飾品は全て、等間隔に並んでいた。


 まるで、来訪者を歓迎しているのではなく、この地の栄光を静かに見せつけているかのようだった。


 そんな中に、ひときわ目を引くものがあった。

 壁の近くに据えられた、小さな石碑のようなもの。高さは膝ほどで、側面には幾つかの記号のような文字が刻まれている。

 その言葉を読むことはできなかったが、配置や彫りの深さ、表面の滑らかさから、それが単なる説明書きではなく、なにかを「讃える」ために刻まれたものだという印象を受けた。


 祈りの詩か、亡き者への哀悼か。

 言葉の意味は失われても、そこに言葉を刻んだ“誰か”の意志だけは、確かに今もここに残っている。


「少しお待ちください」


 隣にいたレイが、そう言って一歩前に出る。

 碑文の文字列を一瞥すると、彼女は静かに右手を宙へ掲げた。


 その動きに反応するように、空間がわずかに歪む。

 淡い光の粒が浮かび、その中心に小さな立方体の枠が展開された。

 彼女はそのインターフェースを迷いなく操作し、アイテムボックスの一覧から細長い筒状のケースを呼び出す。


 中から現れたのは、細く銀色のフレームが輝く眼鏡だった。

 彼女はそれを装着し、額に手を添えると、低く呟くように起動を始めた。

 その眼鏡をかけた彼女の横顔は、いつもより少しだけ真剣で、どこか知的な雰囲気を漂わせていた。


「……それは?」


 問いかけると、レイは手元の装置に軽く触れながら答えた。


「自動翻訳機です。五十万以上の言語を深層学習させています」


 ……深層、学習?


 俺には聞き馴染みのない言葉だった。


「この宇宙に存在していた言語群の系統分類をもとに、思想や文化の構造単位ごとに意味を再構成する仕組みです」


 説明された言葉は、どこか技術者めいていて、すぐには飲み込めなかった。理解できたのも半分くらいだ。


「単なる文字の置き換えではありません。“伝えたかったこと”そのものを、できる限り忠実に読み解けるように設計されています」


 ようやく、なんとなくわかった気がする。

 つまり、文字だけではなく、背景にある意志まで汲み取ろうとする翻訳装置ということらしい。


「これは、旦那様が封印されてから後の時代で、長い期間の中で、数多の技術者たちの手によって作られたものです」


 レイは眼鏡に軽く触れながら、落ち着いた声でそう言った。

 この世界が積み重ねてきた時間と、その果てに残された知恵の重みを実感する。やっぱり人って凄いよな。


「この都市が地下にある理由がわかりました」


「何が理由だったんだ?」


 ここまでの大規模な都市を作る人々が、なぜ地下を選んだのか気になっていた。


「ここに住んでいた人々が、吸血鬼と呼ばれる半怪半人の種族だったようですね」


 吸血鬼──それは半分怪異で、半分人間の種族だ。

 彼らは日に当たると灰になってしまう。それ故に、常に夜に生活する必要がある。

 日に当たりさえしなければ、人類種の中で最強とすら言われる種族だ。


「だから、日の当たらない場所に、都市を作ったのか」


「そのようですね。……旦那様、吸血鬼のことは覚えてらっしゃるのですね」


「いや、吸血鬼の顔は覚えてない。知識があるだけって感じだな」


 この知識は、恐らくは過去の俺のものだろう。

 少なくとも、今の俺は吸血鬼の知識を勉強した覚えはない。


「そうなのですね……」


 レイは何か思案した様子だった。


「……あ、いえ、気にしないでください。

 先に進みましょう」


 俺の視線に気が付いたのか、彼女は少し焦ったように手を横に振った。

 その仕草は、普段が冷静な彼女らしくないもので、だからこそ微笑ましかった。


 俺たちは再び歩き出した。

 眼鏡を外し、丁寧にケースへ戻したレイが、そっと俺の隣に並ぶ。


 灯りは変わらず、俺と彼女、それぞれの魔法による二つだけ。

 その限られた光が、滑らかな大理石の床に映り込むたび、足音が艶やかに跳ね返る。


 広い空間の中、まっすぐ延びる道の両脇には、変わらず彫像と装飾が並び続けていた。

 ひとつひとつの間隔が揃っていて、まるで何かの儀式の通路のようにも感じられる。

 いや、実際に何らかの意味を込めて設計された通路なのだろう。


 美術品に加え、ところどころには装飾を施した壁面の浮き彫りもあった。

 その多くは、吸血鬼と思しき存在たちが描かれたものだった。

 長い耳。鋭い牙。夜空の下で踊るような姿。

 そして、何より印象的だったのは、その中に、ほんの数体だけ「光の中」に佇む姿があったことだ。


「……あれは」


 レイが立ち止まり、絵の中の一体を見つめた。

 他の者たちが闇に紛れた構図なのに、その者だけは真昼のような光に包まれている。


「陽の中に立つ吸血鬼……?」


 俺も足を止め、視線を重ねる。

 そこには、誇り高く顎を上げる少女の姿があった。

 白銀の瞳、白銀の髪。真っ直ぐな足取り。振るわれた細剣が、陽光を受けて煌めいている。


「……異端、でしょうか」


 レイの呟きが、静けさの中に染み込んだ。


 何か大きな秘密が眠っている。

 そんな気配が、絵の中から伝わってくるようだった。


 けれど、今はそれを確かめる術はない。

 だから、俺たちは再び足を動かした。

 願わくば、その秘密に触れられたら良いと思った。

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