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【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第二章 〜「崩壊した文明と隣を歩く君」〜
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013話 Feat.レイ

 重たい音と衝撃が、肉と骨を通して響いた。

 数え切れないほどの槍が、彼の背に突き当たっては弾かれるのをこの目で見ていた。


 世界から少しずつ、色が消えていく気がした。

 痛みからではない。怒りでも、悲しみからでもない。

 それは、圧倒的な喪失の予感だった。


 やがて、槍の雨が止んだ。彼は変わらずに私を守るように、覆い被さったまま気を失った。


 槍の威力は絶大だ。私のような只の人間には、耐えることはできない。

 五十億年という時を超えても、私の身体はあくまでも人間のままだ。

 それは彼だって同じことだ。

 なのに何故、私を庇ったのですか?


 私は私よりも、貴方のことが大切なのに。


 気を失った彼が生きているのか、確認する為に私は声を上げようとした。

 けど、止めた。そんな事をしても状況は好転しない。

 冷静になれ。どうやってこの状況を切り抜ける?


 投げられた槍の雨によって、周囲を歩いていた泥人形たちも、原型を留めぬほどに破壊され、もはや再生する気配すら見せなかった。

 だがしかし、その更に外側から、泥人形たちが私たちの方向に足を進めるのが見えた。


「私が戦わないでどうするのですか?」


 私は自分を律した。負けそうになる弱い心を言葉で騙した。


 私はアイテムボックスを起動させて、その中に何か使える物が無いかを探す。

 泥人形たちの足が、段々とこちらに迫ってくるのが見える。

 早く。何か無いか。対軍兵器のような……そんな手段は無いか?


「──レイ、相変わらず綺麗な顔をしてるな」


 その声に私は思わず視線を上げた。すると、その先には旦那様の瞳があった。

 私に覆い被さった彼は、既に重傷で、気を失っていたはず。

 なのに、なんでそんな、余裕そうな言葉を発しているのだろう。


「レイ、お前が気に病むことは何も無い」


 私は気が動転していた。自分で自覚が持てるほどに冷静ではなかった。


 彼を盾にしまった事実も、彼が既に目覚めている事実も、彼の雰囲気が今までとは違う物である事実も、彼が私がよく知る"昔の彼"のように見えている事実も、全てが意味がわからない。


