013話 Feat.レイ
重たい音と衝撃が、肉と骨を通して響いた。
数え切れないほどの槍が、彼の背に突き当たっては弾かれるのをこの目で見ていた。
世界から少しずつ、色が消えていく気がした。
痛みからではない。怒りでも、悲しみからでもない。
それは、圧倒的な喪失の予感だった。
やがて、槍の雨が止んだ。彼は変わらずに私を守るように、覆い被さったまま気を失った。
槍の威力は絶大だ。私のような只の人間には、耐えることはできない。
五十億年という時を超えても、私の身体はあくまでも人間のままだ。
それは彼だって同じことだ。
なのに何故、私を庇ったのですか?
私は私よりも、貴方のことが大切なのに。
気を失った彼が生きているのか、確認する為に私は声を上げようとした。
けど、止めた。そんな事をしても状況は好転しない。
冷静になれ。どうやってこの状況を切り抜ける?
投げられた槍の雨によって、周囲を歩いていた泥人形たちも、原型を留めぬほどに破壊され、もはや再生する気配すら見せなかった。
だがしかし、その更に外側から、泥人形たちが私たちの方向に足を進めるのが見えた。
「私が戦わないでどうするのですか?」
私は自分を律した。負けそうになる弱い心を言葉で騙した。
私はアイテムボックスを起動させて、その中に何か使える物が無いかを探す。
泥人形たちの足が、段々とこちらに迫ってくるのが見える。
早く。何か無いか。対軍兵器のような……そんな手段は無いか?
「──レイ、相変わらず綺麗な顔をしてるな」
その声に私は思わず視線を上げた。すると、その先には旦那様の瞳があった。
私に覆い被さった彼は、既に重傷で、気を失っていたはず。
なのに、なんでそんな、余裕そうな言葉を発しているのだろう。
「レイ、お前が気に病むことは何も無い」
私は気が動転していた。自分で自覚が持てるほどに冷静ではなかった。
彼を盾にしまった事実も、彼が既に目覚めている事実も、彼の雰囲気が今までとは違う物である事実も、彼が私がよく知る"昔の彼"のように見えている事実も、全てが意味がわからない。
「お前は何でもできるけど、迷子になるとすぐに涙目になる。それも変わらないな」
彼の言葉に、私は折れているのも忘れて、自分の顔を見られないように隠した。
「少ない時間での復活だ。もっと見せてくれても良いだろ。そういう可愛い顔を……さ」
彼の唇が、私のそれと触れ合うと、覆い被さっていた彼の身体も、私から離れていった。
「……お身体は?」
辛うじて口に出せた言葉は、今までの矛盾を一身に詰め込んだもの。
「もう治ったよ。
魔術とか妖術とか呪術とか、他にも色々とあるけど、そこら辺が得意なのは知ってるだろ?」
その言葉に、私は自分の左肩に視線を向けた。
既に治っていた。だから私は、彼の隣に立ち上がった。
「……神の玩具か」
彼は空を見上げて、それから地上を見据えて、つまらなさそうに言った。
「ま、何とかしてやるから、今は休んでおけ」
辺りを囲む泥人形たちなど、まるで脅威でもなんでもないと言わんばかりの軽い調子だった。
「五十億年ぶりの復活だ。折角だから"こいつ"を使ってみるとしよう」
そう言った彼の背後に、黒き渦がいくつも、夜のように生まれていった。
本来の夜と違うのは、星や多少の光すらない、完全な無であるということ。
「……それはっ」
声が漏れてしまった。きっと、私は目を見開いていたと思う。
その黒き渦は、五十億年前に彼が眠りについた原因であり、宇宙の全てを飲み込まんとする無尽孔だったから。
「驚いたか?」
彼はいたずらっ子のように笑みを浮かべた。
「破壊しかできない利かん坊だが、この手の玩具には相性が良い」
それはそうだ。
飲み込まれてしまえば、再生も、抵抗も、意味を持たない。
黒き渦は、かつて彼が対峙したそれと比べれば、一億分の一にも満たない小ささだった。
