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コカコーラ太郎


 令和のインターナショナルスクールで、小学生に『桃太郎』を上演させることがこんなにも無理ゲーだとは思っていなかった!

 ええい愚痴っている暇などない、なんとか放課後までに脚本を書き直さないといけないのだ!!


 奈良橋は昼食返上でデスクに向かった。

 

 以下が、『レモン太郎』で指摘された問題点である。


 ・脚注記号(*)は、子供には尻の穴に見えるのでNG

 ・おばあさんが風邪をひいて寝こむシーンが、病弱=家事不能=役立たずという構図になり、女性の役割を“機能停止装置”として描写していると受け取られる。

 ・レモンはポンコツという意味のスラング。レモン太郎(Lemon BOY)は、拗らせ男子のネットミーム。

 ・柑橘系から子供が生まれる描写は、「自然分娩」「体内出産」ではないLGBTQ当事者へのメタファーに誤解を生む可能性がある。

 ・猿・犬・きじに一方的な契約を結び食料を与えるのは、ブラック企業を想起させる。

 ・猿・犬が、差別用語もしくは、浮気男を連想させるスラング。

 ・『対話したけれどダメだった』という描写は、暴力の正当化のロジック。

 ・宝物の写真を撮るのは、『文化や所有物を勝手に記録する行為』とされ、SDGs目標10「人や国の不平等をなくそう」に抵触する。

 

 指摘点が前回より増えている! 

 ともかく、今回で完全に、あの『ミセス福田』にマンマークされてしまった。もう、書き直しては、彼女に読まれるのを前提に訂正しないといけない。


 奈良橋は、焦る気持ちを一旦収めることにした。

 

 どうも自分が忘れがちなのは、『桃太郎』に固執しすぎて、ここが海外の子供たちの集まるインターナショナルスクールだという点である。

 確かにそこが失念していた。異文化で育った子供に、全く知らない文学を習わせる。

 逆の立場だったら確かに、戸惑ったり誤解を産んだりするストーリーなのかもしれない……。

 

 自分は別に『桃太郎』原理主義者ではないのだ。それに、海外の子供たちにも馴染みやすい『桃太郎』を開発できたのなら、

それはそれで何かを成し遂げたと胸を張って言えるのではないだろうか……?


 奈良橋は至極前向きに、『令和のインターナショナル・エレメンタリースクールの生徒に寄り添った桃太郎』を、

いっぺん本気で考えてみることにした。

 そして、海外の子供達に親しんでもらえそうな改変と、ミセス福田の指摘箇所の訂正を昼休憩の短時間で書き上げた結果、

あらすじは以下の通りとなった。




『コカコーラ太郎』 


 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。

 おじいさんが昨日、お酒をしこたま飲んでしまったので、たくましいお婆さんが一人で山へしば刈り、川へせんたくに行きました。

 すると、川上から大きな『コカコーラ』がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。

 お婆さんがコカコーラを一口飲むと、なんと言う事でしょう。みるみるうちに体が元気になり、その場で一人の男の子を出産しました。

 間接的にでもコカコーラから生まれたと言うことで、お婆さんは男の子を『コカコーラ太郎』と名付けました。

 コカコーラ太郎は大きくなると、悪さをする鬼を退治しに行くことにしました。

 きびだんごと、現金3億円を持って、友達のマイク、ジャック、英一郎を仲間にし、

『危険な仕事だが報酬はちゃんと支払う。俺のプロジェクトに参加してくれ』と言うと、

『わかった。お前がそこまで言うなら、どこまでもついていくぜ』と快く参加してくれました。友情は素晴らしいです。

 鬼ヶ島へ。コカコーラ太郎は、最初対話での解決を求めましたが、悪い赤鬼によって英一郎が殺されてしまい、やむなく戦いになってしまいました。

 そして見事、赤鬼を退治して、帰り道、宝物を見つけましたが、『なんか違うよね』と話し合い、帰りました。

 おじいさんと、おばあさんはとても喜びましたとさ。おしまい。

 





 * * * * *





 新しい原稿を持った、ミセス福田のメガネが震えている。

 

「私の言っていることが全く理解できてないようですね」


「えー……コカコーラなら子供喜ぶと思ったんですがね……」

 

 昼休みも終わりかけ、放課後のホームルームの時間が迫る中、奈良橋は頭を掻くしかなかった。


「まず、大前提として、コカコーラが商標登録されていることをご存知なのですか?」


「え? ええ……。まあでもこれで観客からお金を取るわけではないので大丈夫かと……」


「何もわかってない!! 商標登録された国際企業名を物語のタイトルに無許可で使用するのは、

 訴訟大国アメリカでは即死級の知的財産権侵害です!

 しかもその企業名を『謎の人体生成装置』として使用するという超失礼な展開ですよこれは!」


「は……はあ……」


「それと、炭酸飲料による瞬間出産って、なんですか?」


「それは、福田教員が『柑橘系から子供を産ますな』とおっしゃったので……

 あくまでお婆さんが産んだことにしたのですが……」


「炭酸飲料を飲んだら出産できるという医学的なエビデンスはあるんですか!?

 ……この描写は生殖に関する誤解を招き、性教育的にも大問題になりますよ!?

 しかも「男の子が生まれる」って、性別まで炭酸が決めるんですか!?