「お前は何でもできるけど、迷子になるとすぐに涙目になる。それも変わらないな」


 彼の言葉に、私は折れているのも忘れて、自分の顔を見られないように隠した。


「少ない時間での復活だ。もっと見せてくれても良いだろ。そういう可愛い顔を……さ」


 彼の唇が、私のそれと触れ合うと、覆い被さっていた彼の身体も、私から離れていった。


「……お身体は?」


 辛うじて口に出せた言葉は、今までの矛盾を一身に詰め込んだもの。


「もう治ったよ。

 魔術とか妖術とか呪術とか、他にも色々とあるけど、そこら辺が得意なのは知ってるだろ?」


 その言葉に、私は自分の左肩に視線を向けた。

 既に治っていた。だから私は、彼の隣に立ち上がった。


「……神の玩具か」


 彼は空を見上げて、それから地上を見据えて、つまらなさそうに言った。


「ま、何とかしてやるから、今は休んでおけ」


 辺りを囲む泥人形たちなど、まるで脅威でもなんでもないと言わんばかりの軽い調子だった。


「五十億年ぶりの復活だ。折角だから"こいつ"を使ってみるとしよう」


 そう言った彼の背後に、黒き渦がいくつも、夜のように生まれていった。

 本来の夜と違うのは、星や多少の光すらない、完全な無であるということ。


「……それはっ」


 声が漏れてしまった。きっと、私は目を見開いていたと思う。

 その黒き渦は、五十億年前に彼が眠りについた原因であり、宇宙の全てを飲み込まんとする無尽孔だったから。


「驚いたか?」


 彼はいたずらっ子のように笑みを浮かべた。


「破壊しかできない利かん坊だが、この手の玩具には相性が良い」


 それはそうだ。

 飲み込まれてしまえば、再生も、抵抗も、意味を持たない。


 黒き渦は、かつて彼が対峙したそれと比べれば、一億分の一にも満たない小ささだった。

 だが彼が手を振るうと、その渦が動き出し、神罰兵たちを飲み込んでいった。


 音もなく、抵抗もなく、ただ“存在そのもの”がかき消えていく。

 跡形も残らず、世界から削り取られていくように。

 四方を埋めつくしていた泥人形は、ひとつ残らず消滅した。


「災難だったな。これは人の身では対処できない」


 それは、今の彼ではなく、昔の彼の言葉だった。


「そう……ですか」


 虚無が酷い。まるで子供扱いだ。


「さっきの敵なんだが、一体の泥人形で人の都市は壊滅する」


 人の都市が壊滅したとしても、私は彼を守りたい。

 だから、関係ない。


「だから、気にするな」


 気にするに決まっている。

 五十億年の年月は、私を強くするには充分だと思っていた。

 でも、五十億年も掛けたのに、所詮その結果は人の身を逸脱しなかった。只の人でしかない現実を、私は受け入れたくない。

 気にしないなんて、できるわけがない。


「おいおい、そんな湿気た顔するなよ」


 彼は私の肩に手を回して、身体を抱き寄せてきた。

 普段の私であれば、嬉しいはずなのに、今は何故かそう思えない。

 理由はわかっている。もし仮に彼が昔の記憶を取り戻さなければ、私も彼の身も死んでいた。

 その事実を理解してなお、能天気に喜んだり、嬉しくなったりはできない。


「……レイ、こっちを見ろ」


「はい。……んんっ」


 彼の唇が重なる。やがて舌が重なる。

 その口付けは優しかった。それ以上に彼の寂しさを感じた。


「……湿気た顔しないでくれ。

 この俺の意識が表層に出ていられる時間は、そんなに長くないからさ」


 彼の星空のような瞳は、大きな深みを感じさせていた。そこには様々な感情が内包されていた。


「俺は"今の俺"の記憶も見ることができるから、レイが泥人形を消滅させたのも知ってるんだけど」


「槍で強引に消し飛ばしたのは驚いたよ。脳筋にも程があるだろ」


 彼は楽しそうに笑ってくれた。


「あれだけ槍が上手く使えれば、神の領域にだって届くはずだ。少なくとも一騎当千の実力はある」


 彼は私の頭を撫でてくれた。優しく頼りになる腕だった。


「今回の敵があまりにも相性が悪かっただけだから、自信を無くすなよ」


 それは、どんなに褒めてくれたとしても、やっぱり難しい。


「それから、次に俺が復活するのは、今の俺と昔の俺が完全に統合した時になるだろう」


 その言葉は、暫しの別れを示していた。寂しかったし、悲しかった。


「だから、任せた」


 その一言で、ふっと心が軽くなった気がした。我ながら単純過ぎると思った。


 彼は一本の槍を何処からともなく取り出した。


「……これは?」


 その槍は真っ黒で、まるで血管が脈打つような、不気味な見た目をしていた。


「今回みたいなのに出会ったら使え。

 ……あ、人には絶対に使うなよ。加減が効かないだろうから」


「……ありがとうございます」


 受け取る以外の選択肢はない。

 私はアイテムボックスにしまった。


「それから、あの利かん坊は、今の俺の方が上手く使えるはずだ。

 だから、そういう力が眠ってることを、今の俺に教えてやってくれ」


「はいっ!」


「それから、完全に記憶を取り戻すのには、まだそれなりの時間がかかると思う」


「はい…っ!」


 返事の声が詰まった。


「あとは……あぁ、もう時間だな」


 彼は名残惜しそうな顔をした。その表情が見られたことが、私は何より嬉しかった。


 昔の彼が表に出てこられない理由を、私は何も知らない。知る手段もない。

 今の彼は何も知らないのは、聞かなくてもわかるから、そんな無駄なことはしない。

 だから、昔の彼には精一杯に明るく振舞おう。

 短い時間だから、悔やんだ顔ばかりを見せるわけにはいかない。

 そう考えれば、さっきまでの私は、あまりにも愚かだった。彼に気を遣わせてしまった。


 そうやって悔やむのは、彼の前でする必要は無い。


「最後に」


「愛してるよ」


 からん、と、音がした気がした。

 彼の身体は力を失って、そのまま地面に崩れ落ちた。


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