だが彼が手を振るうと、その渦が動き出し、神罰兵たちを飲み込んでいった。
音もなく、抵抗もなく、ただ“存在そのもの”がかき消えていく。
跡形も残らず、世界から削り取られていくように。
四方を埋めつくしていた泥人形は、ひとつ残らず消滅した。
「災難だったな。これは人の身では対処できない」
それは、今の彼ではなく、昔の彼の言葉だった。
「そう……ですか」
虚無が酷い。まるで子供扱いだ。
「さっきの敵なんだが、一体の泥人形で人の都市は壊滅する」
人の都市が壊滅したとしても、私は彼を守りたい。
だから、関係ない。
「だから、気にするな」
気にするに決まっている。
五十億年の年月は、私を強くするには充分だと思っていた。
でも、五十億年も掛けたのに、所詮その結果は人の身を逸脱しなかった。只の人でしかない現実を、私は受け入れたくない。
気にしないなんて、できるわけがない。
「おいおい、そんな湿気た顔するなよ」
彼は私の肩に手を回して、身体を抱き寄せてきた。
普段の私であれば、嬉しいはずなのに、今は何故かそう思えない。
理由はわかっている。もし仮に彼が昔の記憶を取り戻さなければ、私も彼の身も死んでいた。
その事実を理解してなお、能天気に喜んだり、嬉しくなったりはできない。
「……レイ、こっちを見ろ」
「はい。……んんっ」
彼の唇が重なる。やがて舌が重なる。
その口付けは優しかった。それ以上に彼の寂しさを感じた。
「……湿気た顔しないでくれ。
この俺の意識が表層に出ていられる時間は、そんなに長くないからさ」
彼の星空のような瞳は、大きな深みを感じさせていた。そこには様々な感情が内包されていた。
「俺は"今の俺"の記憶も見ることができるから、レイが泥人形を消滅させたのも知ってるんだけど」
「槍で強引に消し飛ばしたのは驚いたよ。脳筋にも程があるだろ」
彼は楽しそうに笑ってくれた。
「あれだけ槍が上手く使えれば、神の領域にだって届くはずだ。少なくとも一騎当千の実力はある」
彼は私の頭を撫でてくれた。優しく頼りになる腕だった。
「今回の敵があまりにも相性が悪かっただけだから、自信を無くすなよ」
それは、どんなに褒めてくれたとしても、やっぱり難しい。
「それから、次に俺が復活するのは、今の俺と昔の俺が完全に統合した時になるだろう」
その言葉は、暫しの別れを示していた。寂しかったし、悲しかった。
「だから、任せた」
その一言で、ふっと心が軽くなった気がした。我ながら単純過ぎると思った。
彼は一本の槍を何処からともなく取り出した。
「……これは?」
その槍は真っ黒で、まるで血管が脈打つような、不気味な見た目をしていた。
「今回みたいなのに出会ったら使え。
……あ、人には絶対に使うなよ。加減が効かないだろうから」
「……ありがとうございます」
受け取る以外の選択肢はない。
私はアイテムボックスにしまった。
「それから、あの利かん坊は、今の俺の方が上手く使えるはずだ。
だから、そういう力が眠ってることを、今の俺に教えてやってくれ」
「はいっ!」
「それから、完全に記憶を取り戻すのには、まだそれなりの時間がかかると思う」
「はい…っ!」
返事の声が詰まった。
「あとは……あぁ、もう時間だな」
彼は名残惜しそうな顔をした。その表情が見られたことが、私は何より嬉しかった。
昔の彼が表に出てこられない理由を、私は何も知らない。知る手段もない。
今の彼は何も知らないのは、聞かなくてもわかるから、そんな無駄なことはしない。
だから、昔の彼には精一杯に明るく振舞おう。
短い時間だから、悔やんだ顔ばかりを見せるわけにはいかない。
そう考えれば、さっきまでの私は、あまりにも愚かだった。彼に気を遣わせてしまった。
そうやって悔やむのは、彼の前でする必要は無い。
「最後に」
「愛してるよ」
からん、と、音がした気がした。
彼の身体は力を失って、そのまま地面に崩れ落ちた。