 LGBTQプラス視点では、男女二元論の刷り込みプラス出産イコール異性愛夫婦の特権という固定観念を助長しますよ!!」


 お前こそ医者かよー!! 奈良橋は今にも膝をついてダウンしそうだった。当然、こんなものでは終わらない。


「そもそもコカコーラに変更したことが大悪手です。コカコーラには、コカインの原料である『コカ』の葉が由来してます。

 これを『出生の源』として描いたことは、間接的に『覚醒剤イコール、エネルギー源』という極めて危険な比喩表現になりかねません!

 英語圏の子供が見たら、『これはコカイン隠語の寓話か?』と疑われるレベルですよ!!」


 くそーー! なんでコーラにした過去の自分!!


「あと、『大きなコーラ』なんですよね?」


「え、はい。子供は大きいコーラ好きかなって……」


「当然お婆さんは一口でコーラを飲み切るとは思えません。

 残りは!? どうしたんですか!?」


「残りはー……えーと」


「明確な描写がないと言うことは、川に流した!! そうですね!? それだとSDGs第6目標『安全な水とトイレを世界中に』への真っ向反逆行為です!!

 炭酸飲料に含まれる糖分、カフェイン、リン酸塩……自然環境への汚染レベルMAXです!

 川は公共資産、未来世代のための資源です。それに『あまったから流す』という消費者意識も問題視されるでしょうね!!」


 そもそもこの時代の日本にトイレなんかねえよー!! ……じゃあコカコーラもねえよ!!

 奈良橋は自分の浅はかな思考を公開した。



「そもそも父親が飲みすぎて二日酔いでダウン!? 完全なアルコール・ネグレクト案件です! 古いドラマの見過ぎなんじゃないですか!?

 あと……友人の命を3億円で買おうとしてますね……?」


「あ……ええ。金額をはっきり提示すればブラック企業にはならないかと……」


「給与の金額は?」


「は?」


「確か、ご友人は3名でらっしゃいますね。3億円をどうやって分けるんです?」


「……一人あたり1億円だと思いますが……安いですかねえ……」


「それでは主人公の取り分は!? 無償なのですか!? 友人に1億払って自分は無償ですか!?

 なんて胡散臭い! そんなわけないんです!! これは犯罪の影が見え隠れしてます!

 そもそもこの3億円なんて大金はどこから湧いて出たのですか!? 加えて言うと3億円などと軽く言いますが……

 3億という金額は、『振込詐欺の典型的金額』でもあり、高齢者が劇を見たら震え上がりますよ!?

 さらに言えば「命を賭ける報酬」が明確に金である。これは命の値段が3億円という提示で、命の価値を貨幣換算する問題行為です!

 これはブラック企業を超えた犯罪者の集団です!」


 言い過ぎだヨー!! 原作の桃太郎は金すら払わなかったぞ!? お菓子だったぞ!?

 資本主義とは一体なんなんだ!! 奈良橋の足はすでに震えていた。


「そして、これもまずいですよ。鬼退治の理由です。『悪い赤鬼によって英一郎が殺されてしまい、やむなく戦いになってしまいました』とありますが……

 これは『復讐の正当化』という物語構造で間違いないですね!? SDGs目標16、『平和と公正』に真っ向から逆行してます!」


 まさに『鬼の首を取った』ような顔でSDGsがどうたらと言われる。

 奈良橋は、ジェンダーという言葉と、SDGsという言葉がトラウマになってきた。


「これまで色々言いましたが、一番気に入らないのはここです。『宝物を見つけましたが、なんか違うよねと話し合い、帰りました』とあります。

 なんですかこの理由!? 知育コンテンツを満たす条件が何一つない! 令和の冷めた少年感を作品化したいのであれば、どうぞ『なろう文学かその亜種』

 にでも傾倒してください!!」


 誰が『なろう系』の話などした……!!

 惨敗だ……。そして、今から訂正処理をしても、放課後のホームルームに間に合わない……。

 生徒とその親に謝らなければならない……。



 * * * * *



 ホームルームの後、青ざめてげっそりした奈良橋がデスクでカップラーメンを啜っている。

 それを見かねた両隣のデスクの、教員メアリーと、教員マイキーが声をかけてきた。


「大丈夫ですか? ミスター奈良橋……」


「ああ……いやあ……はは。また締切に間に合いませんでした。

 これでは宿題を忘れた子供に何も言えません。教師失格ですね」


「そんなことないよ奈良橋。お前、よく頑張ってるよ。

 ところで、読ませてもらってもいいかい? 新しい原稿……」


 奈良橋は、メアリーとマイキーに、『コカコーラ太郎』を渡した。

 二人の教員の顔が青ざめていくのを、そばで感じ取った。


「……何か問題があるかな……?」


「い……いいえ、問題……そうですね……

 ごめんなさい個人的な理由かもしれませんが、私はユダヤ系の血が流れてまして……

 コカコーラというと『赤』『白』『黒』が基調の商品だと思うのですが、

 どうしてもハーケンクロイツを連想してしまうのです……」


「それと、実は前回から気になってたんだが、『赤鬼』ってなんなんだい?

 『赤』で真っ先に思い浮かぶのは共産主義だが……

 『コカコーラ』と『赤の鬼』の対立だと、

 米・中の国家間対立構造が思い浮かんでしまって、これって……そういう話なのかい?」


 …… ……奈良橋の夜は明けない。



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