表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初稿】失われた記憶、消えない愛。取り返す記憶、紡がれる愛。  作者: 言ノ悠
第二章 〜「崩壊した文明と隣を歩く君」〜
12/75

012話

 

 両腕を上げた兵士たちが、次の瞬間に大地を蹴った。

 姿勢を低く傾けた兵士たちが、粘着質な空気の中を唸るように滑空する。


「……来ます」


 レイの冷静な声が耳を打った直後、最初の一体が恐るべき速度で距離を詰めてきた。俺の正面から、一点の迷いもなく一直線に。

 泥のくせに、どうしてこんなに速いのか。喉元まで文句がせり上がる。だが、それを吐き出す暇さえなかった。


 あくまでも機械的に、何の予備動作もなく、泥の塊は何処からともなく剣を振り下ろした。

 俺は右手の剣で迎え撃つと、衝撃と共に泥の塊が持っていた剣はボロリと地面に砕け散る。まるで泥団子が地面に打ち付けられたように、その身もろとも地面にぶちまけた。


 武器までもが泥でできていた。

 こんなもので攻撃されても、大した被害はないだろう。そう高を括りたい気持ちと裏腹に、甘んじて身に受ける気にはならなかった。


 武器を失った無防備な泥の塊を、左手の剣を縦に、右手の剣を横に。十字を描くように切り裂いた。


 泥の塊は空中で弾けた……はずだった。

 いや、確かに弾け飛んだ。だが、それでも、その泥は奇妙に蠢き続けた。


 まだ辛うじて動かせる腕で、奴らは何処からともなく新たな剣を掴み出す。


「っ、速っ……!」


 背後にはレイがいる。

 この泥の剣を、避けることなどできはしない。

 このままでは痛みが全身を貫く、その覚悟を決めた。


 その覚悟は、無駄だった。


 俺の背後から、鋭利な一閃が飛び込む。

 レイの刺突が、泥の剣を粉砕し、更に追撃とばかりに、泥人形の胴体すらも深く穿った。

 泥の大半は地面に散らされた。それなのに、泥人形はまだ動いている。


「……効いていない?」


 泥人形の動きは、身体が壊れた事実をまるで意に介していない。

 物理的には破損しているのに、その動作が鈍ることは一切なかった。


「再生してますね」


 動作が鈍らないだけでも厄介だが、それだけなら倒す方法はいくらでもあるはずだ。


 だがしかし、壊したはずの泥人形は、地面に落ちた泥をずるりと吸い上げ、自分の身体を悍ましく再構築し始めた。


 倒す方法はあるのか?

 破壊しても、その先からこんなにも早く再生されたら、意味など無いではないか。


 驚愕に思考が停止する間もなく、空から次の一体が滑るように、否、重力を無視した軌道で、こちらへと突っ込んでくる。

 落ちるというより、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、不気味な斜めの軌道で。


「旦那様、左側です!」


 レイの切迫した声に反応し、俺は左手の剣を無意識に振るう。

 迎え撃った一撃は、神罰兵の胴をあっさりと断ち切った。

 だが、空中で分断されたその身体もまた、粘土細工のようにぞわりと形を取り戻していく。


「止まらない、再生する、痛覚もない……っ!」


 泥人形の波が、休むことなく押し寄せてくる。

 壊れても、崩れても、奴らはただ無感情に、また立ち上がる。


 整然とした動き。


 正確な連携。


 だが、それは思考の結果ではなかった。

 ただ“命令”に従って、終わりなき罰を執行するだけ。

 だから、一切の怯みがない。生存を賭けた食物連鎖とは、根本的に訳が違う。


 次の泥人形を切り捨てる。もちろん、それ動きも止まることはない。

 だから、力任せに蹴り飛ばして、無理やり俺たちから距離を取らせる。


「……これ、決定打が無いな」


「こうすれば、一応は消滅しますが……」


 彼女の言葉に、チラリと視線を向ける。

 すると、神速のごとき槍裁きが、一体の泥人形の身体を、頭から脚まで幾度も、幾度も貫いていた。

 泥の身体が穿たれるたび、わずかに形が崩れる。それでもレイは止めず、何度も、何度も突き貫いた末に、ようやく霧のように崩れ落ちて消滅する。


 だが、一体にそれだけ時間を掛けてしまえば、他の無数の泥人形に隙を作るのは自明の理だった。


「来るぞっ!」


 俺が叫んだのと寸分違わぬタイミングで、刃の付いていない槍先が、彼女に襲いかかってきた泥人形を強烈に叩き飛ばした。


「やはり……数を相手にするには、この処理法では不適ですね」


 レイは再び槍の向きを持ち替え、薙ぐようにして前方の泥人形を横一文字に斬り裂いた。

 一度に五体の泥人形が、胴を上下に分断されて地に落ちる。

 だがしかし、その直後、奴らは再び再生を始めた。


「逃げましょう」


 彼女の判断は早かった。だが、その早さをもってしても、既に手遅れだった。


 空から放たれた一筋の槍に、俺たちは気づくことができなかった。


 背後から響いた骨の軋む音が聞こえた。

 俺の身体から発せられた音ではない。彼女の身に何かあったことは理解した。


「レイっ!?」


 視線だけを、彼女に向けた。

 外套が貫通を防いだのか、血は流れていない。


「……骨が、一本……逝きましたね」


 彼女の声は、あくまで冷静だった。

 けれど、その左腕は力なくダラリと垂れ下がり、右手は無理に力を込めているのか、わずかに引きつっていた。


 そんなレイの負傷を認識したのか、空中を漂う泥人形は一斉に動きを止めた。

 さっきの攻撃が効果的だと機械的に認識したのだろう。寸分違わぬ、無機質な動きで無数の槍をこちらへと向けた。


 この数をすべて捌ききれるとは、到底思えなかった。

 武器が十全に使える俺はまだしも、傷を負ったレイに逃げ場はない。

 だから、迷わず彼女のもとへ駆け寄った。


 その肩を抱え、半ば強引に地面へ伏せさせ、すぐさま上から覆い被さる。


「!?」


 レイの瞳が、驚きに見開かれた。


 驚くのも当然だろう。

 それでも、今の俺に選べる選択肢は、これしかなかったのだ。


 俺のコートは、彼女の黒い外套と同じ、あの特殊な素材でできている。

 ならば、槍がいくら飛んで来ようと、貫かれることはない。


 せめて、壁にはなれる。


「そ、それはダメですっ!!」


 俺が何をしようとしているか、レイはすぐに気づいたらしい。

 だが、俺の中に、もはや微塵の迷いもなかった。


 大切な女が傷つくのを、何もせずに見ていられるわけがない。


 彼女の身体をしっかりと庇い、迫りくる攻撃を背中で受け止めるように、俺は全身を縮めた。


 双剣は抜いたままだが、今は振るうことなどできない。


 覆い被さった俺の下で、レイの視線が、遥か空を向いたまま、ぴたりと固定された。


 次の瞬間、凄まじい衝撃が俺の背を襲った。


 重みと熱が、背骨を通じて全身へと炸裂し、激痛が脳を焼く。

 肺から空気がすべて抜け、視界は一気に遠のいていく。


 それでも、腕だけは、レイを守るように強く、強く抱き締める。絶対に傷付けさせない。


 手の中の温もりを最後に感じながら、俺の意識は、無限の暗闇へと沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング

ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