2話 「第一目標」
『それでは、まずはこのダンジョンの第一目標を決めましょう』
「第一目標?」
パッパッと素早く点滅しながらダンジョンコアがそう切り出した。
ぼわわ、と燃えていたルルテはすんと落ち着いてダンジョンコアへと向き直る。
『漠然と「強くなる!」魔力を集める!」と言っても何をすればいいかが分からないですからね。ひとまず達成したい第一目標を決めて、経営方針を定めましょう』
「えーっと。つまり、今、これからどうするかってことを決めるってこと?」
『そんな感じです』
これからすること、したいこと。
ルルテは少し考えてみたが、特に何も浮かばない。強いて言うなら。
「もう一回、お腹いっぱいになりたいなぁ」
まだ満たされている感覚は続いている。これまで、常に空腹状態であったルルテからすれば、お腹が空いていないというのは初体験のことであった。
でも、やっぱりあの満腹になった瞬間の、「満ちた」瞬間の快感は忘れられない。
一度埋まってしまった穴は、もう、元に戻ったとしてもそこに残るのは喪失感だけだ。
『ふむ。先程差し上げた魔力は決して多くはありませんが……与えるばかりでは無くなってしまいますからね。ではとりあえず、第一目標は「毎日お腹いっぱい食べられるくらいの魔力を集める」にしましょう。収入が出費を上回らないようにするということですね』
「まいにち!」
毎日あんなにしあわせな気分になれたら、ルルテはどうなってしまうことだろう。しあわせすぎて死んでしまうかもしれない。一度は死んでいるが。
『集める量の目標は少なめでいいですね。まだダンジョンの整備も防御も整っていないので、いきなり多くの魔力を集めようとするのは無理がありますから……となると、標的は虫や小動物にしましょう』
「人間じゃないの?」
ルルテはてっきり、これから人間をたくさん呼んで魔力を集めるのだと思っていた。
ダンジョンにあるのは人間に便利なものばかりだと聞いていたし、ダンジョンとはそういうものだと思っていたから。
人間と戦うことになったらどうすればいいかな、と考えていたところだった。
『確かに人間が一番効率が良いですが、その分私達がやられてしまう危険も大きいですからね。生物であれば魔力は持っているので、はじめは弱い生物から狙っていきましょう』
「なるほど」
ゆら、とルルテは頷く。
『では、虫や小動物を呼び寄せるために、このダンジョンに何を設置するかですね』
「うーん……やっぱり、ごはん?」
虫も動物も、食べ物に寄ってくるということはルルテでも知っていた。
ルルテが漁っていた腐った食べ物のゴミには虫が集まっていたし、昔猟師のおじさんに一度だけ話を聞いた時には、動物を仕留める時には餌を置いて動物を誘き寄せるのだと教えてくれた。
ルルテはきれいな物や高く売れそうな物も欲しいと感じるが、きっと虫は動物はそうは思わない。
『そうですね。餌を置くのが一番理想的です。虫の餌となるのは植物のは植物の葉や花の蜜、小さな虫などですね。小動物の餌は虫や草などといったところでしょうか。何を餌として設置しましょうか?』
「虫とか動物が好きそうな草とか……?」
『それが良いですね。虫が集まれば自ずとその虫を餌とする虫や動物も集まってきます』
ダンジョンコアはルルテの意見を聞きながら……というよりは、ルルテの答えを導くように質問をしながら経営方針を定めていく。
ほわ、とやわらかい光を放ちながら、ダンジョンコアはルルテの疑問に優しく答えながら話を進める。
『次は配置する魔物ですね。収入目標を低めに設定しているので、あまり魔力消費が激しい魔物は配置できませんね……低費用で、ある程度指示がなくても自立してくれる魔物が好ましいので……「スライム」がいいですかね』
「スライム?」
『見たことはありませんか?半透明の、丸くてぷるぷるした見た目の魔物です』
「うーん」
ルルテは記憶を探ってみる。うーん。
「……魔物って、見たことないかも」
『まぁ、人間の生活域にはあまりいませんし、地域によっては魔物が少ない場所もありますからね。ルルテさんがいた場所にはあまりいなかったのかもしれません』
魔物はダンジョン内にのみいる訳ではなく、世界各地に様々な魔物が生息している。
ダンジョンでは、その魔物を作り出したり、召喚したりできるというだけなのだ。能力的にも外の魔物と大差ない。
ルルテが住んでいた地域に魔物が少なかったのか、そもそもルルテが町から出たことがなかったため見たことがないのか、それは分からないが。
「ここは、私がいたところとは離れてるの?」
『ルルテさんが生前にいた場所も、どこから召喚されたのかも分からないので、何とも言えませんね。ここは大陸の南東部にあるウィシェル国の、アリーアという町から離れた森の中にあります』
出てきた地名は全て、ルルテには聞き覚えのないものだった。
しかし、ルルテは自分が住んでいた小さな町の名前すら知らないのだ。そもそも地名というものを一つも知らない。
『それもいずれ調べてみましょうか。とりあえず、今はスライムを創造してみましょう』