偶然を運命と言う君だから。
おどろいた、こんなにも茶が旨いとは。
初の茶会に招かれて、見様見真似で菓子を食う。真剣な君の横顔に、半東とやらが語り出す。このお道具は誰の作、この掛け軸は誰の書画。そんな立派な説明も、わが馬耳には東風。
正直僕は嫌だった。菓子折損の足痺れ。それが茶会と聞いていた。作法のひとつもわからない。困るくらいなら行きたくない。けれども僕は、ここにいる。君の笑顔のためだけに、僕は茶室に座ってる。花より団子、茶より君。そんな春の日お茶日和。君を眺めて君日和。
「お茶来てくれるの?ありがとう!」
華やぐ君の長睫毛。そんな光を無碍にして、断る奴などいるものか。
「もちろん行くよ、ありがとう。」
ほころぶ顔に、夢心地。君を眺めて君心地。
「でも初めてでしょ大丈夫?」
曇る表情、翳りあり。岩戸隠れの朝の霜。すかさず返す。
「大丈夫!」
なんの根拠もないくせに。そうさせてしまう君なんだ。だから男はつらいんだ。
茶会帰りの夕日暮れ、君を待つこと一時間。
「ごめんおまたせ!」
その声が、迫り辿り着くゼロ距離に。
「待っていないよ大丈夫。」
僕はいつでも大丈夫。君がいるから大丈夫。
「ねえお茶おいしかったでしょ。」
いじらしい声ずるい声、君は知ってる君のこと。でなきゃ出ねぇよその角度。接戦厭わぬその角度。僕を見上ぐる君角度。
「びっくりしたよ、すごかった。あんなに美味しいお茶なんて、飲んだことない本当に。」
たしかに美味しいお茶だった。だけどここまで旨いのは、きっとついてたからだろう。君という名の天光が。史上最強の「付加価値」が。
「ほんと?うれしい!ありがとう!茶会誘ってよかったなあ。」
艷めく髪は凛々しくて、僕の肩荷を引き下ろす。弾む心と下駄の音。心に咲いた恋花火。君のためだけの君花火。そんな僕らを冷めた目で、見下ろす神の悪ふざけ。パッと消えたら宵の伽。灯花を揺らす旋風。
「夕方になると寒いねえ。」
呟く君の手をとって、笑い合えたらいいのにな。どうしたらいいこの気持ち。落ち着きない機微に春泥。その距離はまだ早いのかな。教えてほしい、教えてよ。君の心は春模様?
月隈なからぬ夜のことです。お茶を始めて二年が経って、ついにお茶会でお点前です。緊張するけど頑張りたくて、君を呼ぼうと決めたはいいけど、ほんとうに来てくれるのかな。完璧主義な君だから。そんな靄々と付き合ってても、霧がないので御仕舞いします。
帯を締めたらやるぞの合図。参りましょうか!私がんばれ。今日は私が主人公です。ゆかしき世界の和美人なんです。高鳴る胸が鼓を打って、畳にランウェイを映し出します。
ヒーローはこんな気持ちでしょうか。君の視線は千の紙箋。万の死戦、億の支線。だけれど私はお点前さんです。鏡柄杓に写る私は、どんな私より美しくなきゃ。
注ぐ釜の湯ほどよく熱く、茶筅の指はやさしく強く。一盌に馨る平和の砌。姿勢を糺す古の契。今日までの日々は私を彩り、それは素敵な華になるのです。
片付けを終えて外は夕暮れ。まさか待ってくれているなんて。思いがけない幸せでした。吹き抜けてく冬戻りの風に、君はやっぱり君で素敵です。
「これ使ってよ大丈夫だから。」
君の匂いの上着に包まれ、私うれしくてもう嬉しくて。
「まだ震えてるよ大丈夫なの?」
「全然平気!あったかいから!」
ねえこんなことを私以外にも、君はしてあげているのでしょう。やさしい君のそのやさしさが、もし私だけのものになるなら。そんなことさえ考えてしまう悪い女の私なんです。だけど今日くらい許されたっていいような気もするものなんです。
君の右手のちょっと左の、袖のあたりをつまんでみます。君の右手が私のそれを、包み込んではくれないかなと、願う私は主人公だから、きっとうまくいくはずなんですから。
今日だ。きっと、今日だ。
今日、僕は。
今日、私は。
君に伝えるんだ。
だって、だって、君だから。
だって、だって、好きだから。
「好きです」ずっとこれからも。
きっと伝わるはずだから。
偶然を運命と言う君だから。僕の名前を呼ぶ君だから。
2025/05/14 文頭字下げ処理を適用。一部ルビを補記。
2025/06/27 一部修正、ルビを補記。