7話 「すすめ!今だ!攻撃だー!」
「よし!スライム!前へー、すすめ!」
びし、と前を指差す……つもりでふわりと炎を揺らし、自信満々にスライムへと指示を出したルルテ。
スライムは……
「…………」
だいぶ長めの通信時間を経たのち、のそのそとゆっくり前へ動き出した。
「……ねえねえ」
『どうしましたか?』
「スライムって……いきもの、なんだよね……」
ルルテには、このぷるぷるでのんびりな生物が野生で生息している様子が全く想像できなかった。
こんなに動きが遅く、ぷるぷるしてるだけのかわいい見た目の生き物が、ちゃんとご飯を食べて生き延びられているのだろうか。飢えるか襲われるかで死んでしまうようにしか思えない。
『生き物です、ちゃんと生きてますよ』
「ちゃんとご飯食べたりできるの?」
『スライムは普段、生物の死骸や植物を食べています。確かに狩りは得意とは言えませんが、高い隠密能力を活かして獲物に近づき、優れた拘束力で仕留めることができます』
のそのそと移動するスライムは、確かに半透明で小さな体をしているためどこにいるのか分かりづらい。動きこそ遅いが、這うような動きは音もほとんど立たないだろう。
『ほら、ルルテさん。スライムと蝶の距離が近づいてきました。スライムの隠密能力を活かして捕まえましょう』
「えっと……じゃあ……」
ルルテは考える。
きっと、このまま近づいていくと蝶にも見つかってしまう。蝶が飛べば、動きの遅いスライムが追いつくのは不可能だ。今、花に留まっている時に捕まえなければ逃げられてしまう。
見つからないように、蝶に近づく。隠れながら……
「あっ、さいしょの時みたいに、水たまりみたいに平べったくなりながら近づくのはどうかな?」
『良い案だと思います』
会話を聞いていたのか、スライムは空気が抜けるように平べったく地面に広がると、そのままうごうごと前進していく。
その背丈は生い茂る草よりも低く、緑色の半透明な体は色が馴染んで遠目からだと見つけるのは困難だ。スライムは巧みに体を変形させて、背の高い植物は揺らさないように移動していた。
「すごーい……あれ、どこ?」
『蝶の真下あたりにいますよ』
スライムは蝶がとまっている花の根元あたりまで辿り着いていた。ゆらゆらと羽を揺らす蝶は、スライムに気づいている様子はない。
『ここまで来れば射程範囲内ですね……スライムさん、トドメをお願いします』
びゃっ、と触手らしきものがスライムの体から蝶に向けて伸びる。見事に命中すると蝶は張り付き絡みつく触手から逃げられないようで、羽を動かしバタバタとしている。
スライムの体が丸いかたちへと戻っていき、蝶が体内へと取り込まれていく。完全に体の中へと取り込まれた蝶は、少しずつ羽が崩れ、体が溶かされ消えていった。
「わぁ……」
『ダンジョン内で生物が死亡すると、その魔力は全てダンジョンに吸収されます。あのように魔物が生物を消化した場合も同様に、魔物の体を通してダンジョンへと吸収されます。魔物もダンジョンの一部ですからね。とにかく、これで魔力が手に入りましたよ』
「うん……」
スライムはぷるんと体を揺らすと、ダンジョン内をのそのそと動き始めた。蝶はもう、跡形もなく消えている。
蝶を殺した。間接的にとはいえ、ルルテの指示で。もがきながら消えていった蝶の姿は衝撃的だったが、それを見て感じた気持ちは申し訳ないというよりも可哀想だった。
このダンジョンに入ってきてしまったから、殺されちゃって可哀想。
同情こそすれど、罪悪感は不思議と湧いてこなかった。
ダンジョンコアはしんと静かになったルルテを心配するように弱く光ってから、それを切り替えるようにピカピカと点滅してみせた。
『……さぁ、わずかですが魔力も集まったことですし、ご飯の時間にしましょう!』
「ごはん!」
ぼわっとルルテの炎が燃え上がる。
蝶はもう死んじゃったんだから、気にしていても仕方ない。
今のルルテにとって一番重要なことはご飯だ。ご飯か、それ以外か、それ以外のことはルルテにとって取るに足らないことであった。
次話は火曜日の投稿になります。